第20話 成長しない男

「じゃあ遠宮君、悪いけど後は宜しく頼むよ。時間が空いたら皆手伝いに来るから。」


「うん。大丈夫。去年もやったし何とかなると思うよ。」


文化祭当日、模擬店の準備も終わりクラスメイトの殆どがそれぞれ部活毎の出し物に散っていく。


現在調理の方は殆ど終わっており、後は接客係の受けた注文に対して出すだけなので問題ないだろう。


混乱しない為それぞれの役割は前もって決めている。


俺が接客に向かない事は皆承知しているので、当然調理係だ。


与えられた役割をこなすべく、今回下拵え等にはそれなりに手間を掛けた。


とは言ってもネットで調べたレシピを真似ただけだが、プロも使っていると書いてあったので不味かろうはずがない。


一応クラスの皆にも味を見てもらったが概ね好評だったので、この時点で俺の仕事は殆ど終わった様なもの。


何て思っていると、売れ行きが予定より好調で追加の分も作らなくてはならなくなった。


「何だか忙しそうだね。手伝うよ。」


声のする方に目を向けるとエプロンを着た明日未さんの姿があった。


その姿に一瞬目を奪われそうになるが、今はそれ所では無いと自分に言い聞かせる。


「あ、有り難う。凄く助かるよ。」


正直どうしようもないと思っていたので、本当に助かった。


それでも厳しい現状には変わりなく、想定よりも早く無くなりそうだったので、炒めながら隙を見ては野菜を切り、完成間近の鍋を見ては灰汁を取り味見をするという中々の忙しさだ。


「どこから手を付ければ良いかな?」


「じゃ、じゃあこれとこれ炒めておいてほしいんだけど、お願い出来るかな?」


炒める順番や調味料を入れるタイミング等を伝えると、彼女は思った以上にスムーズな動きで作業を進めてくれた。


それは普段から料理をしていなければ出来ない動きだろう。


美人が料理をしている姿は良いものだと又も目を奪われそうになるが、踏みとどまり野菜を切る手をさらに加速させる。


トントントントントントントントントン、正直自分でもここまで早く野菜を切るのは初めてだったが、火事場の馬鹿力と言うのだろうか不思議なほど良く手が動いた。


「うわぁ、遠宮君ほんっとに凄いね。プロみたい。」


隣で炒め物を任せている明日未さんが驚いた様子で語る。


俺も男だ、女性にこんな風に言われては張り切らざるを得ない。


そんな下心パワーもあり、何とかぎりぎり回りそうだ。


しかし多少余裕が出てきたせいか、また意識が変な方向に向いていく。


(何か隣同士で料理してるのって新婚夫婦みたいだな。)


恐らく今の俺は最高にだらしない顔をしているに違いない。


「何て顔してんだお前…。」


どこかで聞き覚えがある声がして顔を向けると、そこには良く見た顔が三人。


「ちゃんとやってるかと思って来てみれば、鼻の下伸ばして全く。」


叔父が言葉とは裏腹にこれ以上ないほどニヤニヤしながら語る。


一番見られたくない所を見られてしまった。


「良いじゃねえか恵一郎さん。坊主も年頃なんだからよ、女の一人や二人。」


しかも牛山さんが全くフォローになっていない言葉で追撃してくる。


これ以上この話題を広げてほしくない。


こうなれば会長に一縷の望みを賭けるしかないのだが。


「いやぁいいねえ。青春してるね。若者の正しい在り方だよ。」


この有様だ。


話題を変える所か更に広げようという気配さえある。


やはりこの流れは自らの手で変えるしかないようだ。


「三人とも、そんな事よりこの豚汁自信作だから食べてってよ。」


少し強引かと思ったが、このくらいじゃなければ延々と弄られそうなのも確か。


「もしかして遠宮君のご家族の方ですか?」


話の流れを変えられそうだという時に、まさか明日未さんの方から加わってきてしまった。


「はい。統一郎の叔父の恵一郎です。不束な甥ですがどうぞ良くしてやってください。」


「あ、はい。明日未咲と申します。こちらこそいつもお世話になっております。」


これは一体何なんだろう。


叔父は冗談でやっていると分かるのだが、明日未さんは真面目に返答している為止めるに止められない。


後の2人は横で口を挟む事無く微笑ましそうに眺めているだけだ。


「こいつは頑張り屋でねぇ。良い奴なんですよぉ。候補の一人に考えてやっちゃあくれませんかね?」


もう乾いた笑いしか出ない。


叔父は完全に悪乗りしている。


「恵一郎さん、もうその辺にした方がいいですよ。」


流石会長、俺の事を良く分かってくれている。


もう一人の方は何だか明日未さんを見ながら考え事をしている様だ。


「あ!思い出した。嬢ちゃん森平神社の娘さんだろ。暫く見てなかったから分かんなかったわ。」


森平神社というのは、いつものロードワークで折り返し地点にしているあの場所だ。


なるほど確かにあそこは高台だし、間抜けな俺の姿もよく見えたはずだ。


牛山さんは知り合いかと尋ねる二人に説明しているらしい。


「えっと、明日未さんはあそこの神社の娘さんなの?」


「うん。たまに石段を箒で掃いたりしているのを見ているはずなんだけどな。」


そう言われれば上の方で掃除をしている女の子が偶に居た様な気がする。


今まで何て勿体無い事をしてきたのかと後悔したが、これからの事を思えば朝のロードワークが少し楽しみになりそうだ。


その後身内三人組は自信作の豚汁に舌鼓を打って帰っていった。


三人がいたのはほんの十分程度だったはずだが、疲労感が凄まじい。


「楽しい人達だね。遠宮君って偶に思い詰めた様な顔してるから心配だったんだよ。」


そう言われ思い当たる節を探ってみる。


確かに思い描いていたものが現実になるにつれ、同時に不安も大きくなっていったのかもしれない。


しかしそれを表面に出した覚えは無いはずなのだが、気付くにはそれこそ一挙手一投足に注意を払わない限り分からないのではないだろうか。


(もしかして明日未さん、俺に気があるんじゃ…。)


そんな事を考えている自分に気付き、思わず溜息が漏れる。


中学の時からあまりにも成長していない精神性に、自分自身呆れてしまいそうになった。


恐らくこの後は打ち上げ等もありそうだが、今日はこれ以上悪化しないうちにジムで汗を流した方が良さそうだ。


「あ、そうだ。遠宮君のアドレス教えてよ。スマホ弄ってるの見た事無いけど持ってたよね?」


「う、うん。普通のメール以外やらないけどそれでも良いなら。」


SNSはあまり得意では無い為、現状殆ど触れていない。


勿論試しに少しだけ手を出した事はあるのだが、何となく俺には合わなかったのだ。


お互いのアドレスを交換し合うと、俺の携帯に初めて女性の名前が記載された事実に妙な興奮を覚えた。

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