音楽室

いつも見ている日常的光景には疑問を抱きづらくなる。

それが当然と感じるからだ。

しかし、よくよく考えてみるとその光景には疑問が潜んでいる事に気付くのだ。

当たり前ではあったが、何故そうなのか。どうしてこのような光景が広がっているのか。

疑問は尽きず、口から洩れ出る。




「音楽室の壁の穴ってなんだろうか。」

「オレも知らないぜ。なんかもう昔から音楽室の壁には穴があるのが当たり前って感じで理由を聞いたことはないな。」

「なんだ、安達と丹野はそんな事も知らなかったんですか。」


丹野も知らないと答えるが、丹野が知ってたらむしろ驚きだ。

竹塚は呆れたようにこちらを見るが、知らない物は知らないんだ。仕方がないだろう。


「よく音楽室の秘密を知らないで利用していて生き残れましたね。」

「生き残れた!?」

「え?そんな重大な存在だったのか、あの穴。」


日常的にありふれた光景からは考えられない言葉が竹塚の口から出て来たぞ。

そんな生死を分ける存在が音楽室にあるなんて普通思わないだろ。


「安達、学校の七不思議は知っていますか?」

「あぁ聞いたことあるぞ。十三階段とかトイレの花子さんとか。」

「そう言えば音楽室にもエピソードがあったはずだ。夜、誰も居ないのにピアノが演奏されているって話だったか。」


あったあった。しかし学校の七不思議とどんな関係があるって言うんだ?


「良いでしょう。安達、丹野。真実を知る勇気と覚悟はありますか?」

「随分ともったいぶるんだな。だが私は真実を追い求めるぞ!」

「オレも勇気とか覚悟ならいつでも持ってるぜ。」


竹塚は私と丹野に覚悟を問う。

当然、私達の答えはイエスだ。真実を知らないまま生きるか死ぬかのラインで音楽室を利用するのは抵抗があるし。


「分かりました。この穴は特定の手順で特定の穴に棒状の細長い物を入れてから音楽室を出ると『裏音楽室』に行けるんです。」

「『裏音楽室』!?」

「なんだそりゃ?」


竹塚の口からは聞き慣れない単語が出て来た。

音楽室に裏も表もないだろう。一体何を言っているんだ?


「常人には決して立ち入ってはいけない場所、それが裏音楽室です。」

「立ち入ってはいけないって、入ったらどうなるんだよ。」

「詳しくは僕も分かりません。」

「分からないって、ならなんで入るなって言ってんだ?」


竹塚は俯き、少しして口を開く。


「それは裏音楽室に入って帰って来た人間はいないからです。」

「な、なんだって!?」

「一説には裏音楽室に入ってしまった人間は出る事が出来ず、やがて裏音楽室の亡霊となって演奏し続けると言う話があるのです。」

「マ、マジかよ………。だから夜に誰も居ない音楽室で演奏される音が聞こえてくるのか。」

「えぇ、裏音楽室での演奏は逢魔が時が近づくにつれて現世と裏音楽室の境界が曖昧になって聞こえてくるらしいですよ。」


そんな事実、今まで知らなかった。

まさか音楽室の怪談の裏には恐ろしい秘密があったとは。


「あれ?それじゃあ昔、あの穴に鉛筆だかを入れてみたオレって結構危なかったんじゃね?」

「なんて事を………。」

「竹塚?頭を抱えてどうしたんだ?」

「さっき言った特定の手順で使用するのは鉛筆なんですよ。」


な、なんだって!?

それってヤバいんじゃ!?


「丹野、墓には何を供えて欲しい?」

「ご冥福をお祈りしますね。」

「待て待て待て!勝手に殺すな!大体竹塚の言ってた特定の手順を少しやっただけだぞ!?まだセーフだろ!?」


私と竹塚は丹野に向かって合掌するが、丹野は縋り付いてくる。

お前の事だから他の手順もやってそうなんだよ。


「音楽室の出入り口を正面と考えて右側の壁の左から十八列目、下から二十六段目の穴でしたか?」

「いや昔の事だし、そんな詳しく覚えてないぜ。」

「お前の事は忘れないぞ。一週間くらい。」

「だから見捨てんじゃねぇ!てか覚えていてくれる期間短すぎだろ!」


だって丹野の事だから何回も別の個所に鉛筆入れてそうだし。


「つーかよく考えたら昔の話なんだから今ここにいるって事は大丈夫だったって事だろ!」

「言われてみれば。」


もし裏音楽室に入ってしまっていたらここに丹野はいないし、そう考えると問題なかったと考えられるな。


「ではもう一つだけ良いですか?」

「なんだよ次は。」

「実は………。」


竹塚が間を開ける。

なんだ、まさか私たち全員裏音楽室に入ってしまっているとか言ったりしないだろうな。

それとも実は丹野は既に裏音楽室に囚われていて、ここにいる丹野は偽物だとか?


「裏音楽室の話は全部今さっき考えた作り話です。」

「「…………は?」」


私と丹野はあっけにとられる。

作り話?裏音楽室が?


「マジで信じたじゃねぇか!」

「ほんとだよ!そりゃ聞いたことある訳がないだろう!」


完全に騙されていた。

語り口が迫真過ぎて疑いもしなかったぞ。

というかそれなら、


「結局、音楽室の穴は一体なんなんだ?」

「防音の為です。」

「めちゃくちゃ単純な理由じゃねぇか。よくそこまで話を膨らませたな。」

「ちなみに穴がどのような働きをするかと言うと、そもそも音とは空気の振動なので穴を通る際に振動が穴を通過する際に生じる摩擦を熱エネルギーに変換する事で音を吸い取るんですよ。」




ふぅん、なるほど。


「ちんぷんかんぷんだ。」

「まったく分からないぜ。」

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