ドーナツ
「ドーナツってなんで真ん中に穴が開いてるんだ?」
「ドーナツは美味しいですか?」
「旨い!」
「そうね、ドーナツは美味しいわね。」
やっぱりこの甘さ、この食感、ドーナツは旨いな。
たまに食べたくなるんだよ。
ただ真ん中の空洞の部分もドーナツの生地があったら少しだけ多く食べられて幸せかも知れない。
「ドーナツってなんで真ん中に穴が開いているんだ?」
「やっぱりその疑問に辿り着いてしまうんですね。」
「だって穴の部分にも生地があっても良いと思わないか?」
「思うわね。」
「な?」
沙耶だってそう言ってるし。
ドーナツを食べながらでもしっかりと私の話を聞いてくれている素晴らしい幼馴染だ。
「それは安達と入屋の食い意地が張ってる………いえ、何でもないです。食べる事は生きる事ですからね。だから入屋はこちらを睨むのを止めて下さい。眼光の鋭さが尋常じゃないので。」
「まぁ実際、沙耶は昔ドーナツは穴が開いてるからゼロカロリーの理屈を信じて食べまくっててててて!」
しまった、口が滑った。
沙耶に耳を引っ張られる。私の耳を引きちぎっても過去は消えなごめんなさい何でもないです耳を引っ張る力を強めないで。
「あんたは余計な事言ってるんじゃないわよ。」
「まぁまぁ、摂取したカロリーの分運動してれば問題ないでしょう。」
「そうだぞ。ところで私の耳大丈夫?ちぎれてない?」
「もし耳がちぎれていたら代わりにパンの耳をくっつけておきましょう。」
絶対適当に返してるだろ。
私の耳を一切見ずに答えを返してきたことには気づいているからな。
「で、結局ドーナツってなんで真ん中に穴が開いてるのかしらね。」
「カロリーをゼロにする為に………何でもないから耳たぶを掴まないでくれ。強い恐怖を感じる。」
「穴とは何のためにあるのか。それは実はとても複雑で、普通に生活していては想像も出来ないような経緯があるんです。」
複雑で想像も出来ないような経緯だって!?
一体ドーナツの穴にどんな秘密が隠されていると言うんだ。
「ドーナツとは小麦粉を揚げて作るお菓子ですよね。」
「そうだな。」
「元々は真ん中に穴なんて開いていなかったんです。」
やっぱり元々は穴があるところに生地があったんだ。
しかしそうなると一体どんな理由で穴が開いてしまったんだろうか。
「それは第一次世界大戦の事でした。当時は塹壕に籠って防衛線を構築するのが常套戦術だった為、塹壕を突破するために様々な手段が考えられ、実施されました。世界史の授業でも触れられたと思いますが、どんな手段を思い浮かべますか?」
「え?飛行機とか?」
「着眼点は悪くありませんが当時は大規模な爆撃出来るほどの航空機はありませんしたね。せいぜい手榴弾を落とすくらいでしょう。機械という観点では戦車が登場したのですが、それとは別に毒ガスが利用されたのです。」
ドーナツの話のはずが歴史の勉強になってきたぞ。
このまま勉強の方向で話が進むのなら寝ると思う。
「そんな毒ガスが用いられるようになった戦場では簡単に兵士たちは命を落とします。本題はここからです。かろうじて毒ガスの充満する塹壕から逃れた兵士がいました。彼の名前はトマス。しかしトマスも毒ガスを吸い込んでしまい、最後に残された時間は長くありません。そんな彼が最期にした事は家族から貰った食料を口にすることでした。」
「それがドーナツだったと。」
「正確にはパンのようなものでしたが、トマスは穴を開けて円形にしたのです。」
「なんでわざわざ穴を開けたんだ?」
穴なんて開けないで普通に食べればいいと思うんだが。
「キリスト教において円形とは永遠を意味するのです。そして家族から貰った食料を円形、つまりは永遠という形にして食べると言う事は『家族の絆は永遠である』という願掛けをしたのでしょう。遠く、現世から離れても自分は家族と共にあるという願いを込めて。」
「そんな話があったのか………。」
「そしてトマスが塹壕から逃れて合流した部隊の兵士がそれを見て小麦粉で作られた円形の食料を食べるようになったのです。ドーナツと言う名称もトマスが変化していったからだとか。」
なるほど。普段何気なく食べていたドーナツにはそんな悲しいエピソードがあったのか。
これからはドーナツを食べる時にはトマスさんを思い浮かべ、平和な現代に感謝しながら食べるとしよう。
「なるほどね。で、その話の中に真実はどれくらい含まれているのかしら?」
「0%ですね。」
「全部作り話かよ!」
しんみりして損した。
と言うか、なんで沙耶は作り話って気づいたんだ?
「どうして分かった?みたいな顔してるけど、普通にスマホで調べただけよ。ちなみに火の通りを良くする為みたいね。」
めちゃくちゃ普通の理由だった。
しかし私も竹塚にそう言う話を聞く前に自分で調べるべきだろうか。
「リアリティがあったでしょう?」
「それは認める。」
「なのでこれからも皆が楽しめる話をしていこうかと思います。」
「それ話の頭に『作り』が付くやつよね。」
「大丈夫です。基本的には真実を話すので。」
それは大丈夫って認識していいのだろうか。
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