取引

ある日の放課後、屋上へと向かう階段の踊り場の方から聞き覚えのある声で話し声が聞こえて来た。


「ほら、例のブツだよ。」

「おぉ、助かりますぞ。いつも悪いですな。」


声の主は青井と姉河だった。

しかし何やら怪しげな雰囲気を感じ取り、思わず近くの物陰に隠れて様子を窺う。


「効果の程はどうかな?」

「えぇ、とても聞きますぞ。これは素晴らしい逸品ですな。」

「そう言ってもらえると精製した価値があったという物だよ。」

「謝礼としてこれをお渡しさせて頂きますぞ。」

「別にそんなに気にしなくても良いのに。」

「いえいえ、これほどの物を貰っているのです。相応の返礼無くして受け取れませんぞ。」


姉河は青井から何かが入った紙袋を受け取ると、何かの効果を尋ねられる。

効果に満足していると答えた姉河は紙幣程度のサイズの紙束を青井に渡す。

うん。なんだか薬物の売買現場って雰囲気が漂ってるんだけど。

ドラマとかでありそうな光景なんだけど。


「ちなみに効き目を重視したから、少し苦しさを感じたかも知れないけど、その点はどうだったかい?」

「むしろもっと効能を強めて、かつ苦痛も強めて頂きたいですぞ。」

「君も変わってるねぇ。」

「思わず癖になってしまいそうでしたからな。より強い効き目を求めてしまうのも仕方がありますまい。」


2人ともニコニコとした表情と和やかな雰囲気でヤバそうな話が進んで行く。

流石にこれ以上様子を見ている訳にはいかない。

正直、厄介事には首を突っ込みたくないし、巻き込まれたくもない。

しかし、それでも友達が危ない事をしているなら止めるのが友達だろう。

私は勇気を出して2人の会話に割って入る。


「さっきから物陰で隠れて聞いてたけど、一体何の話をしてるんだよ!危険な薬物は流石にダメだろ!」

「おや、安達くんじゃないですか。」

「危険薬物って、一体何を言っているんだい?」


2人とも慌てた様子も無く、平然とした表所をしている。

そこまで当然の事になってしまっているのか!?

いや、今は追及を緩めてはいけない。

こいつら2人を人の道に戻さなくては。


「青井も色々と作ってみたいって気持ちは分かるし、たまに実験台にされたりしてるけど、それでも越えたらいけない一線ってあるだろ!それに姉河も性癖は知ってるけど、それでも苦しみたいからって薬物にまで手を出したらダメだろ!もっと自分を大切にしろよ!」


私は真剣に2人を心配し、心に訴えかける。

これでも私の思いが届かないのなら、先生に報告するしかない。

しかし、私の説得をを聞いた青井は冷静に1つの可能性を提示する。


「ふむ、安達くんは何か勘違いしていないかな?」

「勘違い?」

「自分が受け取っていたのは、青井さん特性のプロテインですぞ。」

「…………は?プロテイン?」


私は予想外の答えに口をポカンと開けて呆然とする。

そのリアクションを見た青井はこれ見よがしに『はぁ~』とため息をついて私をなじる。


「残念だなぁ。安達くんにそんな風に思われていただなんて。」

「うぐっ………。そ、それはさっきから紛らわしい会話をしてるからだろ!『例のブツ』とか!『より強い効き目』とか!」

「『例のブツ』はプロテインを指し示し、『より強い効き目』はそのままプロテインの効能の事ですぞ。自分を苛め抜くのも楽しいですが、筋肉が育っていくのを感じるのも楽しいですからな。ちなみに先程渡した謝礼は自分の親戚から貰った商店街の割引券ですぞ。」

「それにこれは私が頼んだことでもあるからね。」

「え、そうなのか?」


てっきり姉河が青井に頼んだものだと思っていたが、どうやら逆だったようだ。

しかし青井が普通にプロテインを作るとは予想外にも程がある。


「そうだよ。ちょうど姉河くんが筋トレをしている所に出くわしてね。それで筋肉の発達や修復に影響を及ぼす薬を作ろうと思い立って、まずはプロテインから被検体になってもらったんだ。姉河君の要望で多少の苦痛もウェルカムって聞いたから、筋肉の発達・修復に伴う痛みを度外視して効果の点だけを突き詰めて作ったよ。」

「素晴らしい効き目でしたぞ。普段よりも筋トレをしている時の筋肉の傷み具合が大きく、筋肉が修復されていく時も痛みが伴い、実に自分好みの効能でしたからな。」


訂正。話を聞く限り、普通のプロテインでは無かったようだ。

相変わらず変な物を作っているし、姉河は自分の性癖に正直だし、心配して損した気分だ。

呆れていると青井は悪い笑みを浮かべて口を開く。


「それにしてもさっきは随分と失礼な勘違いをしてくれたね。」

「しょうがないだろ。」

「ところで姉河くん。」

「何ですかな?」

「安達くんは筋肉に乏しいと思わないかい?」

「そうですな。同年代の平均的な筋肉量を鑑みるに、いささか少ないように見えますぞ。」


青井と姉河はまるでテレビショッピングかのような語り口と振る舞いで話を進める。

青井はスッと懐から紙袋を取り出し、


「そんな時はこれだね!」

「おぉ、それは!」

「そう!姉河くんに渡した物と同じプロテインさ!」

「え、ちょっと待って。それ、めっちゃ筋肉痛が辛くなるやつじゃないのか?」

「姉河くん、ちょっと安達くんを捕まえていてくれないかい?君の同志に同じ喜びを感じさせてあげようじゃないか。」

「もちろんですぞ!」

「止めろ!こっち来んな!」


じりじりと距離を詰めて来る姉河と、怪しくメガネを光らせる青井。

捕まったら酷い目に遭いそうだ。

となればここで行うべき行動はただ1つ。

それは、


「あ、どこへ行くんだい!」

「待ってほしいですぞ!」

「嫌だあぁぁぁぁ!誰が待つもんかあぁぁぁぁ!」


逃走、ただそれだけ。

たぶん今までの人生で一番速く走れているんじゃないかと思うくらいの速度で2人に背を向けて走り出したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る