逃走劇

「敦ー、丹野ー。隠れてないで、出てらっしゃーい。」

「「………」」


見つかる事は、即ち死を意味する。

息を殺し、嵐が去るのを待つ。

何故こんな事になってしまったのだろうか。






「部活休みで暇だからなんかしようぜ。」

「何する?」

「取り敢えずバスケットボールが手元にあるんで、パスでもしながら考えようぜ。」

「えぇ……、せめて外行ってからに」

「ほら、パス!」

「ちょ、危なっ!」


丹野が暇だからと絡んできたが、私が拒否し終える前にボールを投げて来る。

咄嗟の出来事に手を構えるが、キャッチは出来ずに弾かれ、明後日の方向へ飛んで行く。


「きゃっ!」

「やべっ!ちゃんとキャッチしろよ、安達!」

「いきなり投げてくるからだろ!」


そしてボールが飛んで行った先には誰かいたようだ。

丹野は怒ってくるが、その前に謝るのが先だろ。


「あ、沙耶。ゴメン。大丈夫だったか?」

「悪ぃな入屋。こいつがキャッチし損ねるから。」

「……………ツ。」


ボールがぶつかった相手は沙耶だった。

一応謝るが、沙耶は俯いて小さな声で何かを言っている。


「え?」

「……スイーツ。」

「スイーツ?」

「あたしの、限定スイーツ。」


何度か聞き返すと、ようやく聞こえる声になる。

しかし………


「「あ。」」


沙耶の足元に視線を落とすと、そこには見るも無残なスイーツの亡骸が。


「覚悟、出来てるんでしょうね?」

「「ひぃ!」」

「逃げんじゃないわよ!」


ゆらりとこちらを振り向く沙耶。

余りの眼光と恐怖で自然と身体が逃走を選択する。


「思わず勢いで逃げ出しちゃったけど、どうする!?」

「どうするもこうするも、入屋が冷静になるまで逃げきるしかないだろ!捕まったら殺されるぜ!」

「待ちなさい!今すぐ止まれば4分の3殺しで許してあげるわよ!」

「よし、逃げよう!」


半殺しですらないのか。

4分の3殺しってほとんど死んでるだろ。

生き延びて弁明する為にも、ほとぼりが冷めるのを待つためにも、捕まる訳にはいかない。


「でも逃げるったってどこに逃げるんだよ!そのうち追い付かれるか、体力が持たなくて捕まるぞ!」

「一回正面玄関から外に出て裏口から入り直す!んで適当な教室に隠れるんだ!」

「分かった!」


廊下を爆走して1階に到着する。

ここまでは追いつかれずに距離を保てているが、このままじゃ裏口に到着するまでに捕まりそうだ。


「ヤバいぞ丹野!このままじゃ追い付かれる!」

「安達、お前の犠牲は忘れねぇ。だから囮になってくれ。」

「嫌に決まってるだろ、この馬鹿!むしろ丹野はバスケ部なんだから体力あるだろ!お前が囮になれよ!」

「ふざけんな馬鹿!なんでお前の為に囮にならなきゃいけないんだよ!」

「それはこっちのセリフだ!」


いざって言う時に友達を囮にしようとか、なんて奴だ。

そんな奴の為に囮になるなんてご免被る。


「待ーちーなーさーい!」

「グダグダ言ってる場合じゃねぇぞ!」

「そうだ!良い事考えた!」

「なんだ!?」

「下駄箱の辺りで玄関に向かう時に曲がるだろ?そこで外に出たフリをして下駄箱の陰に隠れる!」

「それバレるんじゃねぇか!?」

「イチかバチかだ!私は賭けるぞ!」

「安達!お前を信じるぜ!」


そして下駄箱付近で沙耶の視線を切って隠れ、息を殺す。

大丈夫か……?

バレないか……?


「「…………………」」

「待ーてー!」


セーフ!沙耶は気付かずに校庭に出て行った!

この隙に適当な空き教室とかにでも隠れよう。


「今のうちに行くぞ!」

「おう!」


恐らく沙耶には外に出ていない事がいずれバレるだろう。

しかし、この時間稼ぎが詰められた距離を引き離す事の出来る最高の時間を生むのだ。


「この教室に入るぞ!」

「入屋は………マズい!もう戻って来てる!」

「なんだと!?」


いくら何でも早すぎる。

こんなに早くバレるのは想定外だ。


「ヤバい、このまま教室に隠れても脱出できずに見つかって捕まるぞ!」

「オレも良い事を思い付いたぜ!」

「マジで!?」

「ラッキーな事にここは1階。つまり空き教室の窓を開けておいて教室内に隠れれば、入屋は窓から外に逃げたって勘違いするはずだ!」

「丹野、お前天才か!?」


そうと決まれば空き教室に入ってすぐに窓を全開にして教卓の下に隠れる。

瞬間、ガラリと空き教室の扉を開く音が聞こえてくる。






そして今に至る。


「(マズいな。さっきのフェイントのせいで『この教室にまだいるんじゃないか』って疑われてるぞ。)」

「(お、落ち着け!入屋はお前よりも頭が良いから、敢えてそう思わせて時間を稼いでるって読みをしてくるはずだぜ!)」

「先に名乗り出てもう1人を差し出した方は許してあげるわよー。」

「「!?」」


丹野を売れば助かる、だと!?

それなら………、いや沙耶の事だ。そうやって仲間割れを誘ってるんだろう。

沙耶は食べ物の恨みを絶対に晴らすはず。

丹野を売っても私も後を追う事になるだろう。

ここはひたすら沈黙を貫くしかない。

しかし問題は丹野だ。

この男がこの窮地において私を裏切らないと言う保証が無い。

私は不安げに丹野を見ると、


「………。(コクリ)」


無言で頷いてきた。

しかしその視線は何よりも雄弁だった。

そうだな。ここまで来たら生きるも死ぬも一緒だ。

丹野も名乗り出ても許されないと理解しているのだろう。

ここに来てこの男がとても頼もしく思えて来た。

隣には頼もしい戦友がいるんだ。

きっと生きて帰れ「ミ・ツ・ケ・タ。」


「「ぎゃああぁぁぁぁぁぁ!!!」」


その後の記憶はない。

だけど何故か、丹野に対して連帯感と言うか、信頼や絆的な物を感じるようになった。

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