第二十二話 輝くために
会場の歓声が解説を掻き消すほどの盛り上がりだった。
そんな中、第一ラウンドのゴングが鳴り、両者軽快にリング中央へと進んでいく。
パシッと軽く挨拶を済ませた瞬間、王者の鋭い左フック、しかし見切っているのか御子柴選手は余裕を持って捌いた。
両者共に懐の深い選手なので、まずは慎重な探り合いに終始。
王者が踏み込みのフェイントを見せると、予想外に大きな反応を見せる挑戦者。
「あれ?御子柴選手、もしかしてちょっと緊張してる?」
よく考えて見れば、彼は俺も含めて本当に強い選手とは一度も当たったことが無い。
分かりやすく言えば、周りが用意してくれた安全なレールを通ってきた。
本人がいかに弱い相手とはやりたくないと語った所で、興行は商売。
下手を打つ可能性のあるマッチメイクは、陣営が避けて来た筈だ。
その途中で小石に足を取られ躓いてしまったが、さほどの問題はあるまい。
現にあれで評価を落とすという事は無かったのだから。
グローブがぶつかり合い微かな音がモニターから響く静かな展開、歓声も鳴りを潜める。
だが表情から見て取れる余裕は、挑戦者側の方が無い。
アレックス選手が度々見せるフェイント、いつもなら飄々とした余裕を見せるのに、今は一つ一つの反応に警戒が覗く。
そして互いが終始様子見と言った感じのまま、第一ラウンドが終わった。
「これ、どっちが勝ってるの?」
「う~ん、ポイントでは御子柴選手かな…手は出してたし。」
質問に明確な答えが出ないまま第二ラウンド。
いきなりアレックス選手が打って出る。
挑戦者の鋭いリードブローを掴む様にして払うと、そのまま肩から突っ込み押していきインファイトを展開。
御子柴選手はその距離を避けようと試みるが、モニター越しでは分からない駆け引きがあるのだろう、そのままロープ際まで押されていく。
今までのデータから、挑戦者側もそれほど苦手としてはいない距離、さてどうなるか。
「なんかくっついたまま動かないね…どうして?」
「初動を見極めてるんじゃないかな?お互いカウンター得意だし、あの距離でも倒せるから。」
押し合いへし合いを続けていた両者、どちらの言い分が通るか見ものだったが、これに勝ったのは挑戦者側。
相手のボディアッパーに合わせグイっと腕を押し込むと、強引に体を引きはがしロープ際を脱出。
今までなら相手の土俵で勝負するタイプだったが、流石に意地を張る舞台ではないか。
そこからは俺顔負けの弾幕を張り、中間距離を維持したままゴング。
このラウンドは明確に挑戦者が取っただろう。
続く第三ラウンド、相変わらず王者は大人しい。
いや、戦前の予想よりも相手がやりにくく攻めあぐねているのかもしれない。
だが徐々に、トントンと踏むステップが挑戦者のリズムに合ってきた。
「あ、ギア上げてきたね。」
御子柴選手は、明らかにこれまでとは違う鋭さのワンツーを放つ。
「あれガードしても後頭部が痛くなるんだよ…。」
相手のデータはあっただろうが、王者側の予想を超えていたのは反応から見て取れる。
セコンドから何か指示が飛んでおり、その声には多少の焦りが見えているからだ。
しかし慌てているのはセコンドだけで、当の本人は涼し気。
「出た。得意のコンビネーション。」
御子柴選手得意の、左三連打からの右。
王者はスウェーバックから横に上体を逸らし避けると、右に合わせカウンターの左を伸ばす。
これは互いが首をひねる様にして躱し会場からため息が漏れた。
試合はどっちつかずの展開のまま六ラウンドに入っている。
【……ここまでポイント的にはどっちに傾いていますかね?】
【そうですねぇ~ダメージはどちらも無いでしょうが、やはり手数を考えると御子柴君でしょうか。】
俺は聞きながら、大体こういうこと言ってると試合が動くんだよなぁと思っていたその矢先、
【あぁ~~っ!ダウンっ!!挑戦者ダウンを取られましたっ!!】
所謂フラッシュダウンという奴で、一瞬マットに手を着いてしまっただけ。
だが、そこまでの過程が問題だ。
御子柴選手がサイドに回り込もうとした時、スッと伸ばされた右がクリーンヒット。
あれは俺もスパーでもらい、最後まで反応できなかったパンチ。
この試合では恐らく始めて打ったはずだ。
当然研究もしていただろうが、勘の良い彼でも反応できないという事は、よほど打つ際の予兆が分かりにくいのだろう。
「ダウンって言ってるけど、倒れたのになんか元気だね。」
「ダメージ無いからね。でもこれで立ち回りは制限されるよ。」
逆に王者側は完全に相手のスピードに対応できるようになってきた。
簡単に言えば、地力が如実に表れる展開になって来てしまったのだ。
ポイントを取り返そうとしているのか、若しくは意地になっているのか、この辺りから御子柴選手の立ち回りに荒さが目立ち始める。
第九ラウンド、王者は不用意に伸ばされた挑戦者の右を力任せに叩き落とし、近い距離の戦いに引き摺り込む。
拒否する挑戦者をそこから逃がさないステップワークは流石の一言。
そして相手の目を覗き込む様に何度も何度もガードの上を叩き、狙える一撃を催促。
「あっ!!」
思わず声が漏れてしまった。
挑戦者が右を打つ瞬間、王者もそれに合わせ左を被せる。
だが、御子柴選手は流石の反応でその右を止め、カウンターへ更にカウンターを合わせた。
そこで伸びてきたのが、またもノーモーションの右ストレート。
これは何と言えばいいのだろう、カウンターのカウンターを狙ったカウンター、う~んややこしい。
重いパンチではないが、もらったタイミングが悪すぎたのだろう、完全に腰が落ちる。
「あっ!クリンチ…始めて見たけど、やっぱり下手だな…。」
人生でクリンチなどしたことが無い為か、それは一言で言ってお粗末。
でも腕にしがみつくその必死な姿勢は共感でき、思わず感情移入してしまう。
レフェリーの声を無視して掴み続けたので注意を受けたが、減点には至らず再開、直ぐにゴングが響き事なきを得た。
その後も再三あの右に苦しめられ、ロープ際を追いかけられる展開が続く。
そして最終ラウンド、コーナーに追い詰められながらも必死に打ち返す頑張りを見せ試合終了、結果は判定へと持ち込まれた。
会場は喧騒に包まれ皆が固唾を呑んで待つ中、判定の結果が遂に読み上げられる。
【……以上三対〇を持ちまして勝者…赤コーナーっ!アレックス・モラン~~っ!!】
【あ~~っとっ!挑戦者善戦しましたがっ!惜しくも世界タイトル奪取成らず~~っ!!】
確かに負けはした、だがこれは逆に名を上げたのではないだろうか。
少なくとも、世界のコアなボクシングファンには刻まれたはずだ、ボクサー御子柴裕也の名が。
彼のファンというのは、基本ボクシングに関心が無く彼を神格化しがちであり、それがこれまでマッチメイクにも影響を与えていた。
もしかしたら、彼自身がその楔を解き放ちたいと思っていたのではないだろうか。
世界には自分より強いやつなどいくらでもいる、だがそれでも挑戦するんだと、そんな姿勢を見せたかったのではないか。
これからもっと大きな舞台へ羽ばたき、本物となる為に。
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