走れメロス

「冷静に考えると、メロスって結構酷いと思わないかい?」

「どこら辺が?」

「要約すると『王様を暗殺しようとしてバレて、処刑されそうになる。でも妹の結婚式に参加したいから、処刑を待ってほしい。代わりに親友を置いて行くから』って所だね。」

「あぁ、言われてみれば、そんなシーンがあったような気がする。」


放課後、図書室で長谷道に課題を手伝ってもらっていると、唐突に『走れメロス』の話題を振られる。

具体的な内容は覚えていなかったが、長谷道の話を聞いて若干思い出した。


「メロスも長谷道に言われたくは無いと思うけど、でも確かに酷いな。」

「何を言っているんだい?私はいつだって誠実で信頼に値する人物じゃないか。」

「長谷道を、信頼………?」


長谷道の戯言は置いておくとして、親友を身代わりに置いて行こうとするメロスは確かに酷い。

そもそも身代わりにする時点で本当に親友だと思っているのかすら怪しいくらいだ。


「それに比べて親友のセリヌンティウスは羨ましいですぞ!」

「えぇ………そうか?…………って姉河!?」

「また来たのかい。」

「本を返しに来ましたぞ!」


聞き覚えのある声が会話に混ざってくる。

更に身代わり扱いを『羨ましい』などと表現する人物を私は1人しか知らない。

ドMの風紀委員長、姉河は本を返しに図書室を訪れたようだ。

そんな姉河の手元にあった本のタイトルは………


「『現代語訳 源氏物語』?」

「面白かったですぞ!」

「姉河が読書って、意外過ぎる…………。」


見た目は筋肉モリモリで読書をする奴のそれではない。

しかもガタイが良いから文庫本サイズだと普通の人が持つよりも小さく見えて、なんだかシュールだ。


「それがね、彼は結構図書室で本を借りている読書家なんだよ。」

「マジか。」


さっきも長谷道が『また』来たのかって言ってたし、どうやら図書室の常連生徒のようだ。


「いっつも筋トレばっかりしてるから、勉強と言うか、読書とかしない奴だと思ってた。」

「学生として学問に励むのは当然ですぞ。」

「姉河くんがまともな事を言っていると脳がバグりそうになるね。」

「それはともかく、やはりセリヌンティウスは羨ましいですな!」

「やっぱりいつもの姉河だった。」


人間性自体はかなりまともな善人だけど、それ以上に普段の性癖に基づいた言動のインパクトが強過ぎてまともな事を言っていると違和感が凄まじい。

長谷道もその事に言及するが、すかさず普段の姉河が顔を覗かせたため、ホッとする。

いや、ドM発言を聞いて安心するって時点で大分おかしいと思うけど………。


「親友から理不尽な要求をされ、3日もの間、命の危機による緊張感を味わえる。しかも最後には殴ってもらえるのですぞ!」

「落ち着け、落ち着け。」


セリヌンティウスの活躍、と言うか悲劇をなぞり、ハァハァと興奮する姉河。

やっぱり安心できない。

私は『どうどう』と馬を宥めるように姉河を落ち着かせる。


「普通に考えたらめっちゃくちゃ酷い話なんだけどね。姉河くんみたいに、まぁ、アレな人ならまだしも、常人ならそのまま縁を切ってるだろうし、そもそも人質にされる時点で断ってメロスを差し出すと思うよ。」

「それ程でもないですぞ!」

「誉めてないと思うぞ。」

「誉めてないね。一切。全く。欠片も。」


長谷道は呆れながらもマイルドな表現で姉河を評し、メロスの悪行を述べる。

それを聞いた姉河は照れたように頭を掻くが、私はそれに対してツッコミを入れる。

長谷道も褒めていないと念入りに語る。


「でも長谷道も似たようなシチュエーションになったら間違いなく誰かしらを身代わりに差し出して逃げそうだよな。で、そのまま戻って来なさそう。」

「はははははは!冗談がキツイね!ははははは!」

「でも否定はしないんだな。」


なんで『そんな事はしないよ』じゃなくて『冗談がキツイ』って答えるんだよ。

そこは否定しろよ。


「その時は是非とも自分を身代わりにしてほしいですぞ!」

「えぇ……………。」


一方で姉河は身代わりにするなら自分を、と挙手する。

流石の長谷道も困惑して言葉に詰まっている。


「いえ、むしろ殴り合いでもしますかな!」

「それは絶対にお断りするよ。」

「姉河の力で殴られたら長谷道は間違いなく吹っ飛ばされるよな。」

「吹っ飛ぶだけで済めば良いんだけどね、下手したら死にかねないよ。」

「それでしたら殴っていただくだけでも良いですぞ!」

「それはそれで嫌だよ…………。」


長谷道のリアクションを見た姉河は、それなら殴り合いを、と望む。

それを聞いた瞬間に長谷道は困惑から立ち返り、即座に拒絶する。

まぁ姉河との殴り合いなんて、それこそ沙耶や親方みたいにパワーがあったり頑丈な奴でもない限り不可能だろう。


「むぅ、残念ですな………。」

「残念がるなよ。」

「そもそも図書室で殴り合いをしようなんて提案をされる日が来ようとは思いもしなかったよ。普通に本の貸し出し、返却や読書、勉強とかで利用してほしいのだけど。」


それはそうだろう。

むしろそんな提案されるって予想できる奴がいたら会ってみたいくらいだ。


「それもそうですな。殴り合いと言えば、夕暮れ時の河川敷が相場と決まっておりますからな!それでは今回は『走れメロス』が話題に上がっておりましたし、太宰作品でも借りていきますかな。」

「そうだね、有名所で『人間失格』とかどうかな?」

「なんと!自分が人間失格ですと!」


長谷道に本を進められると、何をどう聞き間違えたのか姉河が再び興奮し始める。


「凄い耳してるな。」

「いや、頭の問題だと思うよ。」

「おぉ!しかも耳と頭までおかしいと言っていただけるとは!」


私も長谷道も呆れながらツッコミを入れるが、それすらもご褒美と言わんばかりにヒートアップしていく姉河。

長谷道は辟易とした表情で口を開く。


「私が『走れメロス』に登場する王様なら、彼を見たら間違いなく人間に対して嫌気がさすだろうね…………。」

「姉河を人間代表みたいに言うなよ………。」


姉河みたいな奴がそこかしこにいるなんて、悪夢でしかない。

間違ってもそんな奴を人間代表にカウントするべきではないだろう。


「堪りませんなぁ!」

「「……………。」」


私と長谷道は顔を見合わせて溜め息を付く。

とりあえずこの変態を落ち着かせなくては…………。

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