江戸っ子
「江戸時代っているじゃん。」
「そうだな。」
「江戸っ子っているじゃん。」
「詳しくは知らないが、いるんだろうよ。」
「江戸っ子の言葉に『てやんday』と『べらぼうday』ってあるじゃん。あれってどういう意味なんだろうか。」
「知らん。」
自然な導入で疑問を口にしたが、一蹴されてしまった。
そりゃ丹野にはわかんないだろうな。
だか、伊江ならば、きっと!
「何かを期待したような目をしているようだけど、知らないからな。俺も。」
「そんな!伊江なら『てやんday』と『べらぼうday』がどんな日か知っていると思ったのに。」
「そういうのは竹塚に聞け。というか、どんな日ってなんだよ。まさか『てやんでぃ』の『でぃ』の部分を日にちとかの『day』と勘違いしてるんじゃないだろうな。」
「え!?違うのか!?」
「丹野までそんな勘違いしてたのな。江戸時代なのに英語話す訳ねぇんだよな。」
なんてこった。ずっと勘違いしていたぞ。しかし伊江、勘違いしてしまうのも仕方がない理由があるんだ。これを聞いたら、きっと納得するぞ。
「伊江、黒船来航ってイベントあるじゃん。」
「イベント言うな。まぁ、あるな。一大事件が。」
「アメリカから来るじゃん。」
「そうだな。」
「つまり江戸っ子たちの間では英語が流行っていたと思ったんだ!だから勘違いしても仕方ないよね。」
「仕方なくはねぇよ。そんなラッパー風な江戸っ子とか想像できないからな。」
ノリノリなラッパー江戸っ子、なんか面白くて良くない?
「あと『べらぼうでぃ』じゃなくて『べらぼうめ』だったと思うぞ。安達のそれはごっちゃになってるからな。」
「マジか、じゃあ『べらぼ梅』ってどんな梅なんだ。」
「いや梅じゃないからな。『べらぼうめ』で一単語だから。」
なんてこった。しかし伊江、勘違いしてしまうのも仕方がない理由があるんだ。これはさっきの理由よりも説得力があるから、きっと納得するぞ。
「伊江、松竹梅ってランク付けがあるだろ。」
「あるな。」
「つまり梅の中でも特に『べらぼ』な梅なのかと思ったんだ。」
「『べらぼ』な梅ってなんだよ。美味いのか?酸っぱいのか?」
「丹野、梅なんだから酸っぱいに決まってるだろ。きっとブラボーが日本風になってベラボーになったんだよ。」
これは説得力があるな。さっきの黒船来航の件と合わさってコンボ効果を発揮だ。
これには伊江も納得するだろう。
「安達。」
「どうした。」
「なんでお前は江戸っ子をラッパーにしたがるんだ。」
『hey!生まれてこのかたエド育ち!オレは火消しで心はホット!炎はレッド!ハッと火を消しゃ未来をゲット!でも家は壊してるぜバッドなキッド!』
うん、ありだな。ノリノリでマイクとラジカセ、は無いから木魚を抱えてリリックを刻む江戸っ子。楽しそうだ。
「安達がまた変な事考えてる顔してるな。」
「でも江戸っ子ラッパーってなんか楽しそうだぜ?」
そうだぞ丹野。江戸っ子ラッパーは私たちの心の中で叫んでいるんだ。
その叫びを受け入れていこう。
だから私の江戸っ子ラッパー説は間違ってないはず。
「話は戻るが、そんなに『てやんでい』と『べらぼうめ』の意味が気になるなら分かる人に聞けばいいだろ?」
「竹塚なら用事があるって言ってどっか行ったから今はいないぞ?」
「他にも聞ける人ならいるだろ。ここは学校だぞ。」
なるほど。先生に聞けばいいのか。確かに理に適っているな。
「それじゃあ職員室に行くか。」
「「行ってらっしゃい。」」
「いや、お前らは来ないのかよ。」
「そこまで興味ある訳ではないしな。」
「日頃から呼び出され過ぎてあんまり行きたくないぜ。」
「薄情者どもめ!」
そんな訳で一人職員室に向かい、
「保木先生、教えて下さい。」
「随分唐突ですね。」
我らが保木先生ならば、きっと知っているはずだ。
「そう言った学術的な興味から質問をしてくれて嬉しいです。まさか安達君がそんな質問をする日が来るだなんて、成長しましたね。」
何故か感動されている。私たちは日頃から授業中の雑談に耳を傾ける、勉学に熱心で真面目な生徒だと思っていたんだが。解せぬ。
「そうですね。まずは『てやんでい』ですが、これは『何をやってやがるんだい』という言葉から来ています。」
「なるほど!」
つまり江戸っ子は『なんて日だ!』という意味合いで『てやんday』を使っていたとも考えられるな。
そうなると、私の認識は勘違いではなかったということか。
「そして『べらぼうめ』ですが、これは諸説あって江戸時代の芸人である『
「なるほど!」
「これらを合わせると『何を馬鹿な事やってるんだよ』と言うふうになりますね。これは罵倒というよりは親しみを込めたニュアンスの方がよく使われたとか。」
リズミカルに喋ってる訳だから、私の仮説は間違っていなかった!
やっぱり江戸っ子ラッパーは存在したんだ!
「先生!江戸っ子はラッパーだったと思います!」
「え?ラッパー?」
「はい!」
江戸っ子ラッパー説について保木先生に熱く解説する。
しかし先生は何故か困惑した表情を浮かべている。
「えぇと、安達君。」
「はい。」
「歴史と言うのは過去を学ぶので、何が事実だったかは現代科学では証明しようがないから、江戸っ子がラッパーだったかは分からないです。でも歴史について自ら考え、学ぶことは大切だから、その気持ちを大切にしてこれからも勉強して下さいね。」
保木先生は言葉を選びながら私を諭した。
暗に『それはないだろう』と思いながらも、勉強に興味を持った学生のやる気を削がないように言葉を返してくれたのが伝わってくる。
でも先生、ごめんなさい。勉強に興味が出たという訳ではなく、雑談の延長線上で聞きに来ただけなんです。
私は若干申し訳ない気持ちになりながら職員室を後にするのであった。
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