着ぐるみ

「なぁ、沙耶。着ぐるみって凄いよな。」

「え?いきなりどうしたのよ?」

「あれを見てくれ。」


家でゴロゴロしていたら、荷物持ちとして引っ張って連れて来られた休日の商店街。

繁盛しているとも、寂れているとも言えないような賑わいを眺めながら、私と沙耶は喫茶店で休憩していた。

すると視界の端っこの方に、この気温の中でも蒸し暑さを感じさせない動きをする着ぐるみがいた。


「あぁ、こんなに暑いのに大変よね。」

「いくら通気性を良くしてても、絶対暑いと思うぞ。」

「まぁそんなに激しい動きをしなければ、長時間じゃなければ大丈夫、なのかしら?」

「待て、沙耶。よく見るんだ。」


それどころかアクロバティックな動きをこれでもかと行い、道行く人々の視線を集める。

ただでさえ蒸し暑いと言うのに、熱の籠る着ぐるみを着た状態で、だ。

あんなに激しく動き回ったら体温が上がりまくってヤバいと思うんだけど。


「あれ、大丈夫なの?」

「分からないけど、メチャクチャ元気そうに動き回っているぞ。」

「側転してるんだけど。」

「凄いな。」

「バク転もしたんだけど。」

「凄いな。」


凄い以外の感想が浮かばない。

普通、着ぐるみを身に纏いながら側転とかバク転とかって可能なのだろうか。

着ぐるみであんな動きを出来るとか、実は中身が人間じゃなくて機械と言われても納得できるぞ。


「あ、下がっていった。」

「この商店街であんなパフォーマンスやってるなんて知らなかったわね。」

「そうだな。たまに来ることはあったけど、その時はタイミングが合わなかったのかも知れないぞ。」

「それもそうね。」





喫茶店での休憩を終え、再び商店街を歩いていると声を掛けられる。


「おや、安達くんではありませんか。」

「姉河か。お前も買い物に来たのか?」

「いえ、そうではありませんが、少々用事がありましてな。」


声の主は姉河だった。

しかし買い物でもないとなると、一体何の用事なのだろうか。

こんな暑い日にわざわざ散歩なんて…………いや、姉河ならあり得るかも知れない。


「敦、その人って確かウチの学校の風紀委員じゃない?」

「そうですぞ。」

「あんた、まさか風紀委員に迷惑を掛けたりしてないでしょうね?」

「そんな事してないから!偏見にも程があるぞ!」

「日頃の行いのせいでしょ。よく職員室に呼び出されているじゃないの。」

「うっ、そ、それは……………。」


何も言えない。

むしろ職員室に呼び出されまくっているのに風紀委員には迷惑を掛けていないと言われても説得力が無いだろう。


「いやはや、仲良きことは良い事ですな。彼女が安達くんのご主人様、いえ、飼い主という訳ですか。」

「は?」

「という訳ですか。じゃないから。違うから。」

「羨ましい限りですぞ。自分も安達くんのように運命の人と巡り合いたいものですな。」

「聞けよ。」


何故そうなる。

沙耶なんて口をポカンと開けて呆然としてるぞ。

そして飼い主と書いて運命の人と読むとか、なんてフリガナを振ってくれてるんだ。

ここ最近聞いた中で最悪のフリガナだぞ。


「敦、友達は選んだ方が良いわよ。」

「いやこいつは友達ってよりは知り合いって言う程度だから。不運な事に偶然知り合っちゃっただけだから。」

「おぉ、そこまで言っていただけるとは………。流石は同志安達くん。自分の扱い方を心得ていますな。」

「勝手に同志にしないで欲しいんだけど。」


沙耶がお母さんみたいな事を言い出す。

間違ってもコイツと同類扱いされるのは嫌だぞ。

否定したらしたで姉河は喜んで勝手に同志扱いして来るし、どうすれば良いと言うのか。


「敦、まさかあんたもそう言う趣味してる訳………?」

「違う!」

「良いのよ。あたしは他人に迷惑を掛けない限り、あんたの趣味に口出ししたりしないわ。」

「聞けよ!」

「おぉ、安達くんもこちら側の世界に来て下さったのですな。」

「来てないから!」


なんでちょっと優しい眼をしながら諭すように語り掛けるんだよ。

あと姉河は両腕を広げてウェルカムみたいなポーズを取るんじゃない。

何だかメチャクチャ面倒臭くなってきたぞ。

ここはいったん話題を変えよう。


「そう言えば姉河はさっきの着ぐるみのパフォーマンスを見てたか?」

「パフォーマンス、ですか?」

「側転したり、バク転したり、凄かったわね。確かその後『鈴鹿精肉店』って所に引っ込んで行ったわ。」

「あぁ、それでしたら自分ですぞ。」

「え?」

「親戚の叔父さんに頼まれましてな。一肌脱いだ訳ですぞ。」


さっきの着ぐるみって姉河だったのか!?


「よくこんな暑い中で着ぐるみ着て動き回れるな。」

「実は着ぐるみに送風機能が付いていましてな。涼しい風を送ってくれるのですぞ。」

「へぇ、そんな仕組みがあったのか。」

「加えて、水分や塩分、ミネラルをしっかりと摂っておりますぞ。」

「普通に熱中症対策してるのね。」

「それはそうですぞ。熱中症は最悪死に至りますからな。それに着ぐるみでパフォーマンスを行っている最中に倒れては、皆の楽しい一時を台無しにしてしまいますからな。」


言ってる事はメチャクチャまともだ。

なのにどうして普段はあんなにも自分の欲望に忠実なんだろうか。

普段からこうなら友達扱いされても誇らしいはずなのに、性癖とそれに伴う行いが全てを台無しにしている。


「敦、さっき友達は選びなさいって言ったけど、これはちょっと判断に迷うわ。」

「気持ちは分かる。変態の側面と良識的な側面がごっちゃになってて未だに反応に困る事がある。」

「はっはっは!照れますな!」


変態を誉め言葉として捉えて照れているのか、良識的を誉め言葉として捉えて照れているのか、はたまたその両方なのか。

私には分からない。

沙耶も困惑している。

この男、あまりにも理解するのが難し過ぎるぞ。

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