第十九話 琉球の雄

トントンと軽く跳ね、調子を確認しながらモニターを眺める。


試合は第四試合に入っており、佐藤さんがリングに上がっているのだが、相変わらずの安定ぶり。


全く崩れる様子が見受けられず、試合は折り返しに入ってもなお一方的な展開。


多少リスクを背負う事になるが、倒しに行こうと思えば行けない事も無い流れだ。


まあ、実績を重ねるのが第一である今の段階で、そこまで無理をする必要も無いだろうが。


どうやら佐藤さんもそう思っているらしく、丁寧に距離を取って得意のアウトボクシングに終始している。


それでもやはりプロとして会場の盛り上がりが気になったか、最終ラウンドは倒しにかかった。


しかし追い詰めはするものの倒しきる事は出来ず、フルマークの判定勝ち。


正に盤石。


俺もこうありたいものだ。






「お疲れ様です。」


検診を終え帰ってきた佐藤さんを迎える。


モニター越しでは分からなかったが、やはり多少は痣も見え、恐らく最終回の打ち合いで付いたものだろう。


佐藤さんは少し微笑み俺を激励した後、シャワー室へ向かった。


モニターを見れば、セミファイナルが始まっている。


そろそろ本格的に仕上げておかなければならない時間、会長がミットを構え、俺は少しずつギアを上げながら叩く。


足が、少し重く感じた。


ふくらはぎ辺り、また試合中に攣りそうな気配がある。


「パンチの切れは悪くないよ。」


俺の少し曇った表情を見てか、すかさず会長が鼓舞する様に語り掛けてくれた。


こういう小さな気遣いが、選手にとっては本当にありがたい。


部屋の入り口付近では、清水さんと牛山さんが横並びに腕組みをして俺を眺めている。


チラリとモニターに目を向けると、試合はもう佳境。


最終ラウンド、激しい打ち合いが展開されどっちに転ぶか分からない白熱の攻防だ。


俺は視線を会長のミットに戻し、耳だけで結果を確認する。


勝者は成瀬ジムの新実選手。


僅差の判定だったが、こういうギリギリの勝負をものにできた事は陣営にとって大きいだろう。







「…坊主。」


牛山さんの声が掛かると、俺はすっぽりとガウンを被り、控室を後にする。


通路にはもう見慣れた後援会の人達の顔。


そこに叔父や陣営も加わり、激励を背に真ん中を通り抜け花道へと抜けていく。


会場に流れるのは前回と同じクラシック曲、飛翔。


背負うオジロワシの様に天高く飛びたてる事を信じて、松脂をシューズに染み込ませると一つ息を吐き、俺はリングを駆け上がる。


そしてロープの感触を確かめながら、挑戦者の入場を待った。


選手入場間の僅かな静寂が会場を包み込む。


その名がコールされると、激しいロックの曲調を従えてその男はやってきた。


見やれば赤いガウンに描かれる琉球の文字。


対角線上からゆっくり歩み寄りリングに駆け上がった瞬間、日焼けした肌から覗く白い瞳が俺を捉える。


意志を感じた。


絶対にベルトを持ち帰るのだという、強い覚悟を。











照明がリングを照らす。


静まり返る会場が、メインイベントの始まりを告げていた。


「お待たせ致しました。只今より本日のメインイベント。日本スーパーフェザー級タイトルマッチ…十回戦を行います!」


こちらに鋭い視線を向ける挑戦者に呼応してか、思わず俺も意志を乗せた視線をぶつける。


左右にゆらゆらと体を振っているだけの所作だが、それだけでも仕上がりの良さは伺えた。


「…赤コーナ~…十三戦十三勝無敗七KО、世界へ羽ばたく地方の星…百三十ポンドぉ~森平ボクシングジム所属ぅ~…日本スーパーフェザー級チャンピオン~とおみやぁ~とぉ~いちろぉ~!」


ガウンを脱ぎ捨て前に進み出ると、歓声を受け四方に一礼。


「続きまして青コーナ~…十二戦十二勝九KО…幾人もの世界王者を輩出してきた琉球からの刺客…百三十ポンドぉ~琉球拳闘会所属…日本スーパーフェザー級六位デビットぉ~ほぉ~~かまぁ~!」


相性は良いと会長は言った。


確かに良いのかもしれない。


だが、それと楽な試合になるかは全く別の話、彼は持っている、強い選手だけが纏う独特の空気を。


















「…向こう、凄く調子いいみたいだね。今まで通りで行けるかどうか、一ラウンド目少し様子見ようか。」


頷き、ゴングと同時に進み出る。


「………しゃす。」


パシンっと乾いた音が響き、試合の始まりを告げた。


構えが左右対称、鏡合わせで睨み合う。


直後、軽くその場でステップを刻み、リズムを取りながら挨拶代わりの左。


「…シッ!」


この一発目の反応如何で、相手が俺をどの程度の選手と認識しているのかが分かる。


すると相手は、しっかりガードを上げて受け止めた。


これはおかしい、今までは開始直後からグイグイ距離を詰めプレッシャーを掛けて来ていたはず。


加え、試合開始直後に放たれた、軽めのリードブローに対しての反応としては少し大げさに感じた。


だが同時に、その程度には俺を警戒すべき相手と認識している証拠でもある。


「…っ!」


そして直後、大きなストライドで踏み込んでくる。


オーソドックスに構える俺の、丁度真ん中辺りに右足を伸ばしてくる形だ。


対し俺は、会長に言われた通りリング中央に拘らず、軽くバックステップして様子見の左を伸ばす。


この選手のKОは九割が左のパンチ。


ならば当然警戒すべきも左だ。


「…チィッ!」


リードブローを差すように放つが、全く止まる気配は無く、再度体を激しく振りながら大きく踏み込んで来た。


様子見とは言え、後手を引きすぎる展開は避けたい。


これを機に、相手の呼吸やコンビネーションのタイミング、そして威力を計っておこうとガードを上げる。


放たれたのは右フックから左ボディ、そして左アッパーから再度右フック。


「…っ!?」


事前情報と違う。


いや、パンチがあるというのは事前情報通りだが、その内容が違う。


強いのは右、いや、右フック。


(なるほど…左でのKОが多いのはこっちに気を取られるからか…。)


モニター越しでは分からなかった情報。


そして再三繰り返す大きな踏み込みも、今までの試合では見せていなかった形。


大一番に備えスタイルを変えてきたのか、元からこういう戦い方が得意なのかは分からない。


どちらにせよ、厳しい試合になりそうだ。

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