第二十四話 あの日の続き

隣の部屋からは、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


如何にも女子高生と言った感じの雰囲気に、今までを知っている身としては本当に嬉しくなった。


一方こちらの部屋はと言えば、とても静かな空間。


エアコンすら起動していない冷えた一室を照らすのは、小さな豆電球だけ。


同じ布団に潜り込んでいるのだが、隣り合うのではなく、俺が上になり何度も唇を重ねる形。


彼女とそうしたのは一体何時だっただろうか。


そうだ、あの卒業式の日、別れの日にぎこちないキスをして以来だ。


抱きしめる肩は少し震えているが、ここで止めるのは彼女も望むまい。


「着替え…持って来てない…から。全部脱がせてから…お願いします。」


緊張すると敬語になるのだろうか、正直可愛いと思う。


ここでふと悩む、俺が先に脱ぐべきか、それとも先に脱がせるべきか。


数秒の思案のち、前者を選択。


上体を起こしあまり時間を掛けると寒いだろうと配慮し、上下のジャージを一気に脱ぎ捨てると同時下着も放り投げる。


なれば当然、男性の象徴もお目見えし、目の前にした彼女が唾をゴクリと飲み込んだのを感じた。


こういう初々しい反応は、男の情欲を掻き立てるもの。


一瞬の迷いが覗いた瞳ごとねじ伏せる様に唇を重ね、視界の外で先ずはジーンズを脱がせていく。


唇を離せば迷いは加速するだろうと、上はそのままに下着にも手を伸ばした。


彼女はようやく観念したのか、瞳からは逡巡の色が消え去っている。


「な、何かさ…慣れてるんだね…。」


慣れてなどいない、俺が知っている女性はたった一人、本気で愛したあの人だけだ。


「…嫌かな?」


「そういう訳じゃないけど…何て言うか…先に行かれてた寂しさみたいな…。」


男とは勝手なものだ、己を棚に上げ独占欲を叩きつけてしまう。


語りながらもその手は止めず、早く一糸纏わぬ肢体を見せてくれと、多少強引に上も剥いでいく。


そして漸くあらわになる彼女そのもの。


その時彼女の揺れる瞳を見て気付く、緊張からか相手への気遣いが少々抜けてしまっていることに。


互いの熱に隔たりが無くなると、落ち着く意味も込め、額をコツンと当て合い少し間を置いた。


そうして数十秒過ごし冷静になると、隣の部屋から聞こえていた話し声が一切聞こえなくなっている事に気付く。


何故かなど丸わかり、薄い壁だ、何かがこすれる音はこちらによく響くのだから。


「…今回は止めないよ?このまま…ね?」


それは俺にしても同じ事、ここから辛抱しろとはあまりにも殺生。


性欲と言うのは抑えが利かないものだとよく言うが、少なくとも俺は誰が相手でも良い訳では無い。


あの日、葵さんと別れてから決めていた。


彼女に、明日未さんに思いを告げてからでなければ、次には進まないと。


結果がどうこうではなく、そうしなければあまりに不誠実に思えたのだ。


何より、俺が伴侶として葵さんほど深く愛せる女性は、彼女しかいないから。


そして何度目かの嬌声が響いた時に気付く、告白っていつしたっけ…と。


「…明日未さん、結婚を前提に俺と付き合ってください。」


「えっ!?それ今言うっ!?」


散々体をまさぐり、これからいざ本番という時に告げた告白。


明日未さんは驚きの声を上げながらも、優しい笑みをもって返事としてくれた。


だが気付いた事はもう一つ。


「あ…避妊具ないや。このままで良い?」


彼女は少し悩んだ後、全てを受け入れる様に両手を広げ俺を包んでくれる。


痛みに耐える彼女の顔はとても美しく感じられ、少々暴走しかけたのは事実だが、いつかの経験が活きそれなりには優しく出来たのではないだろうか。









行為が済むと、肩で息をする明日未さんを抱き寄せ、静かに語りあう。


「あのさ、いつか一緒に喫茶店やりたいって言ったらどう思う?」


「…喫茶店かぁ~うまく行くかなぁ…。」


「分からないけど、あす…咲さんがピアノ弾いたりしてさ、亜香里がコーヒー淹れて俺が料理作って。」


「ふふっ…呼び捨てで良いよ。私は統一郎君って呼ぶけどね。そっか…妹さんの居場所、作ってあげたいんだね。」


「そんな大したもんじゃないけど、もしかしたら自分で仕事見つけてどっか行くかもしれないし。」


「じゃあ、その時は二人で回せばいいよ。コーヒーは私の係かな?」


「本当にやるとしたら、先ずはどっかで修行しなきゃだよね。」


「それは私が行くよ。統一郎君なら料理は何とかなりそうな気もするし。」


「何かこういう話してるのって楽しいよね。良い店無いか今度会長辺りに聞いてみよう。後で電話するね。」


「うん。待ってる。」


そんな会話を続けている内に、いつの間にか寝入ってしまっていた。








翌朝目が覚めると、既に明日未さん…咲の姿が無い。


そういえば朝食の用意は任せろとか言っていたのを思いだした。


俺は横に投げ捨ててあるジャージを着ると、台所に足を向ける。


「あ、起きたんだ。お早う。」


「うん。お早う…咲。朝早くから有り難うね。俺は走って来るから。」


「うん。行ってらっしゃい統一郎君。」


慣れない名前呼び、少し照れ臭さがありつつも顔を洗い柔軟、ロードワークに向かう。


足首辺りまでの積雪を掻き分け、今日は良い天気だなと天を仰いだ。


こんな気分で走れたのは何時以来だろう。


大袈裟に言えば、希望にあふれている。


実際に俺自身何かが変わった訳では無いが、それでも腹の底から力が湧いてくるようだ。


神社の石段を勢いよく駆け上がると、意味ありげに俺を眺める宮司の拓三さん。


いずれは挨拶に来なければなるまいと思いつつ、更に三往復してから帰路に着いた。


シャワーを浴び居間に戻ると、仲良し二人が少し気まずそうに座っている。


何故かなど分かり切っているが、一々掘り下げる必要性は感じない。


「お早う二人供。昨日はよく寝られた?」


問い掛けられた春奈ちゃんは、亜香里に視線を向けた後、元気に答える。


「は、はいっ!!おかげさまで良い夢を見られましたっ!」


良い夢を見られるような環境では無かったと思うが、本人がそう言うならそうなんだろう。


そうして微妙な空気で三人座り待っていると、向こうから咲の声。


「ごめ~ん、運ぶの手伝って~。」


立とうとする俺を制し女の子二人が向かい、朝食をお盆にのせやってくる。


「冷蔵庫にあったからトロロ汁作ったよ。お正月に食べる地方もあるらしいから。」


これぞ正に以心伝心、俺もそれをやろうと思っていたのだ。


だが昨日トロロ料理を出すのは、色々と下心を出し過ぎかと控えた次第。


春奈ちゃんは食べる事が大好きなようで、美味しそうな食事を前にすると、先ほどまでの空気はどこへやら。


俺は昨日と同じく賑やかな食卓を懐かしく思いながら、暖かな手料理を満喫するのだった。

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