トイレ

自分が困っている時、傍に寄り添ってくれる人や手を差し伸べてくれる人、助けてくれる人こそ、真に友好関係を築くべきだと思う。

そして私は今まさに、苦境と言って差し支えない状況に置かれている。

しかし私には数多くの頼れる友達がいる。

そう考えれば、この状況も苦境なんて言えないだろう。

私は不安に押しつぶされそうな心を落ち着けて、スマホを手に取る。

ここに来て充電が無い、なんて不甲斐ないオチは無い。

充電を表す電池のマークは70%くらい。

一切の問題は無い。

多少時間が経っても、問題なく使用することが出来るだろう。

そして私は冷静にメッセージを入力し、送信する。






『西棟2階、男子トイレに紙を持って来てほしい。』


と。


「連絡先の奴らに送ったし、誰かしら来てくれるだろ。」


この時はまだ、慢心していた。

時間が掛かるとしても、精々10分程度で誰かが来てくれると、信じていた。

信じていたのだ。


20分後。


「おかしい。何故誰も来ない。」


そう、誰も来ない。

それどころか、返事すら1つとして届かない。

あれ?おかしいぞ?


「これはアレか?誰かが行くだろって言う他人任せを全員が思い付いた結果か?」


仕方がない。

もう一度来れそうな連中に連絡をしてみよう。


『竹塚、私のメッセージを見たか?助けてくれ。』

『すみません。新作のゲー、じゃなくて、どうしても外せない用事があって………。』


おい、こいつ絶対に私とゲームを天秤にかけてゲームを選びやがったぞ。

誤魔化すならゲームの部分を消せよ。

絶対分かってて残してるだろ。

なんて奴だ。


『伊江、私のメッセージを見たか?助けてくれ。』

『今ちょうどバイト先の親方んちに着いたとこだ。悪いな、他の奴を頼ってくれ。』


くっ、流石にバイト先から来てくれとは言えない。

と言う事は親方も………、と思っていると親方からメッセージが送られてくる。


『悪ぃ、家の手伝いがあるからもう帰っちまった。』


だよな。

そうなるよな。

親方も結構な頻度で家の手伝いしてるらしいし、伊江がバイトなら親方も来れないのは予想出来た。

仕方がない、他の奴を頼ろう。


『沙耶、助けてくれ。』

『さっきのメッセージの事?あんた今、男子トイレにいるんでしょ?無理に決まってるじゃない。』

『沙耶なら問題ないんじゃないかと思って。』

『あんた、トイレから出たら覚えてなさいよ。』


マズい、助けを得るどころか、更なる試練が生まれてしまった。

これでは二重の意味でトイレから出られないぞ。

そう思っていると新たにメッセージが届く。


『安達くん、お困りのようだね。』


メッセージの送り主は青井だった。

………青井?あいつ女子だよな?あいつにもメッセージ送ってたっけ?

まぁ助けてくれるなら誰だって良いや。


『青井、助けてくれるのか?』

『残念ながら私では力になれそうにないけれど、性転換して女子トイレに行ったら助けてあげられるよ。』


なるほど!その手が………あってたまるか!


『お断りだ!そもそも性転換に向かえる時点でトイレから出られてるだろ!』

『冗談だよ、冗談。』

『勘弁してくれ。』

『じきに助けが来ると思うから、それまで待っていればいいさ。』

『助け?誰か呼んでくれたのか?』

『それは後のお楽しみだよ。』


一体誰なのだろうか。

ん?またメッセージだ。

今度は誰だろうか。

送り主は………長谷道。

うん、良い予感はしないな。一切。欠片も。

内容を確認すると、非常にシンプルで短くまとまっていた。


『笑』


人の苦境を笑ってるんじゃない!

脳裏にこちらを指差して笑っている長谷道の姿が浮かぶ。

なんて奴だ。こんな奴に助けを求めるべきでは無かった。

今度会ったら絶対に引っ叩いてやる。


「ん?うわっ!?」


長谷道への恨み言を考えていると、コンコンとノックされ、次の瞬間に個室の扉の上にトイレットペーパーが差し出される。

少し驚いたが、ありがたい。

ようやく助けが来たようだ。


「ありがとう。」


お礼を言うと助けてくれた人はグッと親指を立て、ジェスチャーで返事をする。

しかしよく見てみると、袖が制服の物とは違う。

恐らく用務員さんだろう。

我が校の謎、誰も全身の姿を見た事は無く、声を聞いた事も無いと噂の用務員さん。

私も存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだ。

ともあれ、助かったのは事実。

感謝してもしきれそうにない。

無事に個室から出ると、そこには誰もいなかった。

しかし、私が用務員さんに助けられたと言う事実だけは残っている。

ありがとう、用務員さん

フォーエバー、用務員さん。

また会う日まで。




ふぅ、ようやく教室に戻って来れた。

これでやっと帰れるぞ。

そう思い、教室の扉に手を掛ける。


「敦?覚悟は出来てるかしら?」


教室の扉を開くとそこには鬼がいた。

そう言えば、さっき新たに試練が生まれたんだっけ。

覚悟?そんなの決まっているだろう。

私はいつだって………


「出来てないです!」

「待ちなさい!」


逃げる!

誰だって命は惜しいだろう。

表情は笑顔なのに、怒りのオーラを纏う幼馴染。

その姿を目にして逃げないなんて選択肢は無いだろう。

だから私も逃げるのだ。

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