観劇

「今度の土曜日、演劇部が発表会をするらしいですよ。」


竹塚の一言が休日の予定を決定付けた。

正直、演劇にそこまで強い興味関心がある訳ではないけれど、演劇部の演技力が凄まじいという噂をこの前聞いたのでいい機会だ。


「あ、来てくれたん?」


みなと美奈みな、私のクラスメイトで演劇部に所属している少女が受付をしていた。


「噂を聞いてな。」

「ウチの演劇部、人数は多くないけど、演技力はバッチリやから期待しとってな!いやぁ、それにしても、噂を流した甲斐があったわぁ。」

「え、噂ってお前が流したの?」


自作自演とは、流石は演劇部。今のセリフは聞かなければ良かったかも知れない。

若干期待度が下がったぞ。


「まぁまぁ、良いじゃないですか。ここまで来たんだから見ていきましょうよ。」

「そうですよ、安達君。クラスメイトが頑張っているんですから。」

「それに自分から噂を流すって事は自信の現れかも知れないじゃない。」

「いや、見ないとは言ってないから。それにしても委員長も来るとは思わなかったよ。」

「友達の頑張る姿を見たかったんですよ。」


どうせなら噂の真偽を確かめるのも悪くないし、料金を取られる訳でもないから見ていくさ。

沙耶の言う通り、自信があるのかも知れないからな。

そして委員長はやっぱり友達想いで癒される。自作自演と明らかになっても優しさを見せる姿に、委員長の人望の理由を感じた。


「沙耶ちゃんの言う通り!身内びいきかもやけど、自信あるんよ。それから美保ちゃんもありがとぉ、そう言ってくれると嬉しいわぁ。」


受付を済ませて会場に入り、開演を待つ。

周りを見渡すと思いの外、近隣住民がいて、噂の演技力も信憑性が増してきた。

そして開演を伝えるナレーションが始まる。


『長らくお待たせいたしました。それではこれより東高校演劇部による演劇【桃太郎】を始めさせていただきます。』


ももたろう、桃太郎?高校生の演劇で桃太郎って………。

まぁ見るだけ見ていこう。


『昔々、あるところにお爺さんとお婆さんがいました。』


舞台脇からお爺さんとお婆さん役の生徒が出てくる。

ん?お婆さんは服装だけお婆さんって感じで、さっきまで受付をしていた湊だけど、お爺さんは本物のお爺さんをキャスティングしてないか?

顔の皴とか、腰の曲がり方とか、若い学生の雰囲気が全く感じられない。

外部の人も招いてるのだろうか。それとも顧問の先生だろうか。

そう思っている間にも演劇は進んでいく。


『お爺さんは山へ柴刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。お婆さんが川で洗濯をしているとドンブラコ、ドンブラコと桃が流れてきました。』


いや桃のサイズ!絶対そこら辺のスーパーで買ってきたやつだろ!後でスタッフが美味しくいただくやつだろ!

まぁ道具を用意するのも大変だろうし、仕方がないか。


『お婆さんが桃を拾って帰り、桃を割ると、中から元気な男の子が現れました。』

「オギャア!オギャア!」


桃を切る瞬間に舞台照明が一瞬落ち、再び照明が点くと舞台には桃太郎役の生徒が現れていた。

赤ん坊というには余りに大きいが、声だけは実際の赤ちゃんの泣き声を録音してきたのではと思わんばかりの声でギャップが凄まじい。


『やがて桃太郎が成長すると、鬼ヶ島へ鬼退治に向かうことになりました。』

「桃太郎、行かんでおくれ!」

「そうじゃ、そのような危険なところに行くんじゃない。」

「しかし、誰かが鬼を退治しなくては多くの悲しみが生まれるでしょう。その誰かを待っていては遅いのです!義を見てせざるは勇無きなり、一人の男児として恥じることなき生を全うしたいのです。」

「うう、せめてこのきび団子を持ってお行き。」


お爺さんとお婆さんは泣きながら桃太郎を引き留めるが桃太郎の決意は固い。

お婆さんは嗚咽を漏らしながらきび団子を渡す。


「そうじゃ、これも持っていきなさい。それからこれと、これも。」


お爺さんが刀と袴と旗指物を渡す。

これでいかにも桃太郎といった風貌になった。

それにしてもお爺さんとお婆さんの桃太郎を引き留める演技が迫真すぎる。


「「「桃太郎さん桃太郎さん、お腰につけたきび団子、1つ私に下さいな。」」」

『桃太郎は旅の道中、犬、猿、雉にきび団子を渡して仲間にしました。』


お面を着け、腕に翼を装着した雉のような恰好の男が、犬と猿をリードに繋いで連れている。

犬はともかく、よく猿まで用意できたな。

しかもどちらもお行儀よくお座りしている。


『桃太郎はついに鬼ヶ島に到着し、鬼と戦いを繰り広げます。』

「せいっ!やあぁ!」

「むんっ!ぐおぉ!ま、参った!」

「これに懲りたら二度と悪事をするのではないぞ!」

『見事、桃太郎は鬼を退治し、財宝を持って帰りました。めでたしめでたし。』


大柄な鬼が現れ、桃太郎と切り結ぶ。激しく、速いものの、正確に打ち合う殺陣シーンは努力の賜物と言った感じがする。


「演劇は普段見ないですけど、すごかったですね。」

「噂を自分たちで流すだけの事はあったわね。」

「後で湊さんに感想を伝えて上げましょう。」


たかが、と言っては悪いけど桃太郎でここまでやるとは思わなかった。

劇も終わった事だし、委員長の言う通り、湊に労いの言葉でも賭けに行くか。


「やぁ、君たちは湊さんのクラスメイトさんだよね?見に来てくれてありがとう。」

「そうですけど。えっと、あなたは?」


そう思っていると、先ほどお爺さん役として登場してた人に声を掛けられた。


「おっと、自己紹介をしていませんでしたね。ボクは演劇部部長の大久保おおくぼ大介だいすけと申します。」

「部長!?」


部長は部長でも、どっかの会社とかにいる部長みたいな見た目なんだが。

とても同学年には見えないが、うちのクラスにも親方という前例がいるから本当に同年代なのかも知れない。


「どうや?ウチの部長凄いんよ。役作りって言って、劇ごとに顔つきや体格、姿勢なんか変えてくるんよ。『これも演技力ですよ』言うてたわ。」

「もはや特殊メイクの域にあると思うレベルなんだが。」


大久保の後ろからひょっこりと湊が顔を出す。

それは演技力が凄いという表現に収まらないと思う。演技自体も凄かったけど。


「ともあれ、今日は見に来てくれてありがとうございます。また今度劇を発表する時も見に来てくれると嬉しいです。」

「こちらこそ素敵な劇を見せていただき、ありがとうございました。」

「素敵なんてこそばゆいわぁ。美保ちゃん、ありがとね。みんなもまた来てや。」


委員長が代表して感想を伝え、会場を後にした。




それにしても、大久保が凄いのか、演劇やる人が凄いのか分からなくなった。

とりあえず人間って凄いなと思考放棄しながら家に帰るのであった。

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