切腹
いつものように竹塚、伊江と共に雑談を楽しむ放課後。
「聞いてくれ、この前夢を見たんだ。」
「どんな?」
「切腹する夢。」
「じゃあ介錯してあげますね。」
竹塚、笑顔でとんでもない提案をするんじゃない。
なんで嬉々として私の首を撥ねようとするんだよ。
「夢だよ、夢。現実じゃないから。」
「確かに、今は夢でも、いつかは実現できるかも知れないですよ。」
「切腹を実現とか何をやらかせばそんな事をする羽目になるんだかな。まぁ安達が切腹のあった時代に生まれてたら可能性はあっただろうけど。」
「私に腹を切らせようとするな。」
竹塚、そのセリフはもっとこう、良い感じのシーンで、夢を諦めずに追い求める的なシーンで言うべきだろう。
なんで切腹を輝かしい夢みたいに表現してるんだよ。
「前からやってみたかったんですよね。首の後ろを『トン』ってやって気絶させるのを。」
「それ『トン』じゃ済まないよな。『ズバッ』ってやってるよな。介錯って首を切り落とすんだから。」
「意識を奪うと言う観点で言えば大差はないかと。」
「むしろ命を奪ってるんだよな。」
確かに後ろから首筋を『トン』ってして意識を奪うのはロマンがある。
その点はとても同意できる。
しかし伊江の言う通り介錯って切腹してから首筋を『ズバッ』とするのであって『トン』ではないのだ。
「意識が無い、つまりは自己認識が出来ないので実質死んでるようなものだと思うんですよね。」
「竹塚、それは睡眠薬と永眠するレベルの毒を同レベルに並べてるようなもんぞ。」
その理屈で言ったら睡眠中は死んでるって事になるじゃないか。
流石の私もその理屈では言いくるめられないぞ。
「ちなみに夢を見てる間は当然痛みとか感じなかったから、自分の腹からこぼれ出る内臓を見て『へぇ、こんな感じなのかー。』って思ってた。」
「結構余裕あるな。」
「冷静過ぎてシュールですね。」
起きた後、我ながら『こいつ切腹してるのに落ち着き過ぎでは?』と思った。
大怪我を負うと脳みそがなんかしらの物質を分泌して一時的に痛みを感じなくなるとか聞いたことがあるけど、たぶんそう言うのでもない。
至って冷静に観察してたし。
「でもやっぱり切腹する夢を見るって事は、私の魂に宿ってる武士だか侍だかの何かしらが叫んでたんだろ。」
「ダウト。」
「安達の魂には武士も侍も宿ってないと思うんですけど。」
一瞬の躊躇いも思考も挟まずに即否定するんじゃない。
せめてもう少し考えるフリくらいしても良いと思うぞ。
「大丈夫、毎日武士な気持ちで過ごしてるから。ハートに侍を宿してるから。」
「武士な気持ちってなんだよ。ハートとか言ってる時点で侍感皆無だからな。」
「常に心に侍がいるでござる。」
「雑な事この上ないな。」
「日頃の生活を見るに、少なくとも武士みたいに一所懸命、もとい一生懸命には生きてないですよね。」
それは、ほら、生きてるだけで一生懸命って言ったりするし。
例え授業中に寝ていようが職員室に呼び出される常連だろうが、一生懸命生きてるから。
生きる事に一生懸命って武士っぽい気がしないでもないじゃん?
「今調べてみましたが、自殺する夢には成長や才能、依存と言った意味があるらしいですね。」
「切腹だよ!いや自殺って言ったら自殺なんだろうけど。でも成長、才能か。流石私。」
「いつも勉強で依存してるし、そっちじゃないか?」
「仲間に支えられながら成長する。主人公っぽくて良いじゃん。」
「仲間に依存しながらの間違いだな。」
まぁ自分を殺すって認識も出来ない事は無いけど。
自殺と切腹じゃ、なんか違う気がする。
そして伊江、せっかく人が良い感じに話をまとめようとしたのに茶々を入れるな。
私は頼るべき時に他人を頼れるだけだから。
「えーと、切腹、夢………。」
「え?実際に切腹と夢で検索して出てくるの?」
「出ましたね。」
「出るのか。」
そんな話をしていると竹塚は検索内容を変えて調べ出す。
流石に切腹と言う限定的なシチュエーションの夢占いは無いだろう。
と思ったらあるのか。
凄いな、夢占い。
何でもありな気がしてきた。
「『感情的に昂っている。今までの自分を捨てて新しい自分を獲得したい。』って書いてありますね。」
「なるほど。つまりこれを機に安達は今まで依存していた勉強で、自分で努力するようになるって事だな。」
「え?」
「それは素晴らしいですね。」
「え?」
おかしい、この前見た夢の話をしていただけなのに。
何故私が1人で勉強を頑張る流れになっているのだろうか。
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