第二十三話 新たなる年
一月一日の早朝、年が明け先ずどこへ行くか、そんなものは決まっている。
その場所へ足を向けると、やはり元旦の神社は人ごみにあふれ、いつもは駆けあがれる石段も今日ばかりは人波に埋もれていた。
最近は自主興行もやっておらず、地元メディアへの露出も控えめ、こうして歩いても掛けられる声は去年より少ない。
しかし来年には、この環境を改善出来るよう努めると誓いながら境内へ。
そして少し視線を巡らせると、お目当ての姿を発見。
髪を結い上げまとめた綺麗な巫女さん。
だが帰省した元同級生たちと談笑中のようで、俺は大人しく賽銭箱へと足を向ける。
(お参りが終わってもまだ話し中なら、またの機会かな…。)
数日はいると思われるので、別にどうしても今会わなくてもよい。
周りの会話に耳を澄ませていると、やはり昨日の試合を語っている者も多い様だ。
今までの御子柴選手にはない、どこか人間臭い試合…といってはおかしいだろうか。
中には限界が見えたと語る者もいるが、俺はそう思わない。
確かに能力という意味での限界はあるのだろうが、戦略次第では充分な伸びしろがある筈だ。
今までとはレベルの違う相手に対し、どうすれば己が通用するのかを模索しているのは見ていて痛いほど分かった。
俺の様な凡百はデビュー当時からやっているのだが、彼にとっては初めて迎えた本物の壁。
これで終わるような選手ではないだろう。
そんな事を考えているといつの間にか出番、毎度のことながら願うのは無病息災。
(さて…お参りは済んだけど、明日未さんの方はどうかな?)
何となくは分かっていたが、やはりまだ話し中。
視線が合いまた後でと口パクで告げたが、上手く伝わっていればいいが。
帰りは体を解しつつ雪道を走り、家に着いてからスマホを確認。
するとメールが届いている。
【夕方ぐらいに会えますか?】
何故だろうか、丁寧に伝えられるといけない事をしている気分になる。
当然了承の旨を伝え、それまでやる事はやっておこうと車を走らせジムへ向かった。
合鍵を使ってジムに入ると、外と変わらないひんやりとした空気が肌を包む。
元旦の昼間、当然誰も来る気配はなく一人奥に座りバンテージを巻き始めた。
暖房も今日はつけなくてもいいだろう。
気温が低いので念入りに体を解したら、シャドーで体に熱を巡らせていく。
会長がいるものと思いながら、緩みそうになる気持ちを引き締め三ラウンド。
音楽をかける事も無くサンドバックを叩いていると、色々な事を考えてしまう。
このまま進んで大成できるのか、会長が尽力してくれているのは分かるが、それでも道は作られるのか。
不安はあれど迷いはない不思議な感情。
四ラウンド叩き終えた所で、サンドバックに背を預け大きく息を吐く。
続きパンチングボールを叩きながら考えるのは、これから会う明日未さんの事。
大学も卒業を迎え、これからどうするのだろうかと。
まあそんな事は直接聞けばいいのだが、考えてしまうのは仕方ない。
そうして仕上げにロープ、縄跳びを三ラウンドほどやって今日はあがり。
夕方五時を過ぎ、神社の駐車場に車を停め待っていると、誰かが窓をコンコン叩く。
「ゴメン、待たせちゃったね。」
巫女服もいいが、やはり私服が落ち着く。
白いセーターに黒いウールコート、下は始めて見るジーンズ姿、何というか出来る女って感じでカッコいい。
因みに俺はジャージ姿。
彼女とは殆ど連絡すら取っていないのだが、一年振りでもこうして違和感なく会えるのは不思議だ。
軽く近況を聞くと、これからの事は未定であるらしい。
取り敢えずはこちらに帰ってきてくれるらしく、自然と頬が緩んだ。
そして車を走らせ僅かな時間、外で何か食べようかと聞くが、彼女は俺の手料理が食べたいと語る。
正月らしい食材が何かあったかと思い出すと、あるのは餅程度か。
帰り着くと、玄関には見た事のある靴があり来客を告げている。
「妹の友達が今日泊まりに来てるんだよ。でもあまり気にしなくていいから。」
「そうなんだ…ふふっ…なんか去年の事思い出すね。」
何かあっただろうかと思い起こすと、亜香里が壁に耳を付け盗み聞きしていた事実に行き着く。
今年はそれが二人に増えるのかと、互いに笑いあった。
俺の足音を聞きつけてか、亜香里が出てきた後ろからひょこッと顔を出す春奈ちゃん、その腕にはスイが抱えられている。
「お兄さ~ん、おじゃましてま~す。あ、もしかして彼女さんですか?私、後藤春奈と申します。よろしくお願いします。」
「初めまして、明日未咲と言います。亜香里ちゃんもお久しぶりです。」
「あ、はい。ど、どうも。ごゆっくり。」
取り敢えずの挨拶が住むと、亜香里たちは部屋に俺達は居間へと足を運ぶ。
彼女が居間の一角に視線を向けると、そこにあるのは父と祖母の写真、実は去年は置いていなかった。
一応仏壇代わりのつもりだが、それを察してか静かに手を合わせてくれる。
「今日の夕飯どうしようかな?出前でもいい?」
「良いけど、余り高いものは気が引けちゃうかな。」
「今日くらいは贅沢しても良いんじゃない?俺はお寿司を取りたいと思うんだけど。」
一年に一度の元旦、少しは甲斐性のある所を見せつけたいのだ。
結局、俺が強引に押し切る形でお寿司を四人前注文する事になった。
実は初めての回らないお寿司、電話するのに少し緊張したのは内緒。
注文から数十分後、お寿司が届くと亜香里たちも居間に呼ぶ。
実はスイにも、今日は少し高めのキャットフードを用意している、気に入ってくれるだろうか。
「わぁ~っ!すっごいご馳走ですっ!私も頂いていいんですかっ!?」
春奈ちゃんの喜びようは、こちらが嬉しくなるほどのもの。
そんな笑顔を眺める明日未さんも、とても嬉しそうな表情を浮かべている。
「兄さん…無理した?」
亜香里が小声で語り掛けてくるが、ファイトマネーはほぼ全て貯蓄に回しているので、実は金銭的に結構余裕があったりする。
四人で囲む宅は賑やかで、ずっと昔に父と暮らして時を思い出してしまった。
ふと叔父は寂しく一人なのだろうかと思ったが、そう言えば牛山さんと飲み歩きするとかなんとか。
後は、一応母さんにも連絡を取っておくべきだろう。
四人で正月番組を眺めながら、亜香里の学校での様子を聞いては煙たがられ、それでも上手くやっていると聞けば嬉しいものだ。
去年は辛いこともあったが、総括すればそれなりに良い一年だったのではなかろうか。
脇で高級猫缶を貪っていたスイも、どうやら満足したらしい。
夜も更け、お風呂はまず仲良し二人が先、その次に明日未さんが入り俺は最後。
歯磨きを済ませた後は当然就寝となるのだが、お客さん用の布団を用意するのを忘れていた。
「良いよ別に。去年も一緒に寝たし。今年も一緒に寝よ。」
彼女はそう告げた後、俺の頬に軽く口づけをしてくれた。
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