第28話 友達出来ました
三月、東日本新人王トーナメントの抽選結果が発表された。
俺が出場するスーパーフェザー級の出場者は全部で十人、内シード枠が二人。
残念ながらシード枠は逃した為、優勝には四回勝ち続けなければならない。
初戦は四月九日。
相手は三原ジムに所属している
何気なく他階級のトーナメント表を眺めると、一階級上に松田隆文という名前がある事に気付く。
まだ記憶に新しい、俺のデビュー戦の相手だ。
思えば、確かに俺より身長はやや低かったが、全身の筋肉が比べるべくもないほど厚かった姿を思い出す。
また、その体の印象そのままにかなりのハードパンチャーでもあった。
恐らく、俺よりも減量がきつかったのではないだろうか。
一度は全力でぶつかった相手に心の中でエールを送ると、自分の相手について会長に問うてみる。
「戦績は二戦して一勝一敗だね。試合映像は多分無いと思うよ?あったとしても君が気にする必要はないよ。自分のボクシングをすれば勝てるんだから。」
確かに、相手に合わせて如何こうするよりは、飽くまで自分を突き詰めていく方がが良さそうだ。
俺の質問の後にトーナメント表を覗き込んでいた牛山さんも口を開く。
「会長、この三原ジムってのはどんなとこなんだ?でかいのか?」
因みに、牛山さんも会長に対して当初は敬語で話していたが、一回りも年上の人に敬語を使われるのはむず痒いと言われ、今の口調に落ち着いた。
その質問に少し視線を巡らせた後、会長が口を開く。
「かなり大きなジムだったと思いますよ。今は日本チャンピオンを二人抱えていたはずですし。確か所属選手も二十人以上いたんじゃないかな。」
自分が思っていたよりもかなり大きなジムであるらしい。
所属選手が多いという事は、それだけで大きなアドバンテージになる。
色々なタイプのボクサーと練習出来、効率よく経験を積んでいけるからだ。
だからと言って、こちらも後れを取るつもりは毛頭ないが。
「まあ気にするこたねえか。うちより小せえジムなんてある訳無えし、ジムの規模を比べて坊主が劣るなんて事にもなる訳無えしな。悪い、つまんねえ事聞いたな。」
牛山さんの言葉通りだ。
設備の優劣だけで勝敗が決まるのならば、試合をする意味なんて無い。
会長もその言葉を聞いて、うんうんと頷いていた。
「その通りですよ。それに統一郎君は才能に溢れた選手だ。必ず優勝させて見せます。」
その言葉を聞いた俺は驚いた。
会長は基本出来る事しか口にしないし、要求もしてこない。
その会長から、相手の情報も碌にないまま必ずという言葉が出たからだ。
だが分からないでも無い。
このトーナメントの優勝が這い上がる為には是が非でも必要と、そういう事なのだろう
「さあ、相手の事より自分の事だよ、練習、練習。」
促され練習を再開したのだが、この日はいつも以上に熱が籠っていた気がする。
翌日の早朝、ロードワークの途中で神社にお参りしていこうと思い立つ。
今一番の心配事は、減量等で体調を崩さないかという事だ。
賽銭の百円玉をそっと落とし、手を合わせる。
(怪我しません様に、減量上手く行きます様に。)
結構な時間祈りを捧げて後ろを振り向くと、いつの間にか箒を持った明日未さんが立っていた。
「ふふっ、随分熱心にお願い事してるんだね。何か大事な事でもあるのかな?」
いると思っていなかった為、語り掛けられ一瞬体がびくっとなる。
驚いた後、ずっと後ろで見られていた事にも思い至り、時間差で恥ずかしさがこみ上げてきた。
「あ、いや……そうだね。凄く大事な事があるんだ。」
思わず、そうでもないと言い掛けて止める。
何となくそう口にしてしまったら、結果が付いて来ない様な気がしたからだ。
「そうなんだ。遠宮君は日頃の行いが良さそうだから、きっとご利益あるよ。」
そう言われて自分を振り返れば、言葉にするのは憚られる妄想を彼女でしていたりする。
若い男にとってあれやこれやの処理というのは死活問題なのだ、分かってほしい。
その為日頃の行いに関しては、ちょっと疑問が残る所ではある。
ふとそんな自分の姿を思い出して、視線を合わせる事が出来なくなってしまった。
こうして彼女に会えるのは稀であり、運良く会えるとおみくじで大吉を引いた様な気分になる。
境内にいない日は、恐らく部活の朝練等に行っているのだろう。
自分にしても、普段はここまで登ってくる事も無い。
石段の上り下りは結構良いトレーニングになるのだが、用もなく境内まで来るというのが罰当たりに思えて、何となく避けてしまうのだ。
「きょ、今日は朝早くからいるんだね。」
「うん、朝練がないからね。そのおかげで遠宮君とこうしてお話出来る訳です。ふふっ。」
