消しカス

「今日の授業も終わったな、安達。安達?」

「ん?あぁ、どうした?」

「いや、どうしたはこっちのセリフだからな?」


ホームルームが終わり、放課後になると伊江に話しかけられた。

と思ったら何故か『どうした』と聞かれた。


「なんだよ、それ。」

「消しカスだが?」


伊江は私の手元にある消しカスを指差して問いかけるが、見て分からないのだろうか。


「そうじゃなくてな、そんなに消しカスを集めて何をしようとしてるんだって聞きたいんだよ。」

「やれやれ。伊江、私の机の上をよく見てみるんだ。」

「大量の消しカスを集めて固めた物があるな。サイズ的には握り拳2つ分ってとこか。」

「それだけか?伊江はもう少し洞察力を磨いた方が良いと思うぞ。もっと他の所も注目して見るんだ。」

「いや無駄に集めた消しカスの存在感が強過ぎて他の物に視線がいかなかったんだよ。えーと、シャーペン、定規、ハサミ、紙やすり…………。まぁ紙やすり以外は普通の文房具だな。」


無駄って言うな。

今日の授業はこの消しカスを作って集めるために費やしたんだぞ。

それに消しゴムを何個消費したと思っているんだ。

それを無駄扱いされるのは認められない。


「それなら紙やすりがなんであるか、そこから考えてみる事だ。」

「いや分からねぇよ。」

「やっぱり伊江は伊江って事か。」

「呆れたような顔でこっち見んな。」


そもそもなんで消しカスを集めてまとめたと思っているんだ。

これは是非とも伊江に私が何をしようとしているのか教えてやらなくては。

だが口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早いだろう。


「伊江、来週、お前に芸術ってやつってものを見せてやろう。」

「安達が、芸術?安達が?」

「なんでそんなに疑問形なんだよ!こう見えても美術だけは成績が良いって知ってるだろ!」


美術の成績が良いって事は芸術関連の能力が高いと言っても過言では無いんだ。

つまり芸術を見せつける事は可能なんだ。

だからその嘲笑うかのような表情を止めろ。


「遠慮しておくな。」

「しなくていいから。」

「でも安達って粘土細工作らせたら『豆腐』って言う題目でそのまま提出しそうなイメージがあるんだよ。」

「安心しろ。私は小学校の頃は図工の時間にそれ系の物を提出したことは一度も無い。むしろ先生から褒められるような作品を作ったくらいだ。」

「嘘臭ぇ………。」


本当だよ。

もっと友達の事を信じろ。

それに『豆腐』とか言って提出するのは丹野とかだろ。

アイツ、不器用だし。






そして1週間後の放課後、教室で伊江に芸術を見せつける時が来た。


「なんだ、これ?」

「消しカスだが?」

「あぁ、なるほど。そう言う事だったんだな。」


伊江も私の作品を見て納得した。

どうやら伊江にも芸術を理解する心はあったようだ。


「消しカスを使ってのフィギュア作成、大変だったが、頑張ったぞ。」

「凄いっちゃ凄いが、お前、もっと別の事に労力を………。いや、何でもない。頑張ったんだな。」

「そうだろう。凄いだろう。」


細部までこだわったフィギュアを見せれば、伊江も認めざるを得ない。

時に彫刻刀で削り、時に乾燥させ、時に紙やすりで磨く、地道な作業が続いたのだ。

ここまでして認めてもらえなかったら、とても悲しい気持ちになるところだった。


「ところで安達。」

「なんだ?譲ってほしいとかだったら悪いけどダメだぞ。」

「いやそうじゃなくて………。」

「なに!?欲しくないのか!?この力作を!?」

「こいつ面倒臭いな。」


私が頑張って作った国民的アニメのキャラクターを模したフィギュアを!

丸っこいフォルムに青と白のカラーで彩られた愛嬌のある見た目のフィギュアを!

見た目こそシンプルかも知れないが、それでも苦労して消しゴムを消費し、時間をかけて作ったこの消しカスフィギュアを!

欲しくないと言うのか!?


「安達、お前先週出されてた課題やったのか?」

「………………。」

「おい。」

「時として課題よりも大事な事もあると思うんだ。」

「酷い成績を課題でどうにか見逃してもらってる奴が何言ってんだ?」


私の消しカスフィギュア自慢を遮って伊江から突き付けられた現実はあまりにも過酷だった。

消しカスフィギュア作成の為に時間を割いていたので、課題には当然手を付けていない。


「伊江。」

「自業自得だな。」

「お礼に、この、消しカスフィギュアを、あげるから……………!」

「めちゃくちゃ嫌々って感じだな。さっきから別にいらないって言ってるからな。」

「なに!?欲しく「課題手伝わないで良いのか。そうか。それじゃまた明日。」よろしくお願いします!」


やはり持つべきものは友達。

しかもお礼はいらないなんて謙虚な奴だ。


「報酬は明日の昼飯な。」

「え?」

「急用を思い出した気がするな。」

「昼飯だな?喜んで奢らせてもらおう!さぁ早速始めるぞ!」


訂正。強欲を体現したような奴だった。

しかも驚いた一瞬の間に見捨てようとするし。

まぁ一切課題に手を付けてなかった私に原因が無い事も無いだろうけど。

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