第三十五話 帰り道

「取り敢えず、後遺症が残る様な大きな問題は無いです。ですが一応、暫くの間はスパーリングなど控える様にして下さい。」


運良く体に問題はなさそうで一安心。


二、三日の検査入院を勧められたが、早く帰りたかったので断った。


心配してくれた人たちに、一刻も早く連絡をしなければという思いが強かったのだ。












「忘れ物ねえか?まさかベルト忘れてねえだろうな?」


牛山さんが冗談っぽく語り、一同から笑みをこぼれる。


そして和やかな雰囲気のまま、帰りの道中を走りだした。


「統一郎君、これ。」


そう言って会長が手渡してきたのは預けてあった荷物。


俺は早速その中からスマホを取り出し電源を付ける。


『起きたら連絡しろよ。まさか死んでねぇだろうなww』


差出人は田中だ。


不吉な事を言うなと思うが、俺達にはこれくらいの軽口が丁度いいだろう。


『死んでねぇよ、勝手に殺すな!全く、もっと王者に敬意を示せよな。』


友人らしい返信を送り、次を見る。


『凄い試合だったよ。泣きそうになった。無事なら連絡ください。』


阿部君は相変わらず丁寧だ。


『ピンピンしてます。目指せ世界チャンピオン!応援よろしく!』


仲間内なら大きな事を言っても許されるだろう。


そして次に目を移す。


『ボクシングは結果が全てだ。お前は形だけだが俺を越えた。形だけな!』


文面に悔しさを滲ませているのは相沢君。


『そっちはすぐに東洋取るんでしょ?だったら一時の事じゃないの?』


一瞬調子に乗りそうになったが、浮かれた気分を宥めつつ控えめに返しておいた。


他には誰から来てるかなと目を移すと、


『落ち着いたらで良いので返信待ってます。』


明日未さんからだった。


恐らく、何度も同様のメールを送ろうと思ったのではないだろうか。


届いているのはその一通だけだったが、何故かそう思った。


『心配かけました。無理しないでって言われたけど無理でした、ごめんなさい。でも、これからも無理しないで勝てる相手はいないと思います。だから、たくさん心配してください。』


変なメールになってしまった。


しかし、彼女に心配されるというのが俺は妙に嬉しいのだ。


酷い男だと思い苦笑しながら次に目をやる。


『一郎君、大丈夫?』


たったそれだけの簡潔な一文。


なのに、彼女が泣いているのだという事が分かった。


自分が勝ってと言ってしまったから俺が無理をしたのだと、そう思っているのだろう。


『今から帰るよ。今日は無理だけど、明日予定無いなら会おうか?』


返信はすぐに送られてきた。


『うん。明日ね。車じゃなくて電車で来てね。危ないから。』


これ以上心配かけても悪いと思い、彼女の要望に応える事にした。


「ふふふっ、チャンピオンは流石にもてるわねぇ~~。」


スマホに視線をくぎ付けにしている俺に、及川さんが揶揄い口調で語り掛ける。


「そ、そんな事ないですよ。全然モテた事なんて…。」


否定するが続きそうだと思い、流れを変えるため別の話題を探す。


「そ、そういえば、御子柴さんって結局折れてたんですか?」


返答したのは会長。


「ううん、折れてた訳ではなく脱臼だったみたいだね。あの突き上げたアッパーが、伸び切った所に上手く当たったみたいだよ。」


どうやらそこまでの重傷ではなく、復帰まではそれ程の期間を要しないようだ。


ふと、あの試合の評価が気になり、ネットで評判を眺めてみる事にした。


すると、


『御子柴君勝ってたよね?あんなのただラッキーだっただけじゃん。』


『そうそう、つ~かさ、何で降参してんの?御子柴君ならあんな奴片手でいけたよね?』


『マジであの人なんなの!あの降参宣言したゴリラみたいなおっさん!』


これは御子柴ファンの集まっているサイトなのでこんなものだろうと思っていたが、何故かタオルを投げたセコンドにまで非難が集中している様だ。


セコンドの一番の仕事は選手を五体満足でリングから帰す事であり、そこの所を何とか理解してくれないだろうか。


俺としては、続行可能かどうかその判断は飽くまでセコンドとレフェリーに委ねるのが正しいと思っている。


基本的に選手から参ったなど言える訳が無いのだから。


続行の意志を全て選手に委ねてしまえば、いつまでも事故は後を絶たない。


まあ、昔はとんでもないセコンドやレフェリーがいたのも事実だが、今はそこまで露骨なのは無理だろう。


そういう意味で、今回に限ってはこちらよりも向こう陣営の方が、本来の役割をこなしたともいえる。


(ここはちょっと参考にならないな…。別のサイトを見よう。)


そう思いやってきたのは、結構コアなボクシングファンが集まるサイト。


『結局、遠宮ってどう思う?世界行ける?』


『多分無理。不安定すぎ。でも能力はある。』


『ああ~、確かに。すげえ時ほんとすげえもんな。』


『七、八ラウンドははっきり言って世界レベル、それ以外は良いとこ東洋。』


『で?トータルでは皆どう思うのよ?』


『運が良ければって感じ?後、ジムの興行力の無さも痛い。』


『それな!何で地方でやってんのこいつww』


『正直地方でやるメリットが分からない…。』


『でも浪漫はあるよな。』


『で、御子柴は?』


『あれは化け物。本物の奴。高橋には劣るけど将来PFP一位争ってもおかしくない。』

【PFP(パウンドフォーパウンド)アメリカの某ボクシング雑誌が選ぶ、全員が同じ体重であったなら誰が一番強いかという、架空のランキング。】


『遠宮が勝てたのは奇跡だよなマジで。一生分の運使ったんじゃね?』


『つか、日本のスーパーフェザー級凄すぎだよな?』


『確かに、御子柴に高橋、そこに一応遠宮もいるしな。』


高橋というのは、俺が新人王戦で戦った高橋晴斗選手の事だ。


その後の彼の活躍は目覚ましく、識者の中には既に現役最強と語る者もいる。


それはそれとして、中々に好き勝手言っているが、意外にも評価が高い事に驚く。


因みにあだ名の様なものも付いていた。


その名も『ラッキー遠宮』


「何だよラッキー遠宮ってっ!どっかの芸人かよっ!」


思わず大きな声が出てしまい三人の視線が俺に集まる。


「ど、どうしたの遠宮君?ラッキー?」


恥ずかしくなり咳払いした後、


「い、いや、何でもないです。ラッキーだったなぁって、今回の試合。はは……」


評価を覆してやると、心の中で静かな闘志を燃やすのだった。

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