第二十四話 思わぬ流れ
あの衝撃的なチャンピオンカーニバル翌日、試合の感想を会長に聞いてみると、
「いやぁ~、いい試合だったね。中々ドラマみたいな逆転劇で面白かったよ。」
会長の様子は心底試合を楽しんだという感じで、俺の不安は杞憂だったかと思ったが、
「でも、最初から倒せるなら全力を出すのが礼儀じゃないかって気はしたけどね。」
その言葉は、つまり最後のあれこそが本気であったと言っているのに他ならない。
他の人達はどうだろうと思い、練習終わりに話を振ってみる。
「んん?ああ昨日の試合か。いい試合だったな。いずれ坊主とも当たるから気合入れろよ?」
牛山さんは何とも思わなかったらしい。
「ダウン取った時のコンビネーション、凄かったですね。背筋がぞくっとしました。」
佐藤さんも特には何も思わなかったようだ。
「あ、はい。勿論見ました。あの人が遠宮さんとぶつかるかもしれないんですよね?そう考えると、なんか凄いですよね。」
明君にも聞き終わり、結論から言えば分からないという事が分かった。
床に座り、考え込みながらバンテージを外していると、会長から一言。
「そんなに気になるんなら、直接聞いてみればいいよ。…その拳でね。」
それを為す為の一番の近道は、十月に行われる挑戦者決定戦に出場する事だ。
その為にはランキングを二位以上に上げなければならないが、今はまだ四位。
「ランキング上げられますかね?マッチメイクも結構難しいんじゃ…。」
俺が不安気な顔でそう問い掛けると、会長は自信有り気な顔を向けている。
「まあ何とかなるよ。いや、何とかするよ。だからそんな不安そうな顔しない。」
会長を疑った自分を恥じつつ、ただ自らに出来る事を全力でこなすと誓い、雪がちらつく気温の中、すっかり暗くなった川沿いを駆け抜けた。
その一週間後、生放送は流石に無かったが、敢闘侍こと松田選手のタイトルマッチも行われた。
試合は両者合計五度のダウンが飛び交う熱戦で、後日ボクシング専門チャンネルにて放送されたそれを、俺も固唾を呑んで視聴した。
結果は、判定で見事新チャンピオンが誕生する。
拳を高々と掲げ咆哮を上げるその姿は、まさに漢の中の漢だ
それをまるで自分の事の様に誇らしく思っている自分がいた。
あの試合から一か月ほどが経ち、新王者となった御子柴裕也の人気は、ボクシングという競技に興味の無い層にも浸透し始めていた。
その理由の一つに、CMなどで頻繁にその姿を見かける様になった事も大きな要因になっている。
何でも彼がCМ起用された商品は信じられない伸びを見せるらしく、ファッションに至っても真似ようとする若者が後を絶たないとの話も聞く。
国内タイトルでここまで騒がれるボクサーなど、有名選手の二世くらいしかいなかった為、素直に驚嘆を禁じ得ない。
その存在感は大きく、ジム内でも度々その話題が挙がるほどだ。
「御子柴さん凄いですね。でも、ある意味遠宮さんにはチャンスとも言えるんじゃないですか?倒せば一気に全国区に成れるかもしれませんし。」
練習後クールダウンの最中、佐藤さんが足の筋を伸ばしながら語り掛けてくる。
「勝てればですけどね。そもそも、マッチメイク出来るとこまで行かないと…。」
何故か皆、もう自分と彼がぶつかる事を決定事項のように語る。
正直、彼以外にも強豪はいるので、とても楽に勝ち上がれるとは思えないのが現状なのだが。
「そんな事を言ったら、佐藤さんの階級には相沢君がいますよ?もしかしたら当たるかもしれませんし、対策が必要ですね。」
お返しにと、負けず劣らずの強豪の名前を出してみるが、
「大丈夫ですよ。もし自分がタイトル挑戦する様な事があるとしても、その時向こうはとっくに返上して、世界を目指すとかしてると思いますし。」
そう言われ、容易にその姿が思い浮かんでしまった。
確かに相沢君なら、年内タイトル奪取とか普通にやりそうな気がする。
