第18話 プロテスト

「いやー、お前が遂にプロか。何かここまで随分長かった気がするな。」


叔父が俺の目にライトを当てながら、感慨深げに語り掛けてくる。


「会長も牛山さんもいつもそう言うけど、まだ合格してないからね。」


最近、ジムでも全く同じやり取りがあった。


いざプロテストへの申し込みも済み、今はその準備として提携病院の医師でもある叔父に診てもらっている最中だ。


「お前なら問題無いだろ。成瀬会長から聞いてるぞ。プロの六回戦とかアマの全国レベルとかとやり合っても勝てるんだろ?」


アマの全国レベルとは、恐らく相沢君の事だろう。


実績を見れば公式経験の無い俺とは比べるべくもない。


「それはちょっと言い過ぎだけどね。まあ、簡単には負けないと思うよ。」


そんな会話も挟みつつ、検診は概ね問題無く終わった。


心配があるとすれば、実は結構視力が悪かった事だ。


左が0,5右が0,7だった。


ゲームなどはあまりやらないが、パソコンで動画を毎日結構な時間見ているのが原因だろうか。


別に病気という訳では無い為特に問題は無いのだが、ボクサーとしては良いに越した事はないだろう。









「統一郎君、テストの日九月十日に決まったよ。」


身体検査の用紙を団体へと送り二週間程経ったある日、ジムで会長からそう告げられた。


「おお、遂に坊主がプロボクサーかよ。何かわくわくすんな。」


牛山さんが、目を輝かせながら俺を見て語る。


プロテストに申し込んでから、最近は会う度に同じ事を言っている気がした。


だがこれだけ楽しみにしてもらえると、こちらとしてもやる気が出るというものだ。


「まだ合格してませんけどね。合格出来たらの話になりますけど、試合の時はセコンドお願いします。」


普通は三人でやる事を、二人だけでやるのは大変だろう。


しかも会長は俺に指示を出したりする必要がある為、それ以外の事は殆ど1人でやってもらう事になるはずだ。


「僕からもお願いしますよ牛山さん。そのうち人も増えると思うので。」


やはり会長も申し訳無く思っているようだ。


「いやいや、寧ろ俺からお願いしたいくれえだよ。こんな面白え事に関われるなんてこの田舎じゃ早々無えからな。」


この言葉は、恐らく本心だろう。


牛山さんはジムにいる時本当に楽しそうだ。


そして俺の活躍次第ではこれから訪れる人も徐々に増えていくはず。


そういう人達にも同じ様に思ってもらえたなら言う事はないのだが、地方でプロを目指すというのはそれだけで大きなハンデにもなるのが現実。


だからこそ、俺が道を作らなければならない。


この場所から始めた責任を取るならそれは俺しかいないのだから。








プロテスト当日になり、早朝から会場に向かう。


会場は日本の首都【帝都】にある、格闘技の殿堂とも呼ばれるホールだ。


慣れない新幹線に乗り約三時間、帝都駅に着くとスマホ片手に最寄り駅を調べる。


しかし、駅構内の構造が田舎とは比べ物にならず、案の定迷ってしまった。


どこから行けばいいのかさっぱり分からず、案内を見ても目が泳ぐ。


突っ立ったまま調べていたら、スーツの男性とぶつかりそうになったので慌てて頭を下げたが、それでも舌打ちをされちょっと泣きそうになった。


このままでは時間の無駄と思い結局駅員さんに尋ね、慣れない道と人の多さに圧倒されながらも何とか辿り着き、会場のあるビルの中に入ると、四階の控室で待つこと小一時間。


まずは筆記テストがあるらしい。


内容は簡単なボクシングのルールなど。


その問題の中に尊敬するボクサーという項目があったので【成瀬実】と書いておく。


そして実技試験、会場は五階。


割り振られた対戦相手と向かい合う形で立たせられる。


恐らく、先ほど量った体重で釣り合う相手を決めているのだろう。


相手は俺よりかなり骨格の大きい選手だった。


(明らかに俺より階級上の様な気がするな。もしかして減量してくるのが普通なのかな?)


そんな事を思いつつ待っていると、自分の番号が呼ばれ遂に出番がやって来た。


バクバクと高鳴る鼓動に緊張を隠せないが、会長の言葉を思い出し何とか落ち着かせようと試みる。


『基本が備わっているかを見る試験だから、いつも通りやれば合格間違い無しだよ。』


その言葉を心の中で繰り返し、深呼吸をすると少し落ち着いた。


「お願いします。」


お互いにリング中央でグローブを合わせ開始の合図とする。


まずは左の差し合い。


リーチで相手に分がある為、相手の距離でまずは受けそのタイミングや軌道を観察する。


何発か打たせた後、十分に対処可能なレベルと判断した。


先程と同じ距離で相対し相手のリードブローを誘うと、打ってきた瞬間に合わせ、鋭いステップインからワンツー。


パンッパンッ、小気味良い音が会場に響き、こちらのパンチだけが奇麗に入った。


まずはこちらのペース。


調子には乗らず一発一発を確認しながら、丁寧に叩いて行く。


(基本、基本、まずはジャブ、これはしっかりガード、ワンツーからボディ。)


相手も落ち着いた選手で、非常に相性が良い。


対している彼も同じ事を思っているんじゃないだろうか。


これなら、お互いに自分の出来る事を満足に見せられそうだ。







「有難うございました。」


全ての項目が終わり、元気良く挨拶してから会場を後にする。


「はぁ~~~~っ。」


漸く試験が終わった安堵感からか、思わず大きな溜息が漏れてしまった。


(結果は分からないけど、取り敢えず帰ろうかな。)


結果は明日の昼過ぎくらいに団体事務所の掲示板に貼り出される様だが、後日電話でも確認出来るらしいので、取り敢えず帰路に就く事を優先した。


分かってはいた事だが、慣れない都会は思っていた以上に疲れる。


旅行等で来るのは良いのだが、定住は考えられそうもない。


折角高い旅費を払いやってきて観光もせずに帰る事には、多少後ろ髪を引かれる思いがあったが、それ以上に早く帰りたいという思いが強かった。


帰る時は来る時よりも更に人が溢れていて、駅員さんに聞きながら何とか帰り着くが、正直テスト自体よりも移動の方が疲れた様な気さえする。


そして地元の駅に着いた時にはもう夜の十時を回っており、事前に到着時間を教えていた叔父が迎えに来てくれていた。


「おう、お帰り。」


「ただいま。」


今まで張りつめていた緊張が解けていく。


何故だろうか、何気ないそのやり取りがとても暖かく感じられた。


「どうだった?合格してそうか?」


「うーん、どうだろう。出来るだけの事はしてきたつもりだけど。」


そう答えはしたが、実際は受かっているという確信に近い感覚がある。


だが、そう言って落ちていたら恥ずかしいという思いもあり、曖昧な返答になってしまった。


「受かってたらいよいよか。デビュー戦くらいは見に行きたいからな、予定が空いてる日で頼むぞ。」


俺も勿論叔父には見に来てほしいと思っているが、予定に合わせて試合が組める訳も無く、会場もどこになるのか分からない現状、それは運次第だ。


「例えデビュー戦が無理でも、もっと大きな試合で見てもらえるよう頑張るから。」


「おっ、言うねえ。じゃあ期待させてもらうか。」


この言葉は叔父に対してというよりも、自分に対しての誓いだ。


俺を支えてくれる人達にその姿を見せるまでは、絶対に負けない、負けられないという、揺るぎない思いを言葉にして胸に刻み込んだ。

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