箪笥の角
それは竹塚の家に集まって課題をしていた時の事だった。
『ガンッ!』と言う鈍い音、身体を駆け抜ける衝撃、脳が理解を拒絶する現実。
「っ!!?!???!!!?」
この驚愕、この苦痛、この悲しみ、この怒り。
ぐちゃぐちゃに混ざった負の感情。
それが私の中で渦巻く。
これは当事者にしか理解し得ない感情だろう。
すぐ傍にいる友人でさえも、理解し得ない感情だろう。
跪き、声なき声を発する。
しかし、私の自慢の友達ならば理解してくれなくても、何事かと声を掛けてくれるだろう。
「で、ここにはこの式を使うんですよ。」
「なるほどな。流石は竹塚だ。」
「あぁぁぁ………………。っつぅ…………。」
私の自慢の友達ならば、私の状態を気にして声を掛けてくれることだろう!
「いえいえ、伊江も理解が早くて助かりますよ。」
「この調子でさっさと課題を終わらせような。」
「痛たたたたたたたた…………。」
私の!自慢の!友達なら!心配して!声を掛けてくれることだろう!
「そうですね。どっかの誰かさんみたいにギリギリになって課題を終わらせるよりも、早めに終わらせた方が後々楽ですからね。」
「課題が終わったらゲームでもするかな。」
「いいですね。」
「聞けよ!私が蹲っている理由を!触れろよ!私のこの状態に関して!」
「安達、遊んでないで早く課題を終わらせましょう。」
「遊んでないわ!痛がってただろ!どう見ても!」
こっちは苦痛で動けなかったのに、遊んでる扱いとは何て連中だ。
こんな友達を軽んじる連中を自慢の友達だと思っていた自分が恥ずかしいくらいだぞ。
むしろ友達を大事にしない事を恥じろ。
「箪笥の角に足の小指をぶつけたんだよ!」
「ご愁傷様です。」
「葬式には参加してやるから安心しな。」
勝手に殺すな。足の小指を負傷しただけで死ぬわけないだろう。
そもそも葬式に参加してくれる事の何を安心すれば良いんだよ。
「生きてるから。死んでないから。そんなので死なないから。」
「でも安達って実は最弱の洞窟探検家だって…………。」
「いつそんな事を言った。」
「この前見た夢の中で。」
「夢かよ。しかもお前の見た。」
時間の問題じゃなかった。
そりゃ夢の中で私が言ってたとしても、現実の私が分かる訳がない。
「死にはしないけど、めちゃくちゃ痛いじゃん。箪笥の角に足の小指をぶつけるのって。」
「まぁ、そうだな。」
「言葉に出来ない痛みで、思わずこの世の終わりかって思っちゃうじゃん。」
「この世の終わりかどうかは置いておくとして、言葉に出来ないって部分は分からなくもないですね。」
「そんな苦痛を、激痛を味わった私をもっと労わって心配して慰めても良いと思うんだよ。」
さっきのご愁傷だの、葬式だのは大袈裟過ぎるけど、普通に慰めて欲しい。
「ドンマイ。よし、課題の続きをやるか。」
「そういう時もありますよ。そうですね。今度こそ終わらせちゃいましょうか。」
「軽い。もう少し親身になってくれ。いや課題もさっさと終わらせたいけど。」
こっちを見ず、机に向かったままそのセリフを言っても全然心配している感が伝わってこないぞ。
姿勢もセリフも、もう少しどうにかしてほしい。慰めて欲しいと言った側が贅沢を言うなと思われるかも知れないが、そこは断固として要求するぞ。
「安達、人間って言うのは痛みや苦しみを感じないで生きていける訳ではないんです。そんな苦痛を受け止め、乗り越えてこそ成長するんですよ。」
「竹塚………!」
「まぁ僕は箪笥の角に足の小指をぶつけた事は無いですけど。」
「竹塚………。」
良い感じの事を言って気分を上げておいて最後に落とすなよ。
一瞬感動したのに、すぐさま残念な気持ちになったぞ。
「安達、俺はお前の気持ち、良く分かるぞ。俺は竹塚と違って箪笥の角に足の小指をぶつけた事はあるからな。」
「伊江………!」
「まぁ俺はお前を心配する気持ちよりも、早く課題を終わらせたいって気持ちの方が強いけどな。」
「伊江………。」
ようやく理解者が現れたと思ったのに後半のセリフで全部台無しにするんじゃない。
どう考えてもそのセリフは言わないで良いセリフ、と言うより言わない方が良いセリフだろ。
そんなセリフを、偶に悪ノリしてる時の笑顔で言ってるから確信犯だろ、こいつ。
「しかし伊江、竹塚はあの苦痛を経験したことが無いそうだ。成長云々言ってるが、ここは友達として経験を積ませてやっても良いと思わないか?」
「それも悪くは無いけど、竹塚の表情を見てみるんだな。」
「ん?おい竹塚、なんだその余裕の表情は。まるで『本当にお前にそんな事が出来るのか?』と言いたげな表情は。」
そんな表情をしていられるのも今のうちだぞ。
「安達。その前に1つ質問をさせてもらっても良いですか?」
「メイドの土産だ。良いだろう。」
「安達、一応言っておくけど、冥土の土産ってのはメイドさんを指し示す『めいど』じゃないからな?」
「そ、そんくらい知ってるし?当たり前じゃん?常識じゃん?それより竹塚!質問をするなら早くするんだな。私の気が変わる前に。」
「安達の課題の進み具合はどんな感じですか?」
「え?それは………。」
ほとんど白紙のプリントに目を落とす。
竹塚、まさかお前………。
「あー、箪笥の角に足の小指をぶつけたら、とっても痛いんでしょうねー。きっと安達の課題は手伝えなくなるくらいに。」
「竹塚、遊んでないで早く課題を終わらせよう。」
やっぱり友達は大切にしないとね!
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