脱獄

「丹野。」

「どうした?」

「脱出、いや脱獄って言葉にロマンを感じたりはしないか?」

「感じるぜ。この上なく感じるぜ。」

「脱獄、してみたくは無いか?」

「してみたいぜ。今まさにしてみたいぜ。」


脱獄、それは自由への歩み。

脱獄、それは束縛への抵抗。

脱獄、それは曇る事なきロマン。

それ故に、私達は、人は脱獄に惹かれるのである。


「でも問題があるぜ。」

「それは私も分かっているさ。






この補講を抜け出す、いや、脱獄するとしても、その後が問題になる。」


そう、補講と言う夏休みの貴重な時間を奪い、私達を縛り付ける地獄から脱獄しなくてはならないのだ。

丹野も私と志を同じくし、脱獄に賛同してくれた。

仲間と言う点で問題は無い。

むしろ問題はその後なのだ。

後先の事をしっかりと考えられる頭脳を持つからこそ、この悩みを解決しなくてはならない。


「そうだぜ。絶対家に連絡が来て怒られるパターンだぜ。」

「脱獄しても許される理由が必要になるって訳だ。しかも休憩時間と言う短い時間の間に。」


誰もが認める理由が無くては、脱獄が成功したとしても待ち受けるのは絶望だ。

休憩時間内に脱獄し、尚且つその理由が先生や家族を納得できるものでなくてはいけない。

この2つを同時に満たさなくては、無事生還したとは言えないだろう。


「体調不良で帰るとか、どうだ?」

「いや、たぶん後日補講に参加させられるか、もしくは保健室行きになる可能性が高いぜ。そんでもって追加の課題って可能性もあるぜ。」

「それは避けたいぞ………。」


体調関連で逃れようにも、別の日に再び補講が襲って来る。

それどころか課題が増える可能性も考慮すると、あまりにもリスクの大きい選択と言えるだろう。


「それなら時計の針をずらして早く補講を終わらせるってのはどうだ?」

「いや、たぶん普通に腕時計してたはずだから気付かれると思うぞ。それにこっちから時間の話題を振ったら不自然じゃないか?それで怪しまれてバレたら余計に長引くと思うし。」

「それもそうか………。時計の針を動かしたら実際の時間も飛ぶとかだったら完璧なんだけどな………。」


一瞬、『完璧なアイデアでは』と思いかけたが、次の瞬間にはすぐにバレると気が付いた。

大人って大体は腕時計をしているイメージがある。

つまり教室の時計を動かしても無意味と言う事だ。

それどころか脱獄に失敗した場合、自分たちが何時間経ったか分からなくなり、終わりの見えない苦しい時間を過ごす羽目になるだろう。


「普通のアイデアじゃ普通に対処されて終わる。それなら普通じゃないアイデアを考えなくては………。」

「普通じゃないって、そんな事いきなり言われても思いつかないぜ。」


何か、何か脱獄に役立ちそうなアイデアは無いのか………。

いや焦るんじゃない。

落ち着いて考えよう。


「丹野、次の時間の担当の先生って誰だっけ。」

「確か安良川先生のはずだぜ。」

「なるほど…………。」


安良川先生に有効そうな作戦は………


「………そう言えば夏休み前に職員室に呼び出された時、『合コン』がどうとか言ってたような気がするぞ。」

「はっ、分かったぜ!安良川先生の事だから合コンに参加して振られたとか、きっとそんな感じだぜ!」

「それだ!」


流石は丹野。

安良川先生の事をよく理解している。


「って事は安良川先生を励ます会の準備のために補講に参加している場合じゃないって理由を付けて脱獄すれば良いんだ!」

「安達、お前…………」


丹野は茫然とした表情でこちらを見る。


「天才か!?」

「だろ?」


どうやら私の天才的なアイデアに驚いていたようだ。

それもそうだろう。

私も自分の天才性が恐ろしいくらいだ。


「でも実際にそれで脱獄できたとしても、次は安良川先生を励ます会はいつやるのか聞かれたら困るぜ。」

「そこは未定って事にしておくんだ。」

「でも何回も聞かれたらヤバくないか?」

「そしたら参加者が集まらなかったので開催は見送りって事にするんだ。」

「流石だぜ、安達。まさかそこまで考えているなんて思ってもいなかったぜ。」


そうだろう、そうだろう。

もっと褒めるがいい。

私の発想力ならば、ここまで先を読んだ作戦の立案が可能なのだよ。

どうにかアイデアがまとまると共に、補講を担当する安良川先生が教室に現れた。


「お前らー、補講始めるぞー。」

「安良川先生、聞いて下さい。」

「おう、なんだ?」

「先生を励ます会の準備をしたいから、補講なんてやってる場合じゃないっす!」

「は?何言ってんだ、お前ら。」


先生は理解出来ないと言いたげな表情をする。

仕方が無いのでもう少し説明してあげよう。


「だから、安良川先生が合コンで振られたから励ましたいんですよ。」

「オレ達、先生想いの良い生徒っすから。」

「なるほどな。俺の事を馬鹿にしてるって事だけは伝わって来たわ。」


おかしい、何故か曲解されてしまった。

こんなにも先生の事を思いやっていると言うのに。


「いや、待って下さい!先生は何か勘違いしています!」

「そうっすよ!」

「何にも勘違いしてねぇよ!そもそもここ最近は合コンに参加してねぇからな!」

「え?でも夏休み前に安良川先生が他の先生と会話してて、その時に『合コン』って言葉を言ってたような気がするんですけど。」

「あぁ、合唱コンクールの話か?」

「先生、紛らわしいっす。」

「そもそも教師同士の会話で合コンの話なんてするか!」


あぁ、合唱コンクールの事だったのか。

ヤバい、根本的に間違っていた。

それどころか先生を怒らせる発想だったかも知れない。


「さて、お前ら。そんなふざけた事考えてる暇があるって事は勉強する時間もたっぷりあるって事だよな。」

「先生、先生。私達忙しいです。めっちゃ忙しいです。」

「そうっす。忙しい中で補講に参加してるっす。」

「2時間くらい追加で勉強してくか。」

「嫌だあぁぁぁ!」

「勘弁してくれえぇ!」


先生は笑顔だが、有無を言わせない圧力を発している。

どうやら第一次脱獄作戦は失敗のようだ。

しかし2時間も追加で補講など、絶対に嫌だ。

何とかして新たな脱獄作戦を考えなくては………。

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