我慢対決

「夏と言えば………」

「夏と言えば?」

「我慢対決ですよね。」

「絶対にやらないぞ。」

「暑さに対して、誰が最も強いのか、気になりますよね。」

「気にならない訳じゃないけど、絶対にやらないぞ。」

「僕としては安達って実は暑さに強いんじゃないかなって思うんですよ。」

「いやそんな事は無いから。絶対に我慢対決とかやらないから。」


こんな暑い中で我慢対決なんてやっていられるか。

私は冷房の効いた涼しい部屋の中でゴロゴロしながらマンガを読んだりゲームをしたり、とにかく遊んでいたいんだよ。


「つまり丹野の不戦勝って事ですか。」

「は?」

「でも仕方がありませんね。安達では丹野に勝つ自信が無いようですし。わざわざ戦いの場に出向いて無様に敗北を喫するよりは、戦わずにプライドを守る方が良いのかも知れませんね。」

「……………。」


竹塚が私を乗せようと挑発をしてくる。

しかも丹野を引き合いに出して、だ。

私がそんな安い挑発になんて乗る訳が………


「恥じる事はありませんよ。勝てない相手に挑むなんて、愚か者のする事ですからね。たとえ安っぽくて薄っぺらくて軽かったとしてもプライドはプライド。安達がそんなプライドを守る事を優先すると言うのであれば、僕はそれを尊重しますよ。」

「……………。」


乗る、訳が…………


「後で丹野にも伝えておいてあげましょう。『安達は自身が無いので勝負を辞退しました』って。まぁ彼なら当然の事として気にも留められないでしょうし、ダメージは少なくて済みますから、良かったですね。」


そこまで言われて逃げる訳が無いだろう!


「やってやろうじゃないか!」

「流石は安達!そういってくれると思っていましたよ。」


まんまと乗せられた気がしないでもないが、そこは気にしないでおこう。






「という訳で実況の長谷道と、」

「解説の姉河ですぞ!」

「竹塚、竹塚。」

「はい、どうかしましたか?」

「『どうかしましたか?』じゃないから。なんでこいつらがいるんだよ。」

「面白そうな事をするって竹塚くんから聞いて。」

「自分もですぞ。」


なんで我慢対決に実況と解説が………いや、竹塚なら面白おかしくするために呼びそうだ。


「オレも疑問があるぜ。」

「なんですか?」

「どうして姉河は厚着をしてるんだ?なんならオレ達よりも暑そうだぜ。」


丹野は姉河を指差し、厚着の理由を問う。

見ているこちらの方が厚くなってきそうなほどの着込み具合だ。


「これは解説をするにあたって自分も安達くん、丹野くんと同じ感覚を楽しむ事で、より一層しっかりした解説をすると言う狙いがあるのですぞ。」

「我慢対決だから楽しんではいねぇと思うぜ。」

「いや、姉河的には間違っていないかも知れないぞ。」

「苦痛苦境苦難苦行こそ我が歓び!ですぞ!」

「な?」

「お、おう。」


まぁそんな事だろうと思ったけど。

姉河らしさ全開で納得すらある。

丹野は困惑しているが、これが姉河だ。


「まずは勝負を始める前に、これをどうぞ。」

「飴と飲み物?」

「塩飴とスポーツドリンクか。熱中症になったらヤバいし、意外と準備はしっかりやってるっぽいぜ。」

「そう言う事です。」


適当に厚着して部屋を閉め切ったりしてやるのかと思ったが、流石に熱中症の危険性は考慮してくれていた。


「それならそもそも我慢対決なんてしなければ良いのでは?」

「安達くん。昨今、地球温暖化によって気温は上がり続け、夏は危険な時期になっているんだ。暑さに慣れていない状態で急に暑い所に出ては、それこそ自殺行為と言うもの。こうして我慢対決をすることは何も意地の張り合いだけではなく、身体を少しでも暑さに対して慣れさせようと言う試みでもあるんだよ。」

「な、なるほど………?」


そう言われると納得できない事も無い、のか………?


「では早速、この上着を着て下さい。」

「もっこもこだぜ。」

「冬場に着る奴だ。」

「そしてこの部屋を閉め切って開始です。」

「既にこの段階で熱気があるね。」

「自分も既に暑さがこの身を焦がしそうなほどですぞ。」


部屋が閉め切られた事によって温度が上がるのを感じる。

さて、この段階ならまだ余裕があるが、竹塚は一体どんな試練を用意しているのだろうか。


「さて、我慢対決と言えば熱い食べ物ですよね。」

「お鍋とかラーメンとか、後は辛い物が出て来るイメージがあるぞ。」

「という訳で、こちらをどうぞ。」

「………なんでホットの紅茶?」

「お鍋とかは準備するのが面倒だったので。」

「ここまで準備しておいて!?」

「急にショボくなったぜ。」

「おっと安達選手、丹野選手、共に紅茶を飲まない。コーヒーの方が良かったかな?」

「やはり紅茶はストレートに限りますぞ。」

「姉河くんは1人で全部飲まないでね?2人の分も残しておいてね?」


我慢対決を主催しておいて面倒と言う理由で準備を怠るなよ。

準備が良かったのは最初だけか。


「それならストーブとか………」

「無いですね。仮にあったとしても引っ張り出すのが面倒です。」

「エアコンで暖房を付ければ………」

「僕は熱いのが嫌なので。」

「自分は大歓迎ですぞ!」

「という訳で閉め切った部屋で厚着をするだけど言うメチャクチャ地味な光景で我慢対決が行われているね。」

「なんでこんな状態で我慢対決なんてさせてるんだよ………。」

「まぁ長期戦だろうが短期戦だろうが、勝つのはオレだけど。」

「は?私が丹野に負ける訳が無いだろう。」

「心頭滅却すれば火もまた涼し。この状況で集中して耐え続ける事が出来るのはどちらだろうね。」

「自分も最後まで付き合いますぞ!」


結局単純に我慢強さを競うだけか。

まぁ丹野に負けるつもりは欠片も無いが、奴は自分が勝てると疑っていないだろう。

ここは私が残酷な現実を見せつけてやらねば。

あとなんか解説の姉河も役割を放棄して参加者サイドにいるんだけど。






そしてひたすら耐え続ける時間が続いた。

しかし、何か違和感があるぞ。


「あれ?さっきから声が聞こえないと思ったが、竹塚と長谷道はどこだ?」

「そう言えば集中してたから気付かなかったけど、あいつらどこに行ったんだ?」

「あぁ、彼らなら『暑いからアイスを食べて来る』と言って部屋から出て行きましたぞ。」


は?


「え?あいつらこんな対決を主催しておいてどっか行ったの?」

「マジかよ。オレもアイス食いたいぜ。」


せめて部屋に戻って来いよ。

なんで途中で飽きてるんだよ。


「そんな事よりも、さぁ、続きを楽しみましょうぞ!」


お前はもう1人で続けていてくれ………。

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