エース

「エースになりたい。」

「え?愛してくれてありがとう?」

「安達、そんなに愛に飢えてたのかよ。」

「そっちのエースじゃない!スポーツでめちゃくちゃ上手い奴とか、集団の中で能力が高い奴をエースって言うだろ。」


確かに海賊に憧れを抱かないわけではないし、なってみたいと思って進路希望の紙に書いた事あったけど。

その話は置いておいて、


「エースって響きがカッコいいじゃん。」

「オレを呼んだか?」

「丹野はバスケ部のエースなんですか?」

「今はベンチ入りだが、いずれはエースになる予定の男だ。」


規模がデカいとこのバスケ部ならベンチ入りでも実力あるって思うけど、別に我が校はバスケ部が強豪と言う話は一度も聞いたことが無い。


「ウチのバスケ部の人数って何人くらいいたっけ?」

「三年が八人、二年がオレを含めて七人、一年が八人だぜ。」

「ベンチ入り出来る人数は?」

「十人だ。」

「うぅん、判断に困る。」

「まぁ丹野はなんだかんだ前向きですし、来年はバスケ部の精神的支柱になっている可能性もあるんじゃないですかね。馬鹿ですけど。」

「そうだな。ポジティブさはスポーツでも大切だからな。馬鹿だけど。」

「誉めるなら誉めるだけにしろよ。あと竹塚はともかく安達にだけは馬鹿と言われたくはないぜ。」


だって私よりは馬鹿だと思うし。

そんな事よりだ、


「私もエースになりたい。」

「安達って何か部活に入ってましたっけ?」

「少なくとも今までそんな話は一度たりとも聞いたことはないぜ。」

「話したことが無かったからな。聞いて驚け!」


二人は私の所属する部活を知らないようだ。

この学校でもそこそこの人数を擁していると思うのだが。

まぁそれはともかく教えてやろう。


「帰宅部だ!」

「よし、帰るか。」

「そうですね。」

「帰宅しろって言ったんじゃなくて帰宅部って言ったんだよ。耳悪いのか?」

「聞こえてたぜ。」「聞こえてましたよ。」


キチンと聞こえてたのに帰ろうとしたのか。

どうやら悪いのは耳ではなく性格だったようだ。


「そもそも帰宅部のエースってなんだよ。」

「部活に入っていない生徒を帰宅部と表現する事はありますが、正式な部活じゃないですよね。」


二人からは否定的な声が聞こえてくる。

おかしい、帰宅部だって部ってついてるんだから部活で良いだろ。

そして部活なんだからエースがいたっていいだろ。


「安達、帰宅部は何をする部活ですか?」

「そりゃ…………帰宅?」

「自称帰宅部が疑問形じゃねぇか。」

「帰宅なら誰でもしますからね。」

「つまり生きとし生ける人々は皆帰宅部に所属していた?」


なんてこった。エース争いのライバルが一気に激増したぞ。

これでは帰宅部のエースなんて夢のまた夢じゃないか。


「いや別に帰宅部に所属しなきゃ帰宅しちゃダメなんてルールはないだろ。つまり我々は帰宅のプロフェッショナルって事だ。」

「帰宅のプロフェッショナルってなんだよ。」

「リムジンとかプライベートジェットで帰宅するとか、そんな感じじゃないですかね。」


なるほど。竹塚、良いことを言うじゃないか。

しかしそれだとただの富豪。真に一流の帰宅部感が薄い。

帰宅部としての魂が宿っていないと言えるだろう。


「帰宅のプロ、それは誰よりも誠実に帰宅と向き合う者。」

「常日頃からこうやって放課後に駄弁ったりどっかに遊びに行ったりしてる安達は果たして誠実に帰宅と向き合ってると言えるのでしょうか?」

「むしろ学校が終わって真っ直ぐ帰宅してる姿なんて見たことないぜ。」


………すぐに帰宅するのが=誠実ではないと思うんだ。


「帰宅のプロ、それは誰よりも帰宅を楽しむ者。」

「でも楽しんでるのは帰宅と言うより放課後の時間ですよね。」

「まぁ帰宅時に変な事してる事もあるし、楽しんでると言えなくもないかも知れないな。」

「じゃあ帰宅のプロってなんだよ!」

「こっちが聞きてぇわ。」

「正体表しましたね。」


ああ言えばこう言う。

それに重要なのは帰宅のプロかどうかよりも帰宅部のエースになれるかどうかなんだ。

つまりプロではなくてもエースにはなれる。

各校各部にエースがいるのだから、プロではなくとも問題は無いと言えるだろう。


「とにかく!私は帰宅部のエースになるんだ!」

「そうですか、頑張って下さい。」

「応援だけしといてやるよ。」

「他人事感が凄いんだけど。」


そりゃ実際他人事だろうけど、友達がエースを目指して頑張ってるんだから、もう少し親身な姿勢を見せてくれても良いんじゃないだろうか。


「帰宅部なんですし、自称すればその時点でエースじゃないですか。」

「そうだぜ、自称エース。」

「自称するだけだとカッコ悪いし、自他共に認められてこそのエースだろ。バスケ部の自称未来のエース。」

「自称じゃなくて実際に未来のエースなんだよ。」


自分はエースだって言い張っても、他人から認められてないんじゃカッコ悪いだけだろう。

かませ犬感が半端ないぞ。


「それなら帰宅部のエースってどんな感じなんだよ?」

「えーと、帰宅する奴?」

「帰りましょうか。安達をエースにする為に。」

「そうだな。安達の為に。」

「お前ら………!」


友人想いの良い奴らだ。

しかしこうも思う。




「この話題に飽きたから私を理由に帰ろうとしてないか?」

「一分一秒が惜しいですよ。」

「そうだぜ。エースになるんだろ。」

「答えになってないし!」


まともに答える気が無い時点で図星だろう。

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