第四話 背負うという事
翌日、仕事も終わりジムに顔を出すと、顔を腫らした明君がバンテージを巻いていた。
うちのジムの選手は試合後強制的に叔父の検診を受ける事になっているのだが、この様子なら問題なかったのだろう。
「…今日くらいは休んでも良いんじゃない?」
俺がそう語り掛けると、明君は笑い返してくれる。
その顔は空元気と言う感じではなく、しっかりとこれからを見据えた表情だった。
この先、俺が初めての敗北を喫する時が来たとして、同じように立ち上がれるだろうか。
もしかしたら精神的な強さで言えば、彼は俺なんかよりもずっと強固なものを持っているのかもしれない。
そんな事を感じた。
五月の中旬、三日に一度は食事を作りに叔父のマンションへと赴くのだが、この日はおかしな事を問われた。
「なあ統一郎、お前にもし兄弟がいたとして、一緒に住むのは嫌か?」
話の骨子は見えないが、まあ世間話の一環だろうと軽い気持ちで応える。
「なにいきなり?う~ん、兄弟がいる感覚ってのが分かんないけど、別にいいんじゃない?」
弟、若しくは兄がいる自分を想像するが、どうにもイメージが湧かない。
だが兄として俺がイメージするのは、何故か相沢君の姿だった。
「そっか。もしかしたらお前の妹にあたる子を預かるかもしれねえから一応覚えておいてくれ。」
言われ思い返すと、墓参りの時に会った母さんが娘がいるとか言っていたのを思い出す。
「ああ、俺とは父親違いの?」
「そうそう、そんなにガキって年でもなさそうだし、面倒は掛かんねえと思うぞ?」
思春期の、しかも異性を預かる事には流石に抵抗もあるが、分別の付く年齢なら大丈夫だろう。
「うん。別にいいよ。その時は直前にでも連絡くれれば迎え行くから。」
「まあ、もしかしたらッて程度の話だ。一応な、一応。」
不確かな話らしいので、記憶の片隅にしまっておく事にしよう。
五月も下旬に差し掛かると、周りも俄かに活気づいてくる。
「統一郎君、ポスター貼っておいたからね。頑張ってね。」
品出しをしていると、副店長が激励してくれた。
試合が近くなると、休みの日には近場の商店などを回りポスターを貼らせてもらうのだが、今回はジムの練習生達が率先してやってくれているので俺は楽なものだ。
こうして色々な人たちに支えてもらっている実感が沸いて来ると、自然気合も入る。
特にこの試合は大きな壁を乗り越えて迎える初めての一戦。
真の意味で俺の真価が問われる試合ともいえよう。
今でも、特にネット界隈では運が良いだけのボクサーと俺を評価をする者も多い。
この一戦の出来如何では、それらを一気に払拭する事が出来るかもしれないのだ。
そして国内のボクシング専門チャンネルなどは意外にも注目してくれており、今までは放映権に対し買取の手を上げるのが地元のテレビ局二社しかおらず、交互に中継する形を取っていた。
だが、これからはその形も変わっていくだろうとの事。
そうは言っても、会長は今まで支えてくれた二社を蔑ろにする人ではないと思う。
正直その辺り俺にはよく分からないが、まあいい感じにするんじゃないだろうか…分からないが。
とは言え、それもひとえに『御子柴を倒した男』というネームバリューがあっての事であり、みっともない試合を見せれば一気に離れて行く筈だ。
因みに御子柴選手とのタイトルマッチの平均視聴率は脅威の二十パーセント越えを記録したらしい。
電波オークションが実施され、チャンネル数が大幅に増えた現代においてこの数字は驚異的。
この間行われた世界タイトルマッチの平均視聴率が四パーセントだった事を鑑みればその異常さが分かろう。
にも関わらず俺の知名度がそこまで浸透していない現状には思わず泣けてくる。
そんな気持ちを抱えたまま、俺はポスターへと視線を向けた。
六月三十日、泉岡アリーナ十五時開始予定
第一試合バンタム級四回戦
第二試合フライ級四回戦
第三試合スーパーバンタム級六回戦
第四試合ミニマム級八回戦
日本ミニマム級六位
第五試合スーパーバンタム級八回戦 セミファイナル
日本スーパーバンタム級九位マーク
第六試合 日本スーパーフェザー級タイトルマッチ十回戦 メインイベント
日本スーパーフェザー級王者
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