一人称

「そういえば、安達ってなんで自分の事、『私』って言うんだ?」

「唐突にどうした?」

「確かに、あんた昔は自分の事、『オレ』って言ってたわよね。」


放課後、教室で友人たちと駄弁っていると、唐突に伊江が疑問を投げかけた。

そんなものは決まっている。


「だって大人っぽくて賢そうじゃん?」

「今の返答に大人っぽさも賢さも感じられなかったな。」

「やっぱり敦は敦って訳ね。」


真面目に答えたのに馬鹿にされるとか、なんて奴らだ。


「考えてみてくれ。今から言う光景を。




穏やかな朝。

コーヒーを片手に、新聞に目を落とす。

『千住院グループ、隅田社を買収』

『平戸歴史館リニューアル』

『北部地震、被災から5年。復興が進む』

プルルルル、ピッ。

紙面を眺めていると電話が鳴る。

『私だ。あぁ、例の件か。それならば既に資料を準備している。そうだ。』

電話を取り、業務についてやり取りをする。

それも終わり、再びコーヒーを飲み、余裕を持って家を出るのであった。




どうよ!知的だろ!大人っぽくて優雅さを感じるだろ!」


伊江も沙耶も頷いている。心なしか生暖かい目をしているような気がするが、きっと私の想いは伝わった事だろう。


「よーく分かったわ。やっぱりあんたはバカなんだなって。そもそもあんたコーヒー飲めないじゃない。」

「それに新聞を読まないから内容が思い浮かばなくて、今スマホでニュース検索してるのもバカポイント高いよな。」

「少しくらい共感してくれてもいいじゃないか!」


こいつらには共感性がないのだろうか?あんなにも熱弁したのに。


「まぁ、その光景自体は大人っぽいのかもだが、普段のイメージのせいで安達がその光景に合わないんだよな。」

「日頃の行いって大事よね。」

「ぐぬぬぬぬ。」


おかしい。日頃から真面目で知的で品行方正のはずなのに。

いや、多少は我ながら飛ばし過ぎている事もないこともないかも知れないが。

うん、そう考えるとちょっと否定しずらいな、ほんのちょっとだけ。


そんなことを考えているとガラリと教室の扉が開かれる。


「そんな安達にはこれ!」

「竹塚、それはメガネ?」

「そう、メガネ!これを掛ければ君も知的に見える(はず)ですよ!」


な、なるほど!なんて説得力だ!なんか一瞬、小声で『はず』とか聞こえた気がするけど、たぶん気のせいだろう。

いざ装着!キラーン!


「おぉ、こ、これは!」

「どうですか?頭が良くなった気がしますか?」

「視界がグワングワンする!」


前が良く見えない!これが天才たちの見えている景色か!


「むぅ、前が見えないのは危ないですね。じゃあ、代わりにこれを付けてみて下さい。」

「おぉ、よく見えないけどありがとう!」


再び装着!キラーン!

今度は視界良好!


「よく似合っていますよ!」

「なぁ、入屋。」

「えぇ、絶対からかって遊んでるわね。だってあれ………。」


いやぁ生まれ変わっちゃったな。天才に。

竹塚には感謝してもしきれないぜ。


「どうだ?似合ってる?知性溢れちゃってる?大人っぽい?」

「え、えぇ、まぁ、大人っぽいと言えば、そうなのかもね。」

「溢れてる溢れてる。安達らしさがな。」

「溢れすぎて、もう床がびちゃびちゃになりそうな位ですね。」


おぉ、さっきとは打って変わって肯定されている!嬉しい!思わず喜びの舞を舞ってしまいそうだ!よし、舞おう!

けど竹塚、その表現はなんか嫌だな。汚そう。


そうして喜びの舞を舞っていると、またもガラリと教室の扉が開かれる。


「あれ、入屋さんたち、まだ教室にのこ、って………。」


教室に入って来たのは我らが委員長。

しかしこちらを見て固まってしまった。どうしたのだろうか?

はっ!もしや!


「おっと委員長、私の溢れんばかりの知性と大人っぽさで驚かせてしまったかな?」

「え、えぇ?はい、ちょ、ちょっと驚きましたね。お、大人っぽい?のかも知れませんね。」


かー!委員長にも認められる大人っぽさ!いやぁ、出来る男はつらいねぇ。


「めちゃくちゃ調子に乗ってるな。」

「委員長の困惑っぷりに気付かないくらいにね。」

「あっははははははは!この展開は僕も予想していませんでしたね!」


伊江と沙耶は呆れた目でこっちを見てるし、竹塚は何故か爆笑している。

そして何故か委員長が目を合わせようとしてくれない。

余りの輝きに直視できないのだろうか?


「その、何と言うか、個性的なセンスですね。」

「個性的?」


そういえば竹塚から渡された2つ目のメガネのデザインを見ていなかった。

1つ目は青っぽいフレームのメガネだったが、度が入っていたため、今掛けているのがどんなデザインか分からなかったからな。


「どれどれ?」


ちらりと窓ガラスに映る姿を見る。


「ふむ、黒いフレームに、オプションで鼻が付いていて、髭も付いていると。」


なるほど。


「鼻眼鏡じゃねぇか!これ!」


竹塚め、なんてもの掛けさせてくれたんだ。

確かに個性的だな!髭で大人っぽさをアピールしてるし!


「竹塚ぁ!」

「さっき帰ったわよ。」

「写真もしっかり撮ってたな。」


あの野郎!道理で途中から笑い声が聞こえなくなったと思ったら!


「委員長、聞いてくれ、これには訳が。」

「大丈夫です。」


流石委員長、説明する前から状況を理解してくれるとは。


「例えどんなセンスを持っていたとしても、安達君は安達君ですから。」

「え、いや、そうじゃなくて、」

「それじゃ、また明日。」


委員長、話を聞いてくれ。足早に去っていかないでくれ。

帰っていく委員長の背中を眺めながら、私は竹塚への制裁を考えるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る