第三話 初防衛に向けて


四月中旬、会長から初防衛戦の相手を告げられた。


「相手はランキング七位の武藤選手。所属は王拳だね。」


武藤一志二十六歳、十九戦十四勝七KО五敗。


身長百七十二センチで試合の映像を見た印象は良く言えばオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏だがカウンターはそれなりに上手い印象を受けた。


良くも悪くも平均的な選手、しかしここ二試合位少し変わったスタイルを取っているのが目に付く。


「おお、王拳かよ。看板選手を傷物にされてご立腹ってか?」


牛山さんが少し顔を歪め語る。


言われれば確かにそう、ならばこの間話し合いに向かった時に決まっていても良さそうなものだが、そこはまあ俺の知らぬ何かがあったのかもしれない。


御子柴裕也という金の卵に、この段階で傷がついた事は陣営にとっても不足の事態であっただろうし、向こうの感情を想像すると憎らしくは感じただろう。


牛山さんの言葉を受け、会長も口を開く。


「う~ん、何と言うか、そういう感じでは無くてですね……僕は琉球の選手を初防衛戦の相手にしたかったんですけど、まあ…話し合いで色々と……」


語る会長の表情は少し微妙だ。


タイトルホルダーが在籍しているとは言っても、まだ所詮ぽっと出と思われているのだろう、立場が弱い。


もしかしたら、興行権とやらの話し合いで一悶着あった事も考えられる。


もめ事と言う程のものは無かっただろうが、何か条件を付けられた可能性はあるだろう。


だが俺としては何か変わるという訳でもなく、目の前の試合をこなすだけだ。


「う~ん、正直相性的には外間選手の方が良かったんだけどね。まあ今の統一郎君なら大丈夫だと思ってるから。」


自惚れる訳では無いが、今の俺はそれなりに自信を持っている。


誰が相手だと言われようとも受けて立つくらいには。


「ああそれと、勿論佐藤君も同じ興行に出るからね。しっかり準備しておくんだよ?」


佐藤さんは次に勝てば八回戦。


この速さなら、もう直ぐメインイベントを張ってもおかしくない選手になるだろう。


いずれはそこに明君も加え、三枚看板でやっていけたのならこれほど嬉しい事は無い。












四月三十日、明君の新人王戦が始まる為、会長たちは帝都へ向かっている。


そんな事情もあり、俺の手が空いた時に練習生たちを見てくれないかと頼まれていた。


今いる練習生は五人。


小学生一人に中学生が一人、大学生二人と社会人が一人という構成。


何故か高校生はいない。


因みに社会人とは言っても俺と同じパートタイマーらしく、妙な親近感を感じる。


「やっぱり皆基本がしっかり出来てますね。シャドー見ただけでも真面目に取り組んでるのが分かりますよ。」


褒められ一様に恥ずかしそうな表情を見せるが、これは何も持ち上げている訳では無い。


御子柴戦以来それなりの人数が見学に訪れるが、実際入会する者はそう多くないのが現状だ。


それにはやはり近くにフィットネスジムがあるという事も関係しているだろう。


こちらに通うという事は、つまり遊びでは無いという意思表示にもなる。


「あ、あの…俺もプロに成れますかね?」


そう聞いてきたのは、木本さんという社会人の男性、確か二十三歳だ。


「成れますよ。基本をしっかり身に付け身体に異常が無ければ誰でも成れます。勿論木本さんも。」


俺は五人全員を見渡し告げる。


この木本さんは中々の長身で、間違いなく百八十以上はあるだろう。


プロライセンスを取れば、うちのジム初の重量級選手になるかもしれない。


高校時代はサッカーで慣らしたらしく、卒業後も時々は走ったりしていたのか体も引き締まっている。


その後も手が空いては会長の真似事をしつつ、この日の練習を終えた。









ジムに最後まで残るのはいつも必然的に俺と佐藤さんになる。


その為、こういう立場になっても大体掃除は未だに俺達の仕事になる事が多いが、こうやって練習終わりに語り合う時間というのも楽しいので特に不満はない。


「明君の試合どうなりましたかね?」


いつもなら向こうから連絡して来る筈であり、佐藤さんは少し不安気に語る。


「ですね、もうとっくに終わってる筈だし連絡来てもおかしくないんだけどな。」


二人で顔を見合わせると、やはり気になるので電話を入れる事にした。


「………あ、会長ですか?…………そう…ですか。」


俺の反応から察したのだろう、佐藤さんも少し肩を落としている。


結果は僅差の判定負け。


最初の二ラウンドを落としたのが大きく響き、善戦空しく結果は敗北となったらしい。


「あまり気にしてなければいいんですけど…。」


佐藤さんが呟くが、こればかりは本人の問題でしかない。


周りが温かい言葉を掛ける事は勿論出来る。


しかし、そこから気持ちを持ち直すのは飽くまで本人でしかないのだ。

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