第五話 モテ期到来?
歓声よりもざわつきが勝る会場と横たわるサントス選手。
グローブを外しながら眺めているが、中々起き上がらない。
心配で駆け寄ってみると、意識自体は戻っているらしく何事かを呟いている。
そしてこちらに視線を向け苦しげに上体を起こそうとするが、あまり無理はさせたくない。
ジェスチャーでそのままでいいと伝えた後、ついでにお礼も伝えた。
「サンキュー!グッドファイト!」
フィリピンでは英語も公用語だと聞いたので、それに倣ってみたが通じたかは分からない。
その後トレーナーの肩を借りてリングを降りる彼の背中に、ここまで来てくれたお礼を兼ね深々と頭を下げた。
そうしてぼけっと眺めているとリングアナに呼ばれ、中央でマイクを向けられる。
どうやら勝利者インタビューをしなければならないらしい。
「遠宮選手、見事なKO劇でした。今の感想をお聞かせください。」
湧き上がる歓声に緊張しながらも、会場を見渡し口を開いた。
「まず、今日足を運んでくださった方々、本当に有難う御座いました。今日の試合ですけど、彼は弱い選手ではなかったです。最後際どいパンチの交差があって、タイミングが前後していたらどっちに転んでもおかしくありませんでした。」
それだけの差で、ここまで明確な結果になるのもボクシングだ。
「今日の結果を見た県民は、更に期待を高めると思います。今後の目標をお聞かせ下さい。」
正直、今日ほどの出来た結果を期待されると困るが、それを表に出す訳にもいかないだろう。
「そうですね。まずはランキングを上げて、国内、若しくは東洋のベルトを狙っていきたいです。」
その言葉を聞いて、それなりに大きな歓声が響く。
「遠宮選手のこれからの活躍に、県民一同期待しています。有難う御座いました。」
こちらも同様に返しリングを降りると、花道の両脇からは沢山の人が手を伸びてきた。
汗に塗れた手で少し躊躇いながらも、伸ばされた手にタッチしながら戻り医務室へ。
軽い検診を終えた後シャワーを浴び控室に戻ると、相沢君や成瀬親子が仲良く談笑していた。
「つえがったな、統一郎。まだまだ伸びるな、おめは。」
皺だらけの顔を綻ばせ、成瀬会長が嬉しそうに語り掛けてくる。
「しかしこうなると、ますます手放したのが惜しくなってくるな。」
その息子である高志さんにも褒められ、俺が有頂天になっていると、
「調子乗んな、最後のタイミング結構危うかったぞ。それより、いつコークスクリュー打てるようになったんだよ。あれそうだろ?初めて見たけど結構使えそうだな。俺もやってみっかな。」
相沢君なら、今の自分程度の完成度すぐに追いつかれそうで怖い。
それから、今日の事、これからの事を少し話し合ってから解散となった。
そして人が少なくなり広く感じる控室に、陣営の四人の声だけが静かに響く。
「今日の試合は上手く行きすぎなくらい嵌ったね。でも、研究されるとこうは行かないよ。」
会長の言う通りで、こちらの武器が知られていなかったからこその、今日の結果でもある。
「厳しいな会長は、今日は坊主の完勝だろ。まあ、それがプロの目って事なんだろうけどよ。」
立場上ただ浮かれる訳にも行かないだろうし、何より俺が未熟なのは確か。
「遠宮さん、凄いパンチでした。練習でも見てましたけど、今日のは一番凄かったです。」
まだまだ課題の多いパンチではあるけど、いつか必殺技と呼べるようにしたいものだ。
その後、後援会長さんなどからもお褒めの言葉を頂いてから、意気揚々会場を後にする。
「坊主は一緒に帰んねえのか?はは~ん、もしかして女か?」
図星を突かれドキッとするが、肯定するのも何だか恥ずかしい。
「いや、その、元クラスメイトが祝ってくれるって言うので、待ち合わせです。」
完全にばれていたようだが、何となく隠してしまった。
そうして一人会場前で待っていると、後ろから声を掛けられ振り向く。
「遠宮さん、お礼を言おうと思って探してました。今日は本当に凄かったです。後、私達の曲、使ってくれて有難う御座いました。」
今日ラウンドガールを務めてくれた『BLUESEA』の少女達だった。
そういえば集中していたせいか、第一ラウンド終了のインターバルではその姿に意識が行かず覚えていない。
今思えば惜しい事をしたものだ。
だが、明君にしっかり試合の撮影は頼んでいるので、後でその姿を拝む事も出来るだろう。
「遠宮さんって本当に結構強いんですね。正直、この田舎で持ち上げられてるだけだと思ってました。」
