第六話 並んで歩く街

「どこに行きましょうかね~、ま、こうやって只ぶらぶらしてるのも好きだけどね。」


取り敢えず出掛けようという事になり、行先も決めずに何となく二人揃って街を眺めながら歩く。


自分の車があれば行動範囲も広がっていたのだが、万が一があるからと会長達に諭されたので、仕方なく向こうに置いてきた。


「良い場所紹介出来ればいいんだけど、私もこっち来たばっかだからな~。」


そう語る彼女の横顔は、本日の天気同様良い笑顔だ。


そうして歩いていると、ふと視界に入ったゲームセンターが気になる。


「ん?一郎君、ゲーセン行きたいの?意外だね~。」


「いや、今まで行った事無いから気になっちゃって。」


俺は生まれてこの方、一度もゲームセンターに入った事が無い。


興味が無かった訳ではないのだが、何となく一人では入りにくい雰囲気があった為、未だ未経験。


「そっか、じゃあ早速一郎君の初体験をしに行こうか。」


彼女は誤解を招く様な言い回しをわざとしながら、グイグイと強引に腕を引っ張っていく。


中に入って先ず思った感想は、やかましいという事だ。


それがこういう場所の味なのだろうが、俺がこの雰囲気に慣れる所は中々想像出来ない。


「あれやろうよ。あれなら初心者でも楽しめると思うし。」


そう言って指差したのは、可愛らしい人形が景品のクレーンゲーム。


「これなら知ってる。なるほど、確かにこれなら俺でも出来る気がするよ。」


そう思い早速硬貨を投入し初めてみるが、中々難しくもう少しという所で取れない。


すると俺の負けず嫌いな部分が発動したのか、何度も両替してチャレンジし続け、五千円ほど使った所で漸く一つゲット出来た。


途中、もう何度もやめた方がいいと言われたが、負けっぱなしでは終われない。


「一郎君、負けず嫌いだね~。ま、そうでもなければボクサーなんてやってられないか。」


葵さんは苦笑いしながらも、終始横から楽しそうに眺めていた。


「はい、葵さん。プレゼント、俺が持ってても仕方ないから受け取ってよ。」


俺が漸く取れた一つは、柴犬をモデルにした可愛らしい人形だった。


「ふふっ、ありがと。大切な思い出としてもらっておくからね。じゃあそれはそれとして、お昼ご飯どうする?もういい時間だけど、外食はしないんだっけ?」


確かに普段は体重を気に掛け避けているが、今日くらいは良いだろう。


「今日は一緒に外で食べる予定だよ。勿論、俺が出すからね。」


流石にこんな雰囲気で割り勘と言うのは、男としてあまりにも甲斐性がない。


何より、俺自身がそうしたいという思いが強いのだ。


「じゃあ、ご馳走になります。場所は……あそこのショッピングモール行こうか。フードコートあるし。」


何だか気を使って安い所を指定された様な気がしないでもないが、彼女とならどこでも楽しいから問題無いだろう。







フードコートに辿り着くと、どうせならいつもは口にしないものが食べたいと思い、一番大きくてカロリーの高そうなバンバーガーと炭酸飲料、そしてアイスクリームを頼んだ。


こういう時は些事を忘れて思いっきり無茶をした方が楽しい筈。


俺のあまりの食べっぷりに葵さんが心配していたが、たかが一日の無茶で如何こうなる体ではない。


「そういえばさ、さっきプレゼントって言ってぬいぐるみ渡したけど、葵さんの誕生日って九月だったよね?」


こんなにお世話になっているのだから、彼女の誕生日にはそれなりのものを贈るべきだろう。


「私?私の誕生日はね、九月十六日だよ。一郎君は十一月三十日だよね?ふふっ。」


何で知っているのかと疑問に思ったが、インタビューで聞かれていた事を思い出す。


「九月十六日っと。うん。確かに覚えたよ。」


俺がそう言い、スマホの電話帳の欄にしっかり記録した後、二人でモールの中を見て回る事にした。


「そういえばさ、やっぱり結構チラチラ見られるね。一郎君の知名度も中々に上がってきたのかな。」


仕事の最中も声を掛けられることがあり、最近はそんな出来事にも少しずつ慣れてきた。


以前の俺からはまるで考えられない変化だが、会長にとってはまだまだ足りないらしい。


「葵さんがいるお陰であんまり声を掛けられないで済んでるけどね。」


「そっか、ま、本命の子が帰って来るまでの予行演習って事で。」


一緒にいて、彼女がこれ以上の関係を望んでいない事は理解していた。


だから俺もそれに倣い、これ以上の関係を求めない様に心掛けている。


それが正しい事なのかどうか、女性と付き合った経験のない俺にはどうにも判断が難しい。


表面上とは別に心から求めている何かがあったとしても、その心の内を察する事等、俺には出来ようもないのだから。


何より、この距離感が互いにとって一番心地良いと感じてしまっているのも事実だった。










「忘れ物ない?まあ、あったとしても、また直ぐ取りにくればいいだけの話だけどね。」


今日は夕方の電車で帰宅予定の為、彼女が駅まで見送りに来てくれていた。


「本当に?じゃあ、来週の日曜も来ていい?」


少し冗談めかして言ってみたのだが、心なしか彼女も嬉しそうに見えた。


「仕方ないな~。分かったよ、日曜日は一郎君の為に開けておいてあげる。……じゃ、またね。」


内心幾分かの寂しさを残しながら改札を潜ると、車窓から流れていく景色を眺めつつ帰路に着いた。





その夜、ロードワークを終えて戻ると、丁度叔父が帰ってきたようだ。


「あれ?お前今日は帰ってきたのか。今日も泊まりかと思ってたんだがな。それはそうと、一昨日の試合は完勝だったな。直には見れなかったが、撮影したのダビングしてもらって見たけどよ、やっぱりお前大二郎とは物が違うよ。」


恐らく叔父が見たというのは、明君が撮ったものだと思われる。


「叔父さん、そのダビングしたやつって今ある?」


確認したい事があったので、叔父に持って来てきてもらいモニターに繋げた。


試合の映像が流れ、明君は俺の頼みをしっかり叶えてくれた様で彼女達ラウンドガールの姿も映っている。


勿論確認したいのはそれではなく、相沢君の試合の流れだ。


デビュー戦だというのに、その内容は正に圧巻の一言に尽きた。


開始直後からプレッシャーを掛け得意な距離に持ち込むと、そこからは一気に相沢君ペースへ傾いていく。


一見それなりに被弾している様にも見えるが、その実全て芯を外しており、あっという間に二度ダウンを奪い試合終了。


「こいつもすげえな。でも、同じ階級じゃねえから当たんねえだろ。運が良かったな。」


叔父の言葉には乾いた笑いしか出なかった。


確認するべき事をした後は、念の為あの三人組の晴れ姿も瞼に焼き付けてから眠りについた。

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