男というのは単純なもので、好意を持つ女性に微笑みかけられると、それが自分だけに向けられている特別なものだと勘違いしてしまう。
勿論そんな事があるわけないのだが、ご多分に漏れず、俺も都合の良い勘違いをしたまま軽い足取りで帰宅した。
四月になると新学期が始まり、高校生活最後の年を迎えた。
クラスも多少入れ替わりがあり、俺の進路希望は一応就職としてはいるが未定の部分が大きいのも事実。
結果変わらず二組のままだが、周囲の環境は大きく変わっている。
前沢君はまた同じクラスであり俺にとって非常に有難かったが、悲しい事に明日未さんとは別のクラスになってしまった。
しかも今は計量間近、頬がこけるほどやせ細っている為、精神的にも癒やしを求めたい。
唯一の救いは多少暖かくなってきたので汗が出やすい分、楽になったという事か。
席に着き、両隣の男子生徒に挨拶をする。
そう、右も左も男子生徒である。
どちらも別のクラスだった為、初顔合わせとあり少し緊張してしまった。
「遠宮です。宜しくお願いします。」
俺が挨拶すると、右隣の男子生徒も挨拶を返してくれる。
「田中です。これから宜しく。」
中々フレンドリー且つ親しみやすそうな人で、ほっと胸を撫で下ろした。
運動部なのだろうか、坊主頭でそれなりに筋肉質な体をしている様だ。
続いて、左隣にも挨拶をする。
「う、うん。よろしく。阿部です。」
このどもる感じ、何だか同じ匂いを感じた。
髪は目に掛かる程の長さがあり、度の強そうな眼鏡を掛けている。
鞄には俺も何となくは知っている美少女キャラのシールが数枚。
世の中こういう人への偏見は強い。
それが田舎なら猶更だ。
俺は人の目ばかり気にして自己主張する事が出来ない為、周りにどう思われようと自分の好きな物を隠さないのは素直に凄いと思う。
最初は両隣が男子生徒である事を少し残念に思っていたが、こうしていると結構気楽で良いものだ。
美人が常に隣にいるというのは、嬉しいが緊張もしてしまう。
そんな寂しさと安堵感を同時に感じながら、新しい一年の始まりを感じていた。
こうして隣になったのも何かの縁と、もう少し交友を深める為、二人と会話を続けてみる事にする。
「え?俺の部活?野球部だよ。一応キャッチャーやってんだけど…知らない?まあ、うちはいつも一回戦か二回戦で負けてっからな…。」
田中君は見た目通りに野球部で、レギュラー選手らしい。
試合の応援等は、決勝戦でもない限り吹奏楽部しか行かない為知らなかった。
「え?お、俺は将棋部だよ。まああんまり活動してないけど…。」
阿部君は将棋部らしい。何となく強そうな雰囲気を醸し出している。
何を隠そう中学では俺も将棋部に入っていたので、その内手合わせを願えないかと申し出ると、どもりながらも承諾してくれた。
(俺も周りから見るとこんな風に見えてるんだろうな。)
同じ会話が苦手なもの同士、妙なシンパシーを感じる。
ちぐはぐなトリオだが、不思議と三人で会話をするのは楽しく、減量の空腹感をかなり紛らわせてくれた。
そんな会話の中でそれぞれの趣味の話に流れが向き、
「お、俺は見れば分かるかもだけど、アニメとかゲームとかかな。」
阿部君は予想通りだ。
俺も田中君もあまりそっち方面には詳しくない為、後でおすすめを貸してくれる事になった。
「俺か~、何だろうな、野球は趣味って感じじゃねえしな。そう考えると趣味って無えな。」
田中君の言葉は、そのまま俺にも当てはまる。
ボクシングが趣味かと問われると、間違いなく違う。
「そういう遠宮はどうなんだよ?面倒臭いから呼び捨てで良いよな?お前らも俺の事呼び捨てにしろよ。もうダチなんだし、その方が気ぃ使わなくて良い。」
その言葉に阿部君と顔を見合わせ頷き会話を続けた。
自分の今までを振り返ると、呼び捨てに出来る友達というのは初めて出来たかもしれない。
その事実に、若干の悲しさと喜びを同時に覚えてしまった。
「よし、んじゃ出発だ。気合入ってるだろうな坊主。」
計量当日、牛山さんの運転で試合会場である帝都へと向かう。
出発直前に量った体重はリミットをぎりぎり下回った。
本来なら楽になるはずなのだが筋肉量の増加が原因か、素の体重が増えており思ったほど楽にはならなかった印象だ。
それでも、取り敢えずの心配事は解消され準備万端。
これから始まる戦いに思いを馳せ、緊張感が身を引き締める。
「今からそんなに固くなってたら、また前と同じになっちゃうよ?」
会長から少し揶揄い半分の口調で言われ、以前の失敗を思い出す。
これではいかんと深呼吸をした後、心を落ち着ける様に目を閉じ、会場に着く時を静かに待った。
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