そんな正直発言をしてきたのは、静かな雰囲気のある花さん。
藍さんが諫めているが、事実本当に強いかどうかはこれから分かる事なので、俺からは何も言えない。
「あっ、遠宮さんの試合でラウンドガールしたの私ですよ。見てました?三人で順番に出てたんですけど、二ラウンドで終わっちゃったので、私だけでした。」
テンション高くそう語るのは、一番幼い雰囲気を持った桜さん。
どうやらどの道、俺の試合では全員を見る事は出来なかったらしい。
まあ、だから何だという話だが。
「可愛いアイドルとの密会は終わったかな?ふふふっ、見ちゃったよ~。」
どうやら隠れて覗いていたらしい葵さんが、ニヤニヤした顔で背中から抱き着いてきた。
「密会って…誤解招く様なこと言わないでよ。彼女達、最近それなりに人気あるんだから。」
追っ掛けと言われるほどのファンがいるかは不明だが、誤解されて非難されたら堪ったものではない。
「はいはい。取り敢えず、おめでと。カッコ良かったよ、ほんとに…。」
いつもふざけている彼女に真顔で褒められ、思わず恥ずかしくて顔を逸らしてしまった。
「ああ~、照れてる。かっわいい~。」
するとさっきの彼女はどこへやら、あっという間にいつもの雰囲気に戻りほっぺをぐりぐりと弄ってくる。
「じゃあ、帰りましょ。ここからなら歩いても帰れるね。じゃあ、行こっか。」
そう語った後、腕を組んだままグイグイと引っ張っぱられ、会場から二人仲良く歩いていく。
そして三十分ほど歩いただろうか、甘い香りが情欲を誘う彼女の部屋へと辿り着いた。
「一郎君はシャワー浴びてきたんだっけ。じゃ、私浴びて来るね。」
部屋に入るなり、彼女はそう言うと浴室へ足を向ける。
静かな部屋に、女の柔肌を打つシャワーの音だけが響いていた。
直接その体を見る事が出来ない状況、それが不思議と男の欲情を一段と増大させていく。
そしてシャワー音を聞きながら静かに待っていると、彼女はバスタオルを巻いただけの姿で俺の前に歩み出た。
「取り敢えずご飯にしよっか。出る前に作っておいたから、レンジでチンすればOK。」
俺は声を掛けられても尚その姿に釘付けだった。
「…あ、ああ、そうしよっか。俺も腹空いてるし、丁度いいや。」
どう見ても他の事しか頭にない俺を見て、葵さんは愉快そうに笑っている。
「あははっ、大丈夫だよ。慌てなくても私は逃げないから。」
そして食事を済ませると、洗い物をする後姿に辛抱堪らず抱き着いてしまった。
しかし彼女は少しこちらに少し視線を向けただけで、微笑みながら洗い物を続ける。
「もう、しょうがないなぁ。直ぐに終わるから、そのまま待ってて。」
語りながら手際良く洗いものを片付けた後、俺は手を引かれるままベッドに横になる。
すると洗い物以上にこちらの衣服も手際良く脱がせてくれた。
前回とは違い、その手付きはとてもスムーズで中々の学習能力だ。
そしてバスタオルを脱ぎ捨て我が身の上に跨る彼女に、もう辛抱など出来る筈もない。
「…いいよ、好きにして。一郎君がしたい様にしていいんだよ…。」
囁かれる甘い言葉に誘われ、体を引き寄せ唇を重ねた後、滾る情欲に身を任せ繋がっていった。
行為が一段落済むと、明かりの消えた部屋で彼女は気怠げに体を預けてきた。
ふと時計に目を向けると、まだ二十二時にはなっていない。
そんな静かな夜を、互いの熱を肌で感じながら過ごす。
「ねえ、一郎君。今日さ、試合を見てて、皆本気なんだなぁって思ったよ。凄いよね。」
彼女の言葉に、夢見心地のまま生返事を返す。
「怖くないのかな?あんなに本気になって、見てて苦しかったよ。負けて泣いてる人いたもん。」
それが勝負の世界なんだから、仕方のない事だ。
「私には無理だな。本気になった痛みに耐える自信ないよ。だからね、絶対、私なんかに本気になったら駄目だよ?約束…ね?」
俺は彼女の言葉に返答せず、そのまま眠りに落ちた。
次の朝目覚めると、昨晩の弱気な葵さんは夢だったと錯覚する程いつも通りだった。
「今日もお仕事は休暇貰えてるんでしょ?だったら、ご飯食べた後、どこか遊び行こうか?」
「そうだな。じゃあ走ってきてから、どこ行くか考えようかな。」
ジムの練習には来なくていいといわれているが、これだけはやらないと落ち着かない。
「試合の次の日なのに走るんだ。殆ど病気だね。あははっ。」
何が面白かったのかは分からないが、楽しそうにしている彼女を見るのは嬉しかった。
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