指パッチン

パチン!

音が響く。


「おい、安達。反応してやれよ。」


パチン!

音が響く。


「伊江が反応してくれ。」


パチン!パチン!

音が響く。


「丹野、任せた。」

「オレは安達に任せたんだよ。」

「私は伊江にぶん投げた。」


パチン!パチン!パチン!

音が響く。

その音の方向では………


「なぁ、竹塚。何やってるんだ?」

「指パッチンです。」


竹塚が指パッチンをしていた。

なんで指パッチンをしているかは知らない。


「そうじゃなくて、なんで指パッチンをしてるんだ?」

「カッコ良くないですか?指パッチン。」


伊江が更に聞き返すが、いかにも竹塚らしい答えが返って来た。

確かにカッコいいイメージがあるな。部下に何かをさせる合図とか、錬金術で炎を出したりとか。


「カッコいいのは分かるが、どうして今、指パッチンをしてるんだ?」

「練習して出来るようになったので自慢したかったからです。」


伊江が粘り強く竹塚の真意を探ろうとする。

帰って来た答えは単純に自慢をしたかったかららしい。


「指パッチンが出来ないであろう君たちにこれでもかと自慢したかったんです。」


上から目線でされる自慢ってこんなにもイラっとするんだな。

身長的には下から目線なのに。


「おいおい竹塚、誰が指パッチン出来ないって?」

「え?丹野出来るの?」

「将来的には出来るようになる予定だ。」

「つまり出来ないと。」


自信ありげに突っかかっていったから出来ると思ったじゃないか。

伊江のツッコミの通り素直に出来ないって言えよ。


「今は出来ないだけだぜ。未来はいつだって無限の可能性に溢れているんだ。」

「前向きなのか現実から逃避しているのか判断に困るな。」

「ちなみに伊江は指パッチン出来るのか?」

「無理。」


竹塚以外誰も出来ないのか。

このまま調子に乗らせてるのもイラっとするし、たぶん今後も事あるごとに指パッチンしてきそうだな。


「でもそこまで難しそうじゃないし私達も練習したら出来るんじゃないか?」

「いや別に出来なくても……」

「安達、良い事言うじゃねぇか。その通りだ。」

「ふっ、僕が10分かけて練習した指パッチンをそう簡単に習得できますかね?」

「10分て割とすぐじゃねぇか。」


御大層に苦労しました感を出して言ってる割には練習時間短いぞ。

これ私達でも普通に出来るようになるんじゃないだろうか。


「まぁ、頑張れ?」

「なんだよ、伊江はやらないのか?」

「俺はいいよ。」

「ノリが悪いな。後でオレたちが出来るようになってから悔しがったって遅いんだぜ。」


伊江は呆れた顔で適当に応援して来るが、流石に余裕だろう。

指を、こう、スッとすればいけると思う。


「あれ?」

「んん?」

「「出来ない!」」

「だから言ったでしょう。練習したって。」


思ったより上手く音が出ない。

竹塚はきれいに音が出ていたのに。


「よし、筋トレすれば出来るようになると思うぜ。」

「10分筋トレしたって指パッチンは出来るようになりませんよ。これはテクニックです。技術です。スキルです。」

「と言うか、むしろ10分で筋トレの成果が出る方が凄いと思うぞ。」


丹野はやっぱり馬鹿だな。筋肉でなんでも解決できるのは創作の中だけだぞ。

それに竹塚の腕をよく見るんだ。たぶん私達よりヒョロいぞ。筋肉があるようにはとても見えない。


「そんな脳筋思考ではいつまで経っても指パッチンは習得できませんよ。」

「いや、オレは筋トレの可能性を信じるぞ!ちょっと鍛えてくるぜ!」

「竹塚、丹野の事は放っておいて、コツとかないのか?」


脳みそが筋肉に汚染されてどっかに行った丹野は置いといて竹塚にコツを聞く。

テクニックが大事ってなると私には分からない。

それなら既に習得している人から聞くのが一番だ。適任者が目の前にいるし。


「コツ、ですか。そうですね。まず親指と中指をくっつけます。」

「ふむふむ。」

「次に薬指と小指を親指の根元にくっつけます。」

「ほうほう。」


竹塚の事だから変なアドバイスをされると思ったが、案外まともなアドバイスだ。

流石にこれはふざけようがないか。


「そして神に祈ります。」

「おぉっと?」

「そして精神を集中します。」

「う、うん。」


一瞬危うい方向に行きかけたぞ?

いや、成功を祈る事や集中する事は大事だから、まだセーフの領域か?


「次に一晩寝かせます。」

「カレーかよ。10分練習したんじゃねぇのかよ。」

「こちらが一晩寝かせた状態の指です。」

「料理番組みたいになってきた。」


もうこれ絶対に真面目に教える気ないだろ。

最初の普通のアドバイスはどこ行った。


「最後に心理の扉を開いたら完了です。」

「それ禁忌を犯して身体が持ってかれるやつだろ。錬金術について聞いてたんじゃないんだよ。指パッチンはどこ行った。」

「指パッチンも錬金術みたいなものなので。それに心理の扉を開ける事が出来たら指パッチンなんて比べ物にならないくらい楽勝でしょう。」


確かに。でも比較対象おかしくない?

指パッチン出来るようになるために身体を失うとか釣り合いが取れていない。


「よし、終わったな。」

「ん?伊江、さっきから静かだったが、何してたんだ?」

「課題。」


課題?

………あ。


「しまった!そうだ、皆で課題をやっていたんじゃないか!どうして指パッチンの話になってたんだ!と言うか伊江、途中で教えてくれても良かったんじゃないか!?」

「どっちにしろ途中で飽きたとか疲れたとかごねて進まなくなってたと思うからな。だから先に自分の分を終わらせた。」


なんてこった。

竹塚の行動に惑わされて課題はまったく進んでいない。


「さて、指パッチンの練習をしますか?」

「………課題から先にやるわ。」


なんでこの男は指パッチンの練習を進めて来た。

課題が手付かずって言ってるだろ。

あと何かを忘れているような気が………。






「うおぉぉぉぉぉ!頑張れ、オレの筋肉!」




まぁ、忘れるような事だし、気にしないで良いか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る