任侠武闘親方伝

「『任侠武闘親方伝』。」

「は?」


竹塚は休み時間、親方と私とで雑談をしていると唐突に謎の言葉を発してきた。

親方は意味が分からないと言った表情で竹塚を見ている。


「『これは一人の侠客、梅嶋牛雄、通称〈親方〉の活躍を描いた物語である。』」

「さっきから何言ってんだぁ?」


一方、竹塚はそんな親方をスルーして話を続ける。

とりあえず面白そうだから止めずに話を聞いてみるとしよう。


『今日も今日とて街中の不良達に絡まれては返り討ちにする日々。たとえ三十人に囲まれたとしても負ける事は無い。

その拳の一振りは地を裂き天を割る。その脚はどのような攻撃にも決して揺らぐことない大樹の如く。

されど決して弱者には手を挙げず、強き者のみを相手取る。


第一話、宿敵。


普段襲い掛かってくる不良達が今日は襲って来ない。

それどころか姿の一欠片さえ見る事は無いのだ。

不審に思った親方は周囲の様子を窺う。

耳を澄ますと裏路地から呻き後が聞こえて来た。

目を凝らし、裏路地を見やると一人の大男が親方の前に姿を現したのだ。

大男の右手には、いつも襲い掛かってくる不良の一人が血まみれになりながら襟首を掴まれ、引きずられていた。

大男はおもむろに口を開くと、お前がこの辺り一番強い男、梅嶋だな、と大男は問う。

その光景、そのセリフで親方は全てを察した。

この男は不良達を片っ端から絞めて回り、自身を探していたのだと。

そうだ、俺が梅嶋だ。そういうテメェは何者だ。

親方は怒気の篭った声で問いかける。

普段襲われているとはいえ、必要以上に痛めつけるようなマネはしない。

しかし眼前の大男は明らかに過度な暴力を振るっているのが見て取れる。

俺は北唐ほくとう高校の羅豪らごう羅豪らごう快夫かいおだ。

大男は自身の名を名乗り、親方を睨みつける。

お前を倒し、最強の漢へと前進してやる。

羅豪はそう言い、闘気を高める。

一瞬にして筋肉は膨張し、来ていた学ランはビリビリと破れていく。

親方はその闘気を肌で感じ、内心驚愕する。

これほどまでに強い男とは未だかつて出会ったことが無い。

恐らくは多くの戦いを経て成長してきたであろうことは羅豪の筋肉に刻まれた古傷を見れば一目瞭然だ。

それに対して自分は格下の不良をあしらう程度で強敵と言えるほどの人物と相対した事は無い。

その事実は親方の双肩に重くのしかかる。

勝率は決して高くはない、しかしこの暴虐の男を見過ごす訳にはいかない。

親方は己が心を奮い立たせて羅豪と向かい合う。


先手必勝と言わんばかりに親方は羅豪に殴りかかる。

その拳は常人が受ければ一撃で気を失ってしまうほどの威力であったが羅豪は常人と程遠かった。

一瞬グラリと身体がのけ反るもすぐに体勢を立て直し、拳を振りかぶる。

親方は両腕を眼前で構え、羅豪の攻撃をガードする。

瞬間、ミシリと骨が軋む。

その感覚で親方は改めて羅豪が強敵であり、守りに入っては勝てないと痛感する。

覚悟を決め、守りを捨て、その拳を攻撃のみに貫徹させる。

対する羅豪も親方の攻勢にニヤリと口角を上げ、ノーガードでの殴り合いと言う形で応える。

上等だ、最後に立っているのは俺だ、と言わんばかりに。


そして始まる拳の応酬。

殴っては殴られ、殴られては殴る。

やがて二人はボロボロになり、今にも膝を付きそうだ。

しかし相手はまだ立っている。それなら俺が倒れる訳にはいかない、と互いに意地と根性で戦いを続ける。

果たしてどれ程の時間が経ったか、二人には分からない。

限界を超えた戦いは不意に終わりを迎える。

互いに、同時に拳を大きく振りかぶり、殴りかかる。

同時に顔面に拳を叩き込み、時が止まる。

果たして最後に立っていたのはどちらか。

それは…………




ドサッと倒れる音は二つ。

そう、ダブルノックアウトだ。

親方も、羅豪も、互いに最後の一撃がトドメとなり、倒れ伏す。

その一撃はお互いの意識を刈り取ったのであった。


第一話 完』。」

「流石だ、親方。いつの間にこんな死闘を繰り広げていたんだ?」

「一切記憶にねぇよ。そんな戦い。誰だ羅豪って。」


そうか、最後の一撃で倒れた時に戦いの記憶を失ってしまったのか。

しかし親方と対等に戦える猛者が居るだなんて世界は広い。


「僕がこの前考えたお話です。親方の凄さを世に知らしめるには、こういったエピソードは不可欠化と思って。」

「知らしめねぇでいいんだよ。そもそもなんで知らしめようとした。」

「面白そうだからです。ちなみに後14話ありますよ。」


笑顔で面白そうだからと言う竹塚。これには親方も呆れて何も言えない。

と言うか、よく合計で15話も考えたな。アニメでも作るのか?


「生憎だが俺はまともに喧嘩なんてした事ねぇぞ。」

「え?そうなんですか?てっきり昔は毎日ダース単位で不良に喧嘩を売られていたものだと思ってました。」

「ダース単位ってどんだけ不良居るんだよ。俺は昔っからガタイが良いからか喧嘩なんて売られた事ねぇんだよぉ。」

「確かに初めて会ったらビビるし、喧嘩なんて売ろうとも思わないだろう。」


私も一年の頃に同じクラスになったばっかりの時は少し、ほんの少しだけビビってた。

その後すぐに良い奴だって分かったけど。


「それならいい事を考えました。」

「おめぇが良い事って言うと嫌な予感しかしねぇが、何を思いついたんだ?」


嫌な予感がしても話は聞くあたり親方の善人ぶりが出ている。




「はい、エピソードに登場する人物を不良から極道に変えれば解決しますね!」


一体何がどう解決するんだろうか、私には分からなかった。

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