「佐藤は志低すぎだろ。もし当たっても自分が勝ちますくらい言えよ…。」
横で話を聞いていた牛山さんが、少し呆れ顔で口を挟む。
「いやぁ、流石にそこまで現実見えてない事は言えませんよ。自分の能力を正確に把握するのも大事な事だと思いません?」
上手いこと返され、牛山さんもう~んと唸る様にして考え込んでいる。
「あっ!そういやよ、明のプロテスト五月くらいにするって会長が言ってたな。」
結局返しが思いつかず、話を変える事を選択したらしい。
「へぇ~、そうなんですか?聞いてなかったな。明君、本当?」
少し離れた所で筋トレをしている明君に声を掛ける。
邪魔するのはどうかと思ったが、どうやら切りの良さそうなタイミングだ。
「はっ…はっ…、あっ、はい。そう聞いてます。自分の都合が良ければ、確か五月の中旬くらいでどうかなって。」
因みに、今日は会長が早めに帰宅した為ここにはいないので、仔細を確かめる事は出来ない。
「そうなんだ。行く時はどうするの?新幹線?予定が合えば送っていこうか?」
自分が向こうで迷ったことを思い出し、可愛い後輩に同じ苦労はさせられないと思い提案する。
「あ、いえ、有難いんですけど、その時はお父さんが送ってくれるらしいので。」
慣れた人の方がリラックス出来るので、確かにその方がいいかもしれない。
「俺も送ってやろうかって言ったんだがな。親父さんがやる気なんで任せる事にした。」
どうやら牛山さんからも同じ提案をされていたようだ。
何とも、揃いも揃って過保護な事である。
話も一段落付き戸締りをした後、暗くなった道を駆け抜け帰路に着いた。
四月の始め、会長から意外な申し出を聞かされる。
「え?七月の最初の週ですか?場所は…駿河ですか。」
駿河県は帝都から一つ県をまたいだ場所に位置し、富士の山の絶景スポットがある事でも知られる場所だ。
「そう。向こうからの強い申し出があってね。どうしても君がいいんだって。」
そうして伝えられた相手の名は、備前直正。
「前チャンピオンのランキングは二位。こちらとしては有難い限りの申し出だと思うけど、どう?」
有難いのは確かだが、何故自分をという疑問で頭が一杯だった。
「因みにね。これが彼の引退試合になるらしいから。」
その言葉を聞いて、ドクンと心臓が脈打ったのを確かに感じた。
十数年に渡る長き戦いに幕を引く、最後の相手が自分でいいのかと戸惑う気持ちと同時に、光栄だと思う気持ちも沸き上がる。
「はい!俺の方は問題ありません。その話、受けましょう。」
初めから断らない事は予想していた様で、会長は静かに頷くといつもの練習に戻っていく。
「あ、そうそう。幸弘君も出来れば同じとこで試合したいんだけど、都合取れそう?」
自分の場合パートという事もあり結構時間を作れるが、佐藤さんの場合、正規雇用の為色々難しい事もあるのかもしれない。
「大丈夫です。試合の時は基本有休を使うつもりですので。」
と思ったが、意外にすんなりと予定を開けられる様だ。
「あっ、そういえば、俺にも有給あるって店長言ってたな。使わせてもらお。」
パートにはそういうものはないと思い込んでいたので忘れていたが、佐藤さんのお陰で思い出す事が出来た。
「それにしても何だって坊主を指名するんだ?知り合いだったのか?」
牛山さんに問い掛けられ、少し考えてみるが思い至らず首を振る。
「だよな。しっかし不思議な気分だな。この間テレビで見た奴と坊主がってのは。」
それを一番感じているのは自分である。
父と試合をした事があるというだけでこちらが勝手に身近に感じていた所に、向こうからの指名という形で話が舞い込んでくるとは。
世の中不思議な事もあるものだと思いつつ、来る日に向けて気合を入れ直す事にした。
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