侘び寂び

「これぞWABI・SABIか。」

「紅茶持って何言ってんの?」

「安達が紅茶を飲むなんて珍しいな。」


私は今、詫び寂びとは何かに思いを馳せているんだ。

偶にはそんな時があっても良いだろう。

例えそれが紅茶であっても詫び寂びを感じられるのであれば問題は無いんだ、沙耶。


「安達。見栄を張らなくても良いんですよ。」

「み、見栄なんて張ってないし。」

「さっき自動販売機で何を買おうとしましたか?」

「お茶系の飲み物。」


竹塚よ、私が一体いつ見栄を張ったというんだ。言い掛かりはよしてもらいたい。

それに食事でジュース類は飲まない主義なんだ。


「何茶を買おうとしましたか?」

「紅茶。」

「本当は?」

「緑茶。」

「さっき自動販売機前で『あっ』って言ってましたからね。聞こえてましたよ。」


この男、わざと聞いて私を追い詰めているぞ。もう少し慈悲というやつはないのか。

別に買い間違えくらい誰だってあるだろう。


「良かったな安達。憧れの英国紳士が愛飲している飲み物を買えて。」

「ここぞとばかりに煽るんじゃない。ニヤニヤしやがって。」

「ていうか普通、紅茶と緑茶を買い間違える?」


仕方がないだろう。緑茶と紅茶が隣に並んでてちょっとよそ見をしてボタンを押したら紅茶の方のボタンを押してたんだよ。


「それに紅茶って言ったらイギリスじゃない。侘び寂びと全然関係ないでしょ。」

「それはアレだよ。侘しくて寂しいからOK。この侘び寂びマスターが言うんだから間違いない。」

「侘び寂びマスターって何だよ。」


伊江は呆れた顔でツッコミを入れるが、そんなものは決まっている。

侘び寂びマスターは侘び寂びに詳しい人の事だ。だから紅茶でも侘び寂び。


「へぇ、それなら侘び寂びマスター安達。」

「どうした竹塚?」

「僕に侘び寂びの歴史と侘び寂びとは何たるかを教えてください。」

「え!?いやうん、任せておけ。」


だいぶ適当に言った事が掘り下げられた。

何故この男は私に追撃を仕掛けてくるんだ。あれか、この前昼飯のおかずを取ったからか。それとも職員室に呼び出しを喰らった時に共犯者として名前を挙げたのがバレたのか。

ダメだ、思い当たる節しかない。


「楽しみだな、侘び寂び講座。」

「この前、授業中に脱線して侘び寂びの話をしてたから、それを聞いてたらある程度は分かるでしょ。敦がその時に真面目に授業を受けていたかは知らないけど。」


伊江はニヤニヤしながら、沙耶はジト目で私の方を見る。

授業ではちょっと考え事をしていて話を聞いていなかったが、ここは自信なさげに説明するよりも自信満々に話した方が説得力があって誤魔化せるかも知れない。

そうと決まればそれっぽい話を堂々としてやろうではないか。


「時は戦国。」

「なるほど、戦国時代ですか。」

「あるところに和美わび寂之介さびのすけという人物がいた。」

「初耳だな。」

「寂之介は茶道と自分の名前をなんか良い感じに広めた。そして茶道の作法や考え方はやがて侘び寂びと呼ばれるようになったのだ。」

「なんか良い感じにってだいぶアバウトね。」


完璧だ。あまりに自信満々な作り話に作った私自身が信じそうになってしまった。というかこれこそが真実なのではないだろうか。

私の頭の中には既にちょんまげ頭に和服を着た和美寂之介像が浮かび上がって来たぞ。


「ほうほう、それなら侘び寂びとは何ですか?」

「侘び寂びとは、アレだ。さっぱりした感じ。」

「どれよ。ザックリし過ぎて何も伝わらないわよ。」

「こう、濃いめの味付けよりも薄味はと言うか、豪華な感じよりもシンプルな、素材の味を活かしたシンプルなのっていいよねって事だよ。」

「僕はニュアンスが伝わったので一概に間違っていると切って捨てづらいですね。」


お、マジか。竹塚からあながち間違ってないってお墨付きをもらったぞ。

これは紛れもない侘び寂びマスターの証明になるな。


「でも適当に言った感が更に伝わって来たので不服です。」

「そんな事は無いぞ。」

「それじゃあ侘び寂びの概念の発祥の地は?」


おいおい、何を言ってるんだ。

そんなの決まってるだろう。


「そりゃ日本だろ。和美寂之介は日本人だから。」

「中国発祥ですよ。」

「マジで!?」

「はい。道教の考えから生まれました。」


完全に日本で出来た考えだと思ってた。

私の中の和美寂之介が足元からスゥーっと消えていく。


「ちなみに言うと紅茶も元々は中国原産です。」

「英国紳士は中国人だった………?」

「それだと中国紳士だからな。」


カンフーを使いこなし、万里の長城でポーズをとる中国紳士。新しいな。

しかし今の竹塚の話を聞くと、


「そう考えたら私が紅茶を飲みながら侘び寂びを感じるのは間違いではなかったのでは?」

「まぁ発祥の時代はともかく、国は同じですからね。」

「沙耶ぁ?紅茶と侘び寂びがなんだって?」

「自分が間違ってなかったって分かった瞬間イラっとする表情で煽ってくるわね。でも紅茶って言ったらイギリスのイメージじゃない。まぁ生まれた国は違ったからとやかく言わないけど。」


なんだやっぱり私は正しい事を言っていたんじゃないか。

無意識的に正解に辿り着くなんて流石私。これなら次のテストも安泰だな。


「安達が何とも言えない傲慢そうな顔してるな。」

「たぶん『これならテストも余裕だ』って高を括ってるわね。」

「何故分かった。」

「流石は安達マスター入屋ですね。」

「そんな称号いらないわよ。」


紅茶と侘び寂びの発祥の地は分からないのに私の表情で考えてる事は分かるのかよ。

沙耶の前では発言だけじゃなくて考えまで気を付けなくてはいけないとか、恐ろしい幼馴染だ。


「でもそれなら課題とかも手伝わないで大丈夫ですね。」

「え?」

「今度のテストの結果が楽しみだな。」

「え?」

「自業自得ね。」

「え?」


おかしい、皆揃って梯子を外しにかかってるぞ。なんだこの連携プレーは。

仕方がない、こうなったら………




少し時間を置いて何事もなかったかのように協力を頼もう。

それでもダメなら貢物で解決だ。紅茶とか奢ればいけるだろう。

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