くしゃみ

ある日の昼休み。

学食にて。


「はっ………はっ………はっくしょん!」

「うわっ、びっくりした!」


ラーメンと向き合っていると、鼻がムズムズしてきて、くしゃみが出てしまった。

隣に座っていた伊江がそれに驚き、ビクッと身体を震わせる。


「明らかに胡椒を掛け過ぎだよな。」

「いやこれが美味いんだよ。」

「ラーメンに胡椒が合うってのは分かるけど、限度ってのがあるからな?」


くしゃみの原因はおそらく振りかけた胡椒だと思うが、伊江はそれを掛け過ぎだと言う。

しかしラーメンを美味しく食べたいと思う気持ちを誤魔化したくはない。

醬油ラーメンには胡椒の風味がベストマッチなのだ。

1瓶分まるまる掛けた訳じゃないんだし、別に良いだろう。


「いえ、安達がくしゃみをした原因は胡椒じゃありませんよ。」

「じゃあなんだよ。風邪か?私、自覚無いけど風邪なのか?」

「おいおい、安達が風邪をひく訳ないって。」


水を持ってテーブルに戻って来た竹塚が、くしゃみの原因は胡椒では無いと語る。

となれば、くしゃみをする原因は風邪くらいしか思い浮かばない。

しかし別に体調に問題は無いし、伊江も私の健康さと頑丈さを信用している。


「『馬鹿は風邪をひかない』ってよく言うからな。」

「おい。」


違った。

伊江が信頼していたのは変な迷信だった。

馬鹿は風邪をひかない?

私だって風邪くらいひいた事あるから。

だから馬鹿じゃない。


「確かに安達は馬鹿ですけど、それは風邪をひいても馬鹿だから気付かないってだけですよ。」

「なるほどな。」

「納得するなよ!」


体調が悪かったら自分で気付けるから。

風邪だったら自覚出来るから。

こいつらは何がどうあっても私を馬鹿扱いするつもりか。

私が不満げな表情をしていると『でも』と竹塚は言葉を続ける。


「今回はたぶん、誰かが安達の噂をしているんだと思いますよ。」

「噂?」

「噂をされるとくしゃみが出るんですよ。」


嘘くさ………。

噂とくしゃみに何の関係があるんだよ。

イメージ的にかすりもしないぞ。


「疑ってますね?でも実は脳が発している電波が噂話を受信して、それが神経細胞を通って器官を振動させてくしゃみが出るんですよ。」

「???」

「つまり噂を脳が受信してくしゃみが出るんです。」

「マジで!?」


脳の電波とか神経細胞とか良く分かんないけど、とりあえず凄いって事だけはよく分かった。


「でも、どんな噂をされていたんだろ。」

「そりゃ安達はやっぱり馬鹿だなって噂だろうな。」

「何だと!」


伊江が私の噂を決めつける。

やっぱりってなんだよ。

何で馬鹿確定なんだよ。


「もしかしたら私の天才性を崇める話かもしれないだろ!」

「無いな。」

「無いですね。」

「1%くらいは…………」

「「無い。」」

「酷っ!」


もしかしたらの可能性に賭けたいと言うが、即座に2人に否定される。

1%たりとも無いは言い過ぎじゃないか?


「そうですね、もし安達が馬鹿意外で噂話をされるとしたら………」

「されるとしたら?」

「今すぐに雲隠れした方が良いですね。」

「雲隠れ?」

「要するに身を隠した方が良いと言う事です。」

「なんで!?」


私の身に一体どんな危険が迫っているって言うんだよ!?

特に誰かに恨まれたり狙われたりするような事はやって無いぞ!?


「安達、お前何をやったんだよ………。」

「何もやってないから!」

「…………。」

「その『絶対嘘だな』って表情でこっちを見るのを止めろ。」

「絶対嘘だな。」

「言葉にしろって言ったんじゃない!」


伊江がめちゃくちゃ私の事を疑ってくる。

友達の事をもっと信じろよ。

思い当たる節は無いが、もしかするとアレか?

沙耶が席を外している間にこっそり料理にタバスコを掛けた事か?

それともアレか?

七夕の時に勝手に竹塚の名前を使って『背が伸びますように』って書いた事か?

はたまたアレか?

伊江の筆箱の中に割り箸を入れた事か?

くっ、分からない………。


「こう、マイナス方面じゃなくてプラス方面の噂の可能性を考慮してくれ。この際天才性とかじゃなくても良いから。」

「贅沢だな。」

「じゃあ……………、ごめんなさい。」

「なんで謝るんだよ!?何にも思い浮かばなかったのか!?なんかあるだろ!」

「えーと………安達って面白いですよね。」

「………それは褒めてるのか?」

「ある意味誉めてるな。」


ある意味かよ。

もっと私の良い所に着目しろよ。

友達から暗に良い所が全然無いって言われるの、結構ショックなんだぞ。

出来れば悩まずにスパッと答えて欲しかったんだけど。


「まぁ嘘なんですけどね。」

「嘘なのかよ!」

「いえ、正確には脳の電波が云々の所が嘘なのであって、噂をされるとくしゃみが出ると言う迷信があるのは本当ですよ。もちろん安達が面白いと言う点も。ちなみにくしゃみが1回の場合は良い噂、2回の場合は悪い噂だとか。」

「あ!さっきのくしゃみは1回だったぞ!つまり良い噂って事だろ?」

「いえ、たぶん胡椒のせいですね。」

「そこは肯定してくれても良いだろ………。」

「さっきまで噂が原因とか言ってた奴が掌返すな。」


私の良い噂が流れてたって良いだろ。

なんで素直に喜ばせたまま終わらせてくれないんだよ………。

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