Genius side 3

『備前直正崩れ落ちる~っ!白熱の熱戦、軍配は若き遠宮に上がった~っ!』


確認しておけと言われ渡されたDVD。


次の試合の相手である遠宮統一郎のものだ。


この映像から分析すると、堅実な中に大胆さも兼ね備えた選手といえる。


(これならそれなりに良い試合を演出できそうだな。)


先のインタビューで持ち上げすぎてしまった為、少し不安に思っていた所だ。


(しかし、コークスクリューか。)


創作物ではよく出るが、現実で使う選手は多くない。


立ち上がり、見よう見真似で打ってみる。


「シッ!」


どうにもしっくり来ない。


何度か同じように試していると、ようやく同程度のものに仕上がった。


(意外に難しいもんだな。連打が利かないってのも痛い。…まあ取るに足らないな。)


特に警戒する必要もないだろうと、記憶の片隅へそっとしまう。


そしてソファに体を預けたと同時に扉がノックされ、軽い返事を返すと、


「失礼します。お茶をお持ちしました。…あら、珍しいですね。あなたが相手の研究をなさるなんて。その子はお強いのですか?」


入ってきたのは涼やかな笑みを浮かべた燈子。


お茶をテーブルに置き、視線を大きなスクリーンに向けながら問い掛けてくる。


「う~ん、それなり?まあまあ?」


正直強敵かと聞かれれば否と答えるが、雑魚かと聞かれても否と答えざるを得ない。


そんな微妙な印象だった。


「そうですか。でも、世の中何が起こるか分かりませんから…ご注意を。」


忠告と共に妖艶な笑みを浮かべる彼女を抱き寄せ、欲望を吐き出してから眠りについた。












二月に入り、俺は連日テレビや雑誌の取材で大忙しにしていた。


その中で空いた時間を使い憩いの空間である図書館へ足を運ぶと、いつもの席にいつもの女の姿。


こちらに気付くと見ていた雑誌をパッと閉じ、頬を朱に染めながらも歩み寄る俺に嬉しそうな視線を投げかけて来る。


「す、少し頬がこけたね。わ、私に心配される謂れはないと思うけど…。」


確かに人に心配される必要はないが、突っぱねるほどガキでもない。


「全然平気だよ。心配してくれてありがとね。」


そう返事を返した後、これ見よがしに隣へと腰を下ろす。


彼女に対しての感情は、今でもまだ分からない事が多分にある。


だが、そんな些事などどうでもいいと思えるほど、こいつは見ていて面白い。


先ほど閉じた雑誌に目をやると『目指せモテカワ女子』と書いてあった。


「へぇ、ファッション誌読んでるの珍しいね。」


態々ここに来て読まなくても良い様なものだが、ここで読みたくなる気持ちも分かる。


「や、やっぱり似合わないよね。私なんかが…こんな…。」


別に他意はなかったのだが、一人で深読みし沈み込んでいった。


その姿を見ると少し心が痛み、慰める様に頭を撫でる。


「そんな事ないよ。今日はスカートが短すぎて少しドキドキするけど、凄く似合ってると思う。可愛いよ、とっても。」


この女の面白い所は、こちらが思った通りの反応が返ってくる所だ。


今も茹で上がってしまうそうなほど真っ赤になりながら、チラチラとこちらに視線を向けている。


「み、御子柴君が持ってるのは、ど、どんな本なの?」


今俺が持っているのは【武術大全】というかなり分厚い本。


「これはね、古今東西の武術の技が解説されていて結構面白いんだよ。」


どんな武術においても、打撃に対しての捌きの技というものは存在しており、これらを吸収する事によってボクシングの幅も広がると思っている。


「な、何か凄いね。勉強家なんだ。御子柴君。」


キラキラとした表情で覗き込んでくる彼女に乗せられ、自然俺の口も滑らかに。


「中でもね、この円を描く様な動作で打撃を捌く技術は有用だと思うんだ。まあ、実際は捌くと同時に眼球を抉るっていう技なんだけど。後はこれとか…」


俺とした事が、気付けば聞きたくもないであろう技術解説に熱が入ってしまっていた。


そんな自分に気付き一度軽く咳払いをした後、いつもの平静を取り戻す。


「ごめんね。聞きたくもないこと聞かせちゃって。」


彼女はポカーンとした表情を引き締め、我に返ると口を開いた。


「う、ううん。そんな事ないよ。う、嬉しかったよ。み、御子柴君が楽しそうにしてるの見られたから。」


何だろうか、釈然としない。


これではまるであちらがマウントを取っているみたいではないか。


そんな事を考え、子供じみた悪戯を繰り返した自分に多少の呆れを覚えた。



















「御子柴、世界前哨戦決まったからな。頼むぞ。」


インターバル中、珍しく会長が声を掛けてくる。


どうやら次の防衛戦は勝つものと想定し、既に次戦の予定を組んでいるとの事。


それには当然綾子さんも関わっているらしく、先の世界戦を見据えかなりの出資をしている様だ。


正確に言えば、俺の要望に応えて綾子さんが主導しているという形。


言う事を聞かなければ移籍も考えるとちらつかせれば、ジム側とてどうしようもない。


しかし白井だけはそんな流れに逆らう様に、事あるごと苦言を呈してくる。


「会長、ボクシングは何があるか分からないんですよ?先の事よりもまずは直近の試合に全精力を傾けるべきでしょうっ!」


厳つい顔の割につまらない事を言う男だ。


あの程度の相手に俺が躓くなど、交通事故に遭うくらいの可能性だというのに。


「しかしな白井、世界を狙うともなれば、事前準備は前もってやっておかなければな…。」


これは会長の言う事にも一理ある。


世界戦を行うなら、王者の予定も考慮しかなり早い段階から話を付けておく必要がある筈だ。


会長にしても、取らぬ狸の何とやらだけで話を進めている訳ではないのだろう。


「それでも俺は、今は目の前の試合に集中すべきだと思います。」


誰も疎かにするとは言っていないのだが、全く心配性なゴリラである。


「白井さん落ち着いてください。俺も最善を尽くしますから。」


正直、最善を尽くさなければならないほど警戒してはいないが、陣営の心労を軽減させるのも役目だろう。


俺の言葉を聞いた白井は大きくため息を吐き再度苦言を呈す。


「分かったよ。お前がそう言うなら信じる。だがな、あの相手は何か嫌な感じがするんだ。…今までの様な余裕は見せるなよ?」


反論しても面倒な事になりそうだったので、只頷くに留めた。


いずれにせよ、どちらの感覚が正しいのかは結果が出るまで分からないのだから、俺は俺らしく在るだけだ。

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