『P』と『F』

世の中は理不尽だ。

例え清く正しい生徒を導く学び舎であったとしても平然と偏見がまかり通るのだから。


「フォンって英語で電話らしいじゃん。」

「そうだな。」

「テストの問題にも電話は英語でなんて言うって問題が出てたじゃん。」

「そうだな。」

「私は間違いなくフォンって書いたんだよ。」

「そうですか。」

「なのに何故か不正解だったんだ。だから先生に採点ミスを申し出たんだけど……。」

「受け入れられなかった、と。」

「そうなんだ。きっと私の頭脳じゃ分からないだろうって偏見を持ってるんだ。」

「安達。テストの答案を見せてくれますか?」

「良いぞ。ほら。」


あまりにも酷い扱いに憤りを感じて竹塚と伊江に話をすると、テストを見せて欲しいと言われる。

私は解答用紙を竹塚に渡し、それを見てもらう。


「安達。」

「その表情、納得したって顔だな。」

「えぇ。納得しましたよ。」

「私と一緒に抗議してくれるって事か。流石竹塚、頼りになる。」


私の解答用紙を見た竹塚は『理解した』と言いたげな表情で頷く。

そして私を理解してくれたと思い、一緒に抗議してくれるのかと聞くと竹塚は重々しく口を開く。


「安達。






綴りは『fone』じゃなくて『phone』ですよ。最初の部分は『F』じゃなくて『Ph』です。」

「なんだって!?」

「まぁ安達にしては頑張ったんじゃないか?いつもだったら『fon』で終わってて最後の『e』を忘れてるのが安達クオリティだからな。」


マジか。私さっき自信満々に先生に『ここ、採点ミスしてますよ。』って言っちゃったよ。

そりゃ呆れ顔で『どこも問題ありませんよ。』って言われる訳だ。

でも私は納得できない疑問があるぞ。


「なんで『P』から始まるんだよ。『F』の方が発音的にはフォンじゃん。」

「安達はこの英単語に、いいえ、普通なら発音的に『F』から始まると思われるのに『P』から始まる英単語に秘められた真実を知る覚悟はありますか?」

「なんだよ、真実って。」

「実はこの『P』は『点P』なんです。」

「は?」

「安達も聞き覚えがありませんか?よく数学の問題で出てくる、やたらと動き回る『点P』を。」

「はっ!?」

「そうです。この『F』から始まると思わせておいて『P』から始まる英単語の『P』は全て数学に登場する『点P』だったんですよ!」

「な、なんだって!?」

「いつもの竹塚タイムが始まったな。」


まさかここで数学の存在が絡んでくるだなんて。

なんかだいぶ前に学問は相互に複雑に絡み合っているって聞いた気がするけど、そういう事だったのか。

この意外過ぎる関係は私の視野をもってしても読み切れなかった。


「『点P』によって本来存在するはずだった『F』は追い出されてしまったのです。」

「そんな………。それなら『F』は一体どこに行ったんだ?『点P』は何のために『F』を追い出したんだ?私には分からない。教えてくれ、竹塚。」

「そもそも『P』とは何の略称だと思いますか?」

「パンダ?」

「確かにパンダの価値は凄まじい物ですが違います。」

「『P』って聞いて真っ先に出てくる言葉ってパンダなんだな。」


圧倒的存在感を誇るパンダがそんな非道な真似をする訳が無かったか。

しかし、いきなり頭文字が『P』の英単語なんて出てこないぞ。

むしろよくパッとパンダが出てきたものだ。


「『P』とは即ち『parasiteパラサイト』。つまり『寄生』です。」

「『帰省』?『P』は里帰りしていたって事か?」

「ありきたりなボケですね。2点。いいですか?『P』は本来の宿主から身体を奪って、増殖を繰り返し、やがて世界を征服するのが目的なんです。あらゆる種は生物学的に自身の種の繁栄を目的としています。これが紛れもない根拠となるのです。」

「こじつけの雑さがこの上ないな。」


採点が凄まじく厳しい。

しかしそれ以上に厳しい真実を竹塚は明かしてきた。

まさか『P』にそんな野望があっただなんて。

伊江はなんか言ってるけど、この真実に驚きはないのかよ。


「一方で『F』は『P』から逃れ、ドイツに至ります。『F』はいつまでもこの姿ままでは『P』に見つかり、今度こそ完全に存在を抹消されてしまうと考え、『vonフォン』に姿を変えます。英語であれば『from』を意味する位置づけになるのですが、頭文字が『F』のままではやがてバレてしまうからですね。」


そうだったのか。

確かに自分の事を狙って来る刺客に怯えながら日々を暮らすのは大変だろう。

そう考えると姿を変えて行方を眩ませたのも納得だ。


「そうドイツにおいて『von』は爵位がある事を意味するのですが、それはやがて『P』に復讐するために高貴な地位の人々の間に入り込んだ結果、生まれた意味なのです。」


確かに権力を持っている人間が力になってくれれば頼りになるだろう。

しかも発音は『フォン』。まさかこんな形で復讐を誓っていたとは。






「竹塚、ありがとう。勉強になったぞ。」

「いえいえ。いつもの事じゃないですか。」

「そうだな。いつもの作り話だな。」

「この真実を先生に教えてあげれば私の答案も採点ミスとして点数を上げてもらえるかも知れない。」

「安達、先ほども言いましたが、『P』の野望を周囲に吹聴して回るのは止めた方が良いですよ。消されます。今は『F』が『P』の野望を打ち破る為に準備しているのです。彼らの邪魔をしないように僕たちは事の成り行きを見守りましょう。」

「そう、か。分かった。『F』の勝利を祈っているよ。」

「自分が被害を受けないように上手く言いくるめたな。まぁこのまま忘れ去れるのが一番平和かも知れないな。」


いつかきっと、『F』が『P』を打倒する時を信じて。

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