人生の先生

この前テレビで見た時に出て来た『人生の先生』って称号、なんか響き的にカッコいい気がする。

一度でいいから名乗ってみたいな。

そんな事をふと思い立ったので目の前にいる男の人生の先生になってみよう。

以前より感じていた事をそれっぽく言えば良い感じの話の導入になるだろう。


「前から思っていたんだが、伊江はもう少し夢を見た方が良いと言うか、遊び心を持った方が良いと思うんだ。」

「夢しか見てない上に遊び心しかない奴はもう少し現実を見たり勉学に励んだ方が良いと思うな。」

「そんな奴いるのか。困った奴もいるもんだ。」

「安達、鏡を見てみろ。目の前に現れると思うぞ。」


失礼な、私は現実を一切見ないわけではないぞ。

見たうえでロマンを優先しているだけだ。

そんな事より伊江の話だ。


「お前はノリが悪いわけではないけど、基本的に現実的だろ?そこで人生を楽しむために私が教師役を買って出た訳だ。私の事は先生、そう人生の先生として崇めてもいいぞ。」

「反面教師の間違いだろうな。それに平均寿命的に考えて人生の四分の一も生きてない奴に人生を楽しむための教師が務まるとは思えないし、崇める気もないな。」

「ああ言えばこう言う。重要なのは量じゃなくて質だから!そうやって茶々入れて冷やかすところだぞ、伊江。もしかしたら私の話がとても為になってめちゃくちゃ面白いかも知れないだろ?」

「どこから湧いてくるんだよ、その自信は。しかも自分で自分のハードル爆上げしてるし。」

「話を聞けば私の株も爆上げするかも知れないぞ。」

「なんだこの自身の塊。」


楽しむ、ロマンを大切にする、と言う事に関しては私は伊江の遥か先を行っている自信がある。

つまり人生の名教師の資格があると言う事だ。


「じゃあ全然為にならなくて話がつまらないと感じて株が爆下げしたら真面目に勉強して次のテストで平均点以上採れよな。」

「え?」

「そんだけ自信満々なら杞憂だとは思うがな。俺を現実的でつまらない奴って言うんなら、さぞ面白い話を聞かせてくれるだろ?」

「え?」

「日頃から課題で人に頼ってばかりだし、いい機会かも知れないな。」

「え?」


何故か私に不利な条件が追加されていく。

どうしてこうなった。

あれか、人生の先生って響きに憧れて伊江の教師役をしようとしたのが原因か。

いや、悲観的になるのはまだ早い。

さっき自分で言ったように為になる面白いをすれば良いだけの話だ。

………うん。さっきまでハードルを上げまくった自分を殴りたい。

しかし、人生の先生は諦めない!


「ほら、話してみな。聞いててやるから。」

「こらっ、先生に向かってなんて口の利き方をするんだ!」


こいつ……!審査員的なポジションに収まって上からの立場で話を聞くつもりか!?

しかし権力に屈したりはしない!


「50点減点。」

「ごめんなさい!」


権力には勝てなかったよ。

真面目に勉強コースに直行は絶対に嫌だ。

何とかして避けなくては。

そしてロマンを教えて伊江の人生の先生にならなくては。


「えーと、人と言う字は人と人が……。」

「どこかで聞いた覚えがあるセリフだけど、それと人生を楽しむだのロマンだのがどう関係があるんだ?」

「人間とは無限の可能性を秘めている。それならロマンの塊と言っても過言ではないと思うぞ。」

「20点減点。」


さっきよりは減らされる点数が少ないけど容赦無さ過ぎでは?


「伊江、人はいつだって夢を思い描いてきたからこそ、様々な発見や進歩があるんだ。竹塚を見てみろ。将来なんか凄い事しそうだろ。」

「少しまともな内容になったな。確かに竹塚は良くも悪くも夢を見れる男だからな。」


よし。減点無く話を聞いてくれているぞ。


「でもそれならさっき言ってた人生の先生とやらは竹塚で良くないか?」


訂正。減点どころか人生の先生ポジションが危うくなった。


「待て、将来どんな偉業を達成するか予想できない点で考えれば、ロマンを教える人生の先生として相応しいのは私だろう。」

「お前は何をするか予想できないんじゃなくて、何をやらかすか予想できないんだよ。」

「現実ばっかり見て普通の事してても確かに生きていけるだろうけど、どうせなら楽しく生きたいじゃん。そして楽しくって言ったってアバウトすぎるから、何かしらにロマンを感じて、ロマンを指標にしているんだよ。そしてその指標の先に偉業と言う結果が付いて来るんだ。」

「言わんとすることは分かるけど、それやらかした時用の言い訳だよな。偉業とか言ってごまかしてるし。」

「ソンナコトナイヨ?」

「片言じゃねぇか。」


言い訳じゃなくて事実を述べているだけだから。

ロマンとは人生の指標とか、まさに人生の先生っぽい事言ったじゃん。

そろそろ認めてくれてもいいんだぞ。


「やっぱり反面教師だな。それに人生の指標なんて今決めなきゃいけない訳じゃないからな。生きてりゃ色々あるだろうし、別にロマンを指標にしなくたっていいだろう。」

「それを言われると何も言えないんだけど。」


しかし伊江の言う事にも一理ある。

仕方がない。


「伊江の人生の先生になるのは諦めて別の奴を説得するか。」

「また被害者が増えるのか………。」

「被害者って、それじゃまるで私が迷惑をかけているみたいじゃないか。」

「人生の先生を名乗りたいがために人の事を現実主義のつまらない奴呼ばわりする奴を迷惑って感じない奴はいないと思うぞ。本気でロマンを指標とする生き方を勧めたいならまだしも、人生の先生って称号の為に屁理屈をこねるだけなら、な。」


伊江…………。




「お前、人生の先生っぽい事言うなよ。」

「今のが人生の先生っぽいのかよ。お前の人生の先生像が行方不明だな。」

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