ギザ10

休み時間、校内に設置された自動販売機で飲み物を買い、出てきたお釣りを手に取る。


「おっ、これは………。」

「どうかしたんですか?」

「竹塚、これを見ろ。」

「10円玉ですね。」

「知ってるか?側面がギザギザしてる10円玉ってレアなんだ。」

「知ってますよ。」


私の手の中にあったのはギザ10。

以前、伊江に教わった存在であった。

しかし竹塚は知ってたのか。

まぁ、確かに竹塚なら知っててもおかしくはないか。

それに私がやりたかったのは知識を自慢する事じゃなくてお釣りでギザ10を手に入れた事だし。


「なんでもこの世界に存在するギザ10を全て集めた人間は人智を超越した力を手に入れて世界を制する事が出来るっていう話ですよね。」

「え?力?世界?」


待ってほしい、私が知ってる話と違う。

かなり、だいぶ、相当違う。

その話は初めて聞いたんだけど。


「しかしそんな代物が安達の手に渡るだなんて………。これも天啓なのかもしれませんね。」

「お、おう?そうなのかも知れない?」

「ではどうしますか?」

「え?」


どうするって?

まだ話が飲み込めていないんだけど。

そんな状態で話を進めないでもらいたいんだけど。


「やっぱり集めますか?世界、制しちゃいますか?」

「………そうだな。それがいい。そうしよう。そして課題やテストのない平和な世界を作ろうじゃないか。」

「平和の対価が全人類の平均知能の低下って結構な代償ですね。」

「大丈夫。私みたいに課題やテストがなくても問題ないやつだっているから。」

「そうですね。課題やテストがあってもなくても馬鹿な人もいますからね。」

「そして私のように賢い人間もな。」

「………。」


おい、なんだその目は。

まるで私は賢い側じゃなくて馬鹿側の人間だろって言いたげな目でこっちを見るんじゃない。


「それじゃあ手始めに自動販売機を破壊して中にギザ10が入っているか確認しますか?安達が世界を制するための第一歩ですね。」

「え?いや、世界は欲しいけど、そこまでしなくてもいいんじゃないかなって………。」


初手破壊活動はちょっとどうかと思うんだ。


「じゃあそこら辺を歩いてる生徒をボコボコにして財布を漁りますか?安達が世界を制するためには必要な犠牲ですね。」

「いや、世界は欲しいけど、そんなことしないでいいから………。」


なんで選択肢が悪化してるんだよ。

世界征服がしたいから他人に暴力を振るうとか物語の悪役そのものだろう。

そして最後には正義の味方にやられるオチだろう。

しかも今でこそ大人しくなったが、悪いやつとあらば問答無用でボコボコにするような危険人物だった幼馴染がいるんだぞ。

そんな幼馴染こと沙耶の耳にそんな話が入ってみろ。

その瞬間に私の死が確定するぞ。


「それなら銀行でも襲撃しますか?安達が世界を制した暁には世界のお金なんて自分のものも同然でしょうから、事前に引き出すようなものですよ。」

「世界は欲しいけど、そんなことしないから。」


さらに選択肢が悪化してるんだけど。

刑務所暮らしなんて、私は絶対に嫌だぞ。

というか、さっきから話を聞いてて思ったんだが………


「なぁ、もしかしてめちゃくちゃするのに私を理由にしてないか?」

「ははははは。」

「笑って誤魔化すな!せめて否定しろよ!」

「免罪符って知ってますか?」

「知らないけど会話の流れ的に絶対に碌なものじゃないだろ。」


素直に自分の悪行を認めろよ。

しかもメンザイフ?ってなんだよ。

どっかのブランド物の財布か?


「いえいえ、免罪符って言ったら、買えば全ての罪が赦されて天国に行けるスペシャルアイテムですよ。」

「お金で天国行きのチケットを買えるのか………。と言うか、めちゃくちゃ嘘くさいぞ、それ。」

「でも今まで『天国に行けなかった』って言うクレームは来てないらしいですよ。」

「マジで!?」


じゃあ本物なのか!?

私が竹塚の話を信じそうになると、声を掛けられる。


「そりゃそうだろうな。」

「あ、伊江。」


そこにいたのは伊江だった。

どうやら飲み物を買いに来たようで自動販売機にお金を入れ、ボタンを押す。


「途中から話が聞こえてきたけど、それこそ生き返りでもしない限りクレームなんて入れられないだろうからな。」


伊江が自動販売機で買った紅茶を取り出しながら、ツッコミを入れる。

言われてみれば、確かにそうだ。

もし仮にクレームがあったとして、地獄に落ちてからクレームを入れるために生き返ったのであれば、すごい根性だとも思うけど。


「おっ、ギザ10だ。」

「なんだって!?」


伊江がお釣りを手に取る。

どうやら世界に選ばれたのは私だけではなかったようだな。


「と言うことは伊江も世界を制する資格を得たって事か!」

「はぁ?世界?」

「あぁ。さっき竹塚が………。」


伊江に先ほど竹塚から聞いた話を説明する。

それを聞いた伊江は短く、シンプルに答えを返す。


「いつもの作り話だな。」

「竹塚ぁ!っていないし!」

「俺が安達の話を聞いてる間に飲み終わったペットボトルを捨てて教室の方に歩いてったな。」


伊江に真実を告げられ、竹塚に対する怒りを顕わにするが、当の本人は既にこの場を離れていた。

夢を見させるだけ見させて放置するなよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る