痩せ薬
「ふと思ったんだけど。」
ある日の放課後、教室で沙耶に思い付いた話をする。
「青井なら楽して痩せられる薬も作れるんじゃないかって。」
「………あたしがそんな悪魔の取引に応じる訳がないじゃない。」
今メチャクチャ迷わなかったか?
一瞬の沈黙がそれを如実に語っているぞ。
「そもそも、あいつの作った薬品なんて怪しいったらないわよ。」
「それは、うん。全くもってその通りだと思うけど。」
「どうせ薬品の副作用とか、効果が切れた後に碌でもない事になるでしょ。」
実際、碌でもない物ばっかり作っているから、そう言われても仕方がない。
むしろまともな物の方が少ないくらいだ。
しかし、そんな数少ないまともな物の恩恵を受けている人間もいるだろう。
「教頭先生が……」
「教頭先生?あの人がどうかしたの?」
教頭先生が安全性を実証していると、髪は無事生えて副作用も無いみたいだと、言おうと思ったが、その瞬間に私の脳裏に教頭先生の顔が浮かんだ。
口を開くことは無く、固く結ばれた横一文字。
その眼は真剣そのもので有無を言わせない圧力がある。
そんな表情の教頭先生が私の脳裏に浮かんだのだ。
「いや、何でもない。」
「何よ、言いかけて止めるなんて気になるじゃない。」
「教頭先生が私の脳裏に浮かんで、私の事を見つめて来たから………。」
あまりの圧力に私は開きかけていた口を閉ざした。
その瞬間、私の脳裏にいた教頭先生は姿を消した。
どうやら正解の選択をしたようだ。
そんな事を考えていると、
「教頭先生の事を気遣うのなら、私の事も弁護してくれないのかい?」
「青井。」
「事実を言っているだけじゃない。」
青井が現れた。
だって弁護のしようが無いし。
教頭先生は例に挙げようとすると私の脳裏に浮かび上がるし。
「でも本当に良いのかい?」
「何がよ?」
「危険な副作用も無く、効果時間が終われば効果が消えると言った事も無く、安全で楽をして痩せられる、そんな理想の薬があったとしたら、使っては見たくないかな?」
「怪しさ以外の何物も感じられないんだけど。」
青井は理想でしか無いような薬の話をするが、そんな怪しげな誘いに乗る奴なんて、普通いないだろう。
「なぁ、沙耶?」
「……………………………そんな物、使う訳が……………無いじゃない。」
「沙耶?」
揺れてるぞ?
メチャクチャ揺れてるぞ?
これでもかと言わんばかりにグラグラしてるぞ?
もう少し誘惑が続いたら首を縦に振りかねないレベルだぞ?
「それに、努力も無しに痩せるなんて、良い訳ないでしょ。」
「君たちは何か勘違いをしていないかな?」
「「勘違い?」」
一体何を勘違いしていると言うのだろうか?
青井が怪しい薬ばっかり作っていると言うのを勘違いとでも言いたいんだろうか?
残念ながらそれは否定しようのない事実だろう。
「薬を作ること自体が、かなりの労力と時間を必要としているんだ。これは努力と言えないかな?」
「それは、確かに努力だな。」
「でも、それは青井の努力であって、あたしの努力じゃ無いじゃない。」
努力は努力だが、沙耶が言いたいのは痩せる本人が努力してこそ意味がある、と言う事だろう。
「そもそもだよ。楽をすると言う事自体を悪い事だと思っていないかな?」
「いや、一切。」
「安達君はそうだろうね。ここで否定したら別人か、はたまた頭でも打ったか、何らかの可能性を疑うよ。でも入屋さんはどう思う?」
「少なくとも、努力する事は良いとこだと思っているわ。」
私をなんだと思っているんだ。
いや、楽が出来るに越したことは無いと思っているから否定出来ないけど。
「あぁ、もちろん私も努力の大切さを否定したりはしないさ。」
青井も努力の大切さを認識し、その上で、
「だからと言って楽をすることを悪い事だと決めつけるような物言いこそが悪だと思うんだ。そもそも楽をすると言う事は効率化をすると言う事だ。人類はいつだって効率化、つまりは楽をする為に努力して、発展してきたんだよ?それなら楽をする事に拒否感を抱くべきではないんだ。」
『楽をする』と言う事の認識について語る。
「青井の言いたい事はよく分かったわ。そうね、楽をする事が悪い事ではないわよね。」
「度が過ぎると安達君みたいになるけどね。」
「私を引き合いに出す必要無くない?」
あれか?
さっき弁護しなかったからか?
仕方が無いんだ。
脳裏の教頭先生が圧力をかけて来たから。
「それじゃあ青井。さっき言ってた楽して痩せられる薬、試しても良いかしら?」
「え?」
「え?」
沙耶が先程話していた薬を求めると、青井はキョトンとした顔を浮かべる。
それを見た私と沙耶は顔を見合わせる。
「そんな都合の良い物は無いよ?」
「いや、だってさっき…………」
先程の青井の発言を思い返す。
『危険な副作用も無く、効果時間が終われば効果が消えると言った事も無く、安全で楽をして痩せられる、そんな理想の薬が〈あったとしたら〉、使っては見たくないかな?』
あ。
「『あったとしたら』って、誘い文句じゃなくて本当に無かったって事!?」
「そうだよ。」
あっけらかんと語る青井。
世の中にそんな甘い話は無かったと言う事だ。
「沙耶。」
「何よ。」
「運動してから帰るか?」
「そうね…………。」
私と沙耶は運動に向かい、青井は笑顔で『副作用は今後の課題だね。』と語って教室を後にした。
まぁ地道な努力が大事って事か。
私は苦手だけど。
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