片手割り
世の中には出来たとしても特に役に立つわけではないが、何となく誇らしい、得意げになれるような技能がある。
例えば運動で。例えば勉学で。例えば芸術で。例えば生活で。
実際は役に立たない、ないし披露する機会が乏しいが故に、披露できるタイミングがあればここぞとばかりに誇示するのだ。
役に立たないとバッサリ切って捨てる事も出来るかもしれないが、それをやれと言われたら出来ずに何も言い返せない。
なにより凄い事に変わりはないので注目や賞賛を浴びる事が出来るのである。
それは学校であったとしても変わりはない。
『コンコン』と卵を叩く音が鳴る。
周囲はシーンと静寂に包まれており、卵への注目が高まる。
そして『パカッ』と言う音と共に中身がボウルに落下する。
そして周囲からは『おぉ………!』と言う感嘆の声が漏れる。
「まぁ、ざっとこんなもんよ。」
親方はドヤ顔で一言。
そう、親方は片手で卵を割ってのけたのだ。片手で、卵を。
「やるな。俺には出来ないな。」
「凄いですね。特に役に立つわけではないですが、見栄え的にカッコいいですね。」
親方の周りには友人たちが集まり、その姿を、技術を称えていた。
確かに卵を片手で割れるのは凄い。私には出来ない。
しかしあそこまで自信満々な態度でドヤ顔している親方を未だかつて見たことが無い。
そこまで誇らしいか。
「家の手伝いとかで卵を割る時に練習した甲斐があったってもんよ。」
「人の頭を卵に見立てて割る練習をしてたんですね。」
おいおい竹塚、なんて事言うんだ。
親方にだって出来る事と出来ない事があると思うぞ。
「いくら親方の手がデカいからって、人の頭を片手で割るのは無理だろう。」
「んな物騒な事しねぇよぉ。」
「普通に練習してたって思わないのな。」
だって見た目からして卵を片手で割る練習してるようには見えないし、そのシーンを想像してみるとかなりシュールだぞ。
エプロンを付けて卵を割る練習をする親方。言っては失礼だけど、似合わない。
料理関連で何かするシーンを想像するなら、豪快に肉や魚を捌いている姿や何かしらを焼いている姿の方がイメージにあってるし。
「しかし肝心なのは料理の腕ですよ。たとえ卵を割るのが達人級に上手かったとしても、料理の味が美味しくなければカッコ悪いと思います。それに審査員も満足しないですよ。」
審査員?先生の事か?
確かに家庭科の授業だし、評価はどこかしらでされるとは思うけど、味を評価したりはしないと思うんだけど。
そんな事を考えながら竹塚の指さした先を見ると………
「沙耶?何やってるんだ?」
「審査員。」
『審査員』と書かれたプレートが置かれた机には沙耶がいた。
いや本当になにしてるんだよ。この幼馴染は。
「審査員役をお願いして快く承ってくれました。」
「『はぁ?何言ってんの?』って返されて終わりだと思うんだけど。」
「審査員になれば皆の作った料理を味見出来ますよって伝えました。」
「二つ返事で承諾しただろうな。」
食い意地が、ではなく食べる事を大切にしている幼馴染の事だ。
迷いなく審査員の立場を利用しているぞ。
「しかしそれじゃ他のクラスメイトが納得しないんじゃないか?」
「自分のグループの調理には参加しますし、他のグループが使用した食器や調理器具の片付けを対価にしています。」
「確かに料理って作るのは楽しいけど後片付けが面倒くさいからな。」
それで皆が納得してるならそれでいいんじゃないかな。
これ以上審査員に関してはとやかく言うまい。
「ちなみに最優秀賞を受賞したグループには賞品もありますよ。」
「よし、最高の料理を作るぞ。」
「いや賞品なんてどこで用意したんだよ。怪しい事この上無いな。」
伊江、細かい事は気にするな。
賞品は私たちが手にするんだ。
「で、結局親方の料理の腕ってどんなもんなんだ?」
「親方の作った料理は結構美味いぞ。親方の家でアルバイトしてるとたまに賄い作ってくれるんだ。」
「おっと、豪華賞品を用意されちゃ、オレだって負ける訳にはいかねぇぜ!」
「丹野?」
別のグループの丹野が顔を出してきた。
お前料理出来たっけ?少なくともそんな話は聞いたことが無いんだが。
「この前グルメ漫画を読んだんだ!今なら天才料理人クラスの美食を作れる気がするぜ!」
「よし親方、指示を出してくれ。」
「無視すんな!」
丹野は放っておいて親方の指示の下で調理を進め、料理は完成し、審査員の口に運ばれる。
「うん。梅嶋のグループが一番ね。」
「あたりめぇだ。」
「何故だぁ!」
親方は当然のように勝利を受け入れ、丹野は当然のように敗北していた。
そりゃそうだろ。グルメ漫画読んだだけで、日々家業の手伝いをしている蕎麦屋の息子に勝てると思ったのか。
基礎をしっかり押さえていて的確に指示を出してくれる親方はとても頼りになった。
「それではこちらをどうぞ。」
「そう言えば結局、賞品ってなんなんだ?」
「科学部のA氏より贈呈してもらった品です。料理にふりかける物です。」
「それ絶対青井だろ。かけた料理を本当に食べても大丈夫なのか?」
「安達が食べるとは伝えていないので大丈夫かと。」
竹塚、それでも不安を拭えないぞ。
あと話ながらさり気なく私の料理にふりかけるんじゃない。
分かったよ。食べればいいんだろう。
「ん?味は普通だ。今のところ特に身体に違和感もない。結局さっきのふりかけは何だったんだ?」
「鏡をどうぞ。呼気に注目して下さい。」
「は?」
竹塚が鏡を渡すと口周りが呼吸をする度にキラキラと輝いている。
なんだこれ。
「青、じゃなくてA氏曰く『本当はグルメ漫画で美味しい料理を食べた時みたいに口から光線が出るようにしたかったけど、少し時間が足りなくてね。なに、人体に害は無いから安心してくれ。』だそうです。」
「なんてもん作ろうとしてるんだ、あいつは。」
これじゃまるでブレスケアのタブレットのCMみたいじゃないか。
え、これ効果時間どれくらい続くんだ?
おい竹塚、目を逸らすな。
結局放課後までブレスケア状態だった。
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