将棋

「待った!」

「いや待ったじゃなくて。」


私は竹塚に慈悲を乞う。

この危機を脱することが出来れば、きっと勝機はあるだろう。

まだ諦めない。あの竹塚の事だ。なんだかんだ言って、きっと情けを掛けてくれるだろう。


「この通りだ!」

「話を聞いてください。」


頭を下げ、誠意を伝える。

私が頭を下げるなんて滅多にある事ではない。1週間に5度くらいしかない切り札だ。

この奥義に加えて1ヶ月で10回しか使わない『一生に一度のお願い』を駆使する事でコンボが決まるだろう。


「一生に一度のお願いだ!」

「安達は今月に入って何回転生してるんですか。」

「昨日の自分は昨日しかいなくて、今日の自分は今日しかいないって感じの哲学的なセリフをどっかで聞いたことがあるから実質一日一日が一生なんだ。」

「ここまで理解しようと思えない屁理屈、初めて聞いたな。」


伊江、よく言うだろ?『毎日がエブリデイ』って。まぁ、とりあえずそんな感じだ。きっと。

待てよ、さっきの竹塚に対する発言をよく考えてみると私って毎日異世界転生してるのでは?

この戦いは私が主人公の物語だった?ならば勝機は十分だな。竹塚が優しさを見せてくれれば。


「竹塚、いい加減現実を突きつけてやれ。安達がまた変な事を考えてそうな表情してるからな。」

「そうですね。安達、よく聞いて下さい。僕が待つ、待たない以前の問題で、




二歩ですよ。」

「なんだ二歩って!おかしいと思わないか!」

「将棋のルールに対してなんか言い始めたな。」


だってそうだろう!

戦いで歩兵とは要になる存在と聞いたことがある。それの歩兵を幾重にも布陣させるのが反則なんて間違ってる!


「古代ローマとかだってファランクス?っていう歩兵部隊がいたらしいし、それ以外でも歩兵は密集して戦うみたいな感じだったって世界史の授業で言ってたじゃん!だったら歩も縦軸で何体置いても良いと思う!」

「ローマはレギオンですね。ファランクスはギリシアですよ。まぁ密集に関しては時代が時代ですから。」

「確かそれって火薬の登場と銃が云々かんぬんって雑談のことだよな。結局あの話って歩兵は今では戦列を組まないとか言う結論で終わってなかったか?俺も話半分でしか聞いてなかったから、そんなに覚えてないが。」


だとしても、それって現代の話だろ?将棋って昔からあった娯楽じゃん!だったら尚の事納得できない!


「とりあえず二歩になる前の盤面に戻して仕切り直しましょう。ルールの事は置いておいて。」

「流石竹塚、心が広い!やっぱりルールは守らなきゃな!それにこれならまだ勝機はあるぞ!」

「いや、割と厳しい状況だと思うがな。お前の手勢、盤面の王将と金銀が1枚、香車が2枚、歩が3枚。後は手持ちの歩が2枚だろ。それに対して竹塚側は盤石の布陣だぞ。」

「まだだ!まだ勝負はついてはいない!」


勝負ってのは最後まで分からないものだ!

少なくとも、諦めるような奴が勝利する事は出来ない。

だから私は決して諦めたりはしない!

いざとなれば、待ったをかけるし。




そして勝負を続け、


「王手です。」

「ぐぬぬぬ………。」

「さっきからだが、完全に遊ばれてるな。安達の残りの手勢が王将と歩が2枚と手持ちの歩が1枚って、蹂躙されまくってるな。」


ギリギリの戦いを演じてきたが、紙一重で競り負けたというのか!?

いや、まだだ!まだ負けてなんかいない!


「これが!起死回生の一手だぁ!」

「それ、二歩です。」

「異議申し立てる!歩兵を歩兵らしく扱うのであれば、二歩はルール違反ではないと思う!それぞれの個性を尊重するべきだと!」

「さっき『ルールは守らなきゃ』とか言ってたのはどの口だよ。」


勝負の趨勢を前に、納得のいかないルールについて申し立てるのは当然の権利だと思う。


「それに仮に二歩を認められたとしても、この状況で逆転とか不可能にしか見えないんだよな。」

「もしかしたら、この歩が覚醒とかして窮地を救ってくれる英雄になるかもしれないじゃないか!」

「歩が成るのは英雄じゃなくて金ですよ。」


私はこいつらの可能性を信じたいんだ!ルールに縛られた存在としてではなく、無限の可能性を秘めている存在として!


「まぁ良いですよ。二歩しても。」

「よしっ!これでまた戦える!」

「王手です。」

「待った!」

「早ぇよ。待ったをかけるのが。まだ戦えるって言ったばっかりだよな。」


くっ、流石は竹塚。この戦況は想定の範囲内だったというのか。




そして待ったを駆使しながら激戦を演じてきたが、ついに私の駒は王将のみとなってしまった。


「もはや逃げも隠れもしない!雑兵どもよ、かかって来い!相手になってやる。」

「王将は無双キャラじゃないぞ。」

「はい。これでおしまいです。」

「ぐわぁぁぁ!!!」


惜しかったが、今回は紙一重で私の負けか。無念。


「これで満足ですか?」

「あぁ、これで分かったよ。将棋大会に出場するのは諦めよう。」


そう、この戦いは近所の公民館で催される将棋大会のチラシを見て私が出場を決意したことに端を発していた。

竹塚と伊江は私の事を止めてきたので、私の実力を見せつけてやろうとして竹塚と対決することになったのだ。


「竹塚が出場したらいいんじゃないか?たぶん優勝を狙えると思うぞ。私もセコンドとしてサポートしよう。」

「意地でも将棋大火に関わろうとするのな。だが諦めろ。将棋にセコンドはないんだよな。」

「というか、僕はまだまだですよ?お爺ちゃんにいろいろと教えてもらったりしたけど、今でも全然勝てないと思うので。」


上には上がいるのか。何という魔境。

将棋大会はまた今度だな。






後日。


「竹塚、伊江。聞いてくれ。今度、公民館でオセロ大会があるらしくて。」

「よし、竹塚。ぼっこぼこにしてやれ。」

「安達は懲りませんね。」

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