第二十話 突然の幕切れ

「はぁっ、はぁっ、すみません、注意しろって言われたのに…。」


項垂れながら会長の顔を覗くと、思ったほど深刻な表情をしていない事に気付く。


「うん、そうだね。こちらも結構な損傷を負ったけど、向こうはそれ以上だよ。引き返していく時、完全に足を引き摺っていたからね。」


相手の状態を確認する余裕が無かった為分からなかったが、会長が言うのなら間違いない。


そう思うと急に力が戻ってくると同時に、己の現金さを感じる余裕さえ生まれた。


視線をリング上に戻すと、ラウンドガールの少女と目が合う。


それは、三人組の中でも比較的冷めているというか冷静なイメージのある花さん。


その視線には、何となく激励の意志が込められている様な気がしたので軽く頷き返しておいた。









第五ラウンド、相手の出足が鈍い。


見るからに足が上がっておらず、あの軽快なフットワークも鳴りを潜めている。


(そうか…効いてるんだ。だったら、引き摺り込んでやろうじゃないか。)


クロスレンジでの打ち合いはこちらに分がある事実が証明されている。


じりじりと摺り足でにじり寄っていき射程に入った瞬間、両者覚悟を決めた打ち合いが始まった。


「シィッ!シッシッ…シィッ!」


お互いのパンチをガードして、打ち終わりを狙う。


まるでターン性のゲームの様に、規則正しい打撃音が会場に響いていた。


(上だっ。まず上に意識を集中させるんだ。完全に意識が行ったら思いっきり下を突き上げる。)


攻撃順が決まっているかの様な攻防が続いた後、相手の右フックに合わせ、被弾覚悟で左ボディを突き上げた。


「…フッ!!」

(……手応えあった!)


返しが刺さると確信し、次を考えることなく渾身の右フックを放つ。


「……シィッ!!」


しかし、それは相手の頭上を僅かに掠め空を切った。


「ダウンッ!」


見れば、眼下には腹を抑えてうずくまる相手の姿。


(これでダウン一回ずつ。こっからだ。油断するな。)


これで終わるとは更々思っていなかった為、臨戦態勢緩めずコーナーにて息を整える。






「スリー!、フォー!、ファイブ!………」


相手を睨みつける様な表情のまま見つめていると、突如カウントが止み、何故かレフェリーがその頭上で両手を何度も交差した。


状況が分からずリング上に視線を巡らすと、視界の端にひらひらとタオルが舞っているのに気付く。


それと同時、音も無くタオルがマットに落ちる。


突如訪れた幕切れに中々気持ちが切り替わらないが、それでも厳しい一戦を勝ち残った事は確か。


俺は静かに天井を見上げると、大きくため息をついた。









会場には大歓声が響き渡っていた。


試合終了を告げるゴングの音すらも掻き消さんほどに。


「おめでとう!よくやったよ遠宮君。」


喧騒の中、及川さんがいの一番に駆け寄って抱き着いてきた。


その顔は本当に嬉しそうで、こちらも頑張った甲斐があるというものだ。


「こんのっ、ハラハラさせやがって。まあ勝ったからいいけどよ。」


牛山さんは心底ほっとした表情でグローブを外してくれた後、タオルを投げつける様に渡してくる。


そして拳を突き出してきたので、ゴツンと音が出るくらい強く当てておいた。


少し痛がっている牛山さんを横目に、会長にも視線を向ける。


「ダウンはあったけど、概ね悪い内容じゃなかったよ。一発で倒そうとか意識する事もなかったしね。」


そこは前回の試合からの反省を生かした結果だろう。


結局自分は積み重ねて倒すタイプであり、一発を狙う様な選手ではないという事だ。


そこで相手陣営への挨拶を忘れていた事を思い出し、急ぎ赤コーナーへ駆け寄っていく。


「今日はわざわざ来て頂いて有難う御座いました!」


その声に、相手セコンドの人達も軽く手を挙げ応えてくれる。


柴田選手はこちらの肩をポンポンと叩きながら静かに頷いていが、やはり悔しさは隠せていない。


そしてリングを降りようという時、こちらを向いて口を開いた。


「タイトル狙うんなら、来月の試合は見といたほうええよ。御子柴すげえ強えから。あぁ~…でもあんたなら、もしかしたら良い勝負出来るかもな。」


その試合とは言わずもがな、チャンピオンカーニバルの事を言っているのだろう。


俺は頷いた後、深く頭を下げ敬意を表した。


顔を上げると、毎度恒例のインタビューの時間が待っており、リング中央へ。


リングアナの後ろに目をやると、ラウンドガールの三人も並んで立っており、自分の勝利に花を添えてくれている様だ。


「相手の柴田選手、強敵でしたが遠宮選手はどう感じられましたか?」


一拍考えた後、頭の中を整理して声に出す。


「そうですね。早いしディフェンス技術もしっかりしていて正直危なかったです。まあ皆さん見ていたから分かっているでしょうが。」


会場から少し笑い声が響いた後、更に質問が投げかけられる。


「これでランキングも上がり、いよいよタイトルが見えてきましたが、今ここに集まっているファンは、遠宮選手の腰にベルトが巻かれる日を待っています。」


ファンと言われると、今までそんな事を意識した事が無かった為、少し気恥しくなった。


「そうですね。勿論狙って行く事には間違いありませんが、ここからは更に苦しい戦いが続くと思うので、応援よろしくお願いします!」


歓声に応えながらリングを降りると、医務室で検診を行い控室へと向かった。







控室に戻ると、明君や佐藤さんも待ってくれており、口々に祝福してくれる。


「少し冷や冷やしましたけど、流石でした。」


笑顔を浮かべながら語り掛けてくるのは佐藤さん。


打たれた部分が少し腫れてきている様だ。


「すいません。ダウンした所で動揺してカメラ落としちゃって、上手く取れてないと思います…。」


動揺の原因を作った本人としては、構わないと言う以外ないだろう。


「片付けは私達でやっておくから、遠宮君は汗流してきな。いつまでもそのままじゃ気持ち悪いでしょ。」


そう言う及川さんの心遣いに甘え、シャワーを浴びに行く事に。


通路を歩いていると、中継してくれたテレビ局の関係者等が口々に良い試合だったと褒め称えてくれる。


当たり前だが、本当に多くの人が関わってこの興行が成り立っているのだという事を実感させられた。

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