朝飯前

「誉めて欲しいぜ。」

「何を?」

「日頃から叱られる事ばっかりやってる奴が何言ってるんだ?」


1時限目が終わった後の休み時間。

唐突に丹野が賞賛を求めだした。

授業中もいつも通りで特に褒めるべき点が思い浮かばないんだけど。


「そもそもどうして褒めて欲しいんだよ。」

「『朝飯前』って言葉があるだろ?」

「そうだな。」

「それが言いたい。」


とてもしょうもない理由だった。


「別に今じゃなくても良いのでは?」

「そうはいかないぜ。」

「どうして?」

「今日は朝飯を食べてないから。」

「なるほど。」


そう言う事だったのか。

確かに絶好の機会とも言えるだろう。


「なるほど。じゃねぇよ。朝飯前ってのは朝飯を食べる前じゃなきゃ使っちゃいけない言葉とかじゃないからな。」

「「え!?マジで!?」」

「こいつら馬鹿………いや、今更だったな。」


朝飯前って朝飯食べる前じゃなくても使ってよかったのか。

午前中に午後ティーを飲んでも良いのと似たようなものか。


「え?丹野はそのためだけに朝飯抜いてきたのか?」

「伊江、何馬鹿な事言ってんだよ。」

「うわ、馬鹿に馬鹿って言われた。」

「少なくとも丹野の方が馬鹿だろう。」

「うっせ、安達には言われたくねぇ。それに朝飯を食べていないのには深い事情があるんだよ。」


伊江の質問に馬鹿な事と返したが、馬鹿な事ばかり言う奴に言われたくはないだろう。

そして私の方が丹野より賢いのだから馬鹿って言っても問題ないだろう。


「深い事情?どうせ大したことじゃないんだろ。」

「話を聞く前から判断するから安達は馬鹿って言われるんだよ。寝坊したからだ。」

「大した事ないじゃねぇか。寝坊して朝飯食べそびれたって自業自得だからな。」


聞くまでもない内容だった。

寝坊は深い事情とは言わないだろ。


「だから腹減った。」

「だろうな。」

「何か食い物持ってないか?」

「今日は何もないぞ。」

「俺もだな。」


丹野は空腹を訴え、食べ物を求めるが、私も伊江も何も持っていない。

自業自得だが、このまま昼休みまで空腹のままと言うのも若干可哀想な気がしないでもない。


「なんで何も持ってないんだよ。やる気あんのか。」

「食べ物を恵んでもらおうとした側なのに態度がデカいな。」

「消しゴムでも食べればいいんじゃないか?ガムとゴムって響きが似てるし。」

「似てるのは響きだけじゃねぇか!誰が消しゴムなんて食うか!」


訂正。欠片も可哀想だとは思わない。飢えろ。


「そろそろ授業が始まるな。」

「せめて次の休み時間には食い物にありつきたいぜ。授業中に食い物を持ってそうな奴でも考えとくか。」


丹野は何も食べられないまま2時限目を迎えるのであった。






「誉めて欲しいぜ。」

「さっきもそのセリフ聞いた気がするんだけど。」

「言ってたな。」


流石に少し前に言ってたことくらい覚えているぞ。

丹野は私たちが食べ物を持っていない事を忘れてしまったのだろうか。


「丹野の頭が悪いから同じことを言ったのか、それとも朝食を食べていなくて頭が回っていないのか判断に困るな。」

「両方では?まぁ朝食を食べても回るほどの頭があるかは疑問だけど。」

「オレの灰色の頭脳はいつだってフル回転してるぜ。そうじゃなくて朝食を食べないまま2時限目も乗り切った。誉めて欲しいぜ。」


なるほど、そう言う事だったのか。

でも、


「別に朝食抜いたくらいで死にはしないし、褒めるほどの事でもないだろ。」

「朝飯前って言いたくて仕方がないみたいだな。」


そんな事にこだわってる暇があったら誰かに食べ物を恵んでもらえばいいのに。


「何が食い物を持ってそうな奴に心当たりは無いか?バスケ部の連中は仮に食い物を持ってたとしてもたぶん分けてくれない。」

「人望ないんだな。」

「別に人望が無いわけじゃねぇ!皆育ちざかりなんだよ!………たぶん。」

「たぶんなのか。」

「そんな事より、親方とかならなんか食い物持ってそうな雰囲気があるから聞いて来るぜ。」


丹野はそう言うと親方の席の方へと向かうのであった。

親方と竹塚が喋っているところに声を掛け、やり取りをしているが親方が首を横に振っている。

これはリアクションを見る限りダメそうだ。

一方竹塚は親方の下を離れ、自分の席に戻り鞄を漁る。

何か持っているのだろうか。

ん?紙らしきものを持って親方の方に戻っていったぞ。

その紙を丹野に渡す。

様子を見ていると休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。

次の休み時間に話を聞いてみるとしよう。






そして3時限目が終わり、


「なぁ、丹野はさっき竹塚に何を貰っていたんだ?」

「これ。」


丹野が見せて来た紙には『ラーメン替え玉無料』と書かれていた。


「クーポン券だな。」

「竹塚は優しい男だよ。どっかの食い物を持ってない奴らとは大違いだ。」

「だからなんで恵んで貰おうとした側が態度デカいんだよ。」


そんな態度を取られたら仮に食べ物を持っていたとしても渡したくない。

と言うか、




「クーポン券じゃ腹は膨れないだろ。」

「………ヤギって紙を食うイメージあるし、ワンチャン人間も紙を食えるんじゃないか?」

「丹野、お前ある意味凄いな。」

「朝飯前だぜ!」

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