第49話 恋心と下心

会長の宣言通り、祝勝会の二日後と三日後に地元の局二社が順番にジムへとやってきた。


最初は陸中テレビといつものお姉さんで、安定感がありこちらも安心して任せる事が出来る。


問題は次の蒼海テレビ。


前回の出来があれだったので、今回は流石に本職が来るかと思ったが、何と今回は三人組での来襲だ。


後で知ったのだが、このコーナー自体が彼女達の担当らしい。


「BLUESEAの藍です。」「桜で~す。」「…花です。」


そんな紹介から始まりちょっとした雑談を交えた後、本題へ。


「皆さん、私達が今日訪れているのは、先日劇的なKО勝利で全日本新人王に輝いた遠宮選手が所属する森平ボクシングジムです。では、早速インタビューしていきましょう。」


ここまでのやり取りを見ただけでも、一人一人に役割が与えられている事に気付く。


飽くまで俺の勝手な見立てだが、藍という子がリーダーで纏め役。


この子はとてもスタイルが良く、胸部まであるウェーブの掛かった長い黒髪も相まって大人の雰囲気を漂わせている。


前回ソロで来た桜という子が賑やかしというか、盛り上げる役だろうか。


ツインテールが少し子供っぽい印象を受ける。


そして花という子が冷静にツッコミを入れたりする役の様だ。


こちらはポニーテールで表情が乏しい印象。


まあ、これもキャラ作りの一環なのかもしれないが。


藍さんとは違い、この二人は綺麗というよりも可愛いと言われるタイプだろう。


こうして見ると良い感じにバランスの取れた三人組ではないか。


全員揃ったお陰か、前回よりもスムーズ且つ失敗も無く良い感じで番組も進行していく。


そもそも前回は何故一人で来たのか謎だ。


しかもインタビュー等にはこの中で一番向いていなさそうな子が。


まあ、こういう活動をやっていれば、俺には分からないごたごたもあるのだろう。


「では遠宮選手、今後の試合の予定などが決まっているのなら、教えて頂いても宜しいですか?」


「そうですね。そっちは会長を信じて一任していますので。」


正直、この先の事は判断付きかねる所だったので丸投げする事にした。


俺がお願いしますといった感じの視線を送ると、会長も頷いて俺の横に座る。


「これからはこちらをホームにして、世界を見据え戦っていきたいと思っています。先ずは県営体育館そしてアリーナ、会場規模も彼の肩書と共に段々ステップアップしていく予定です。」


会長の語り口調には、聞き入るというか、引き込まれる不思議な何かがある。


現に今、目標を語るその言葉に俺達は只々聞き入っていた。


そしてインタビューが終わった後、彼女達はおもむろに何かを手渡してくる。


「これ私達のデビューシングルなんです。良かったら聞いて下さい。もし気に入ってくれたらとても嬉しいです。」


渡す際、藍さんは俺の手を優しく包み、同時に視線も合わせてくる。


「は、はいっ。か、帰ったら聞いてみますね。有難う御座います。」


平静を装いながらもバクバクと心臓は高鳴っており、アイドルという存在の恐ろしさを垣間見た気がした。


「後、宜しければアドレスとか交換しておきませんか?」


アイドルとの密会、何と心躍るフレーズだろうか。


「は、はい。普通のメールしかやらないんですけど、それでも良ければ。」


そうして俺のアドレス帳にはアイドル三人の名前が並んだ。


CDの方は折角もらったのだからと部屋で聞いてみた所、音楽に詳しくない俺でも分かるほど三人の歌唱力は本物であり、何故都会へ出て向こうのグループに所属しないのか不思議な程だ。


リードボーカル兼ギターが藍という子で、響きの良いよく通る声をしている。


ベースを担当しているらしい桜という子は、聞くだけで元気が沸いてくる様な明るい声。


そしてドラムをやっているのが花という子で、その声は繊細で透明感があると言えばいいのだろうか、バックコーラスで曲全体を包み込んでいるイメージだ。


ドラムの音もその外見とは違って非常に力強い。


それらが程よく調和して、音楽に造詣の深くない俺でさえも、聞く者に心地良いと感じさせる何かがあると理解した。


正直最初があれだったので、彼女達を色物として見ていた事実は否めない。


曲名は何だっただろうかとパッケージを見ると『DEEPBLUE』と書かれていた。







十二月三十日、年末特番の時間を使いあるボクシングの試合が生中継された。


その選手の名は御子柴裕也みこしばゆうや


俺と同学年でインターハイ三連覇のスーパーイケメンエリート。


戦績は中学から高校まで一度の負けも無いというパーフェクト振り。


中継されるのはデビュー戦。


有名なのはボクサーよりもモデルとしての顔らしいが、その実力は折り紙付きである。


公式では身長百七十六cm、リーチ百七十九cm。


所属は王拳ジム、そして階級はスーパーフェザー級。


(相手は無敗の六回戦の選手か。騒がれるのがどれほどのものか見せてもらおう。)


真っ白く雄々しい龍の刺繍が為されたガウンを纏い入場すると、本物だけが持つ独特の雰囲気を感じた。


会場の黄色い歓声に少し嫉妬を覚えながらも、戦々恐々実力を計るため集中する。


内容は圧巻の一言。


第一ラウンドからグイグイと前に出てクロスレンジの打ち合いになると、拮抗する事無く出端を挫く強打を当て、一方的に倒してしまった。


相手が弱い訳では決して無い筈だ。


しかもアマチュア時代は、基本的に足を使ったボクシングを好んでいたらしい。


「とんでもないのがいるんだな…。しかも同じ階級かよ。それでも……」


自分より上がいるなど最初から分かり切っている事。


それを改めて実感したとて、折れる理由になどなりはしない。


少しの不安と湧き上がる闘争心を胸に秘め、俺は白銀に染まった景色へと駆け出した。







慌ただしかった年末も終わり、新年を迎えた。


元旦の早朝、いつもの時間にロードワークをしているとやはり人が多く出歩いている。


恐らく初詣に行く為、森平神社を目指しているのだろう。


俺もポケットに千円札を入れて来たので、このまま参拝していこうと思う。


この前の放送の影響でかなりの人が俺に気付き声を掛けてくれ、なるべく愛想良く振舞う様にしてはいるが元々が人見知り、限界はある。


鳥居の前に辿り着くと、いつもは駆け上がる石段に大勢の人。


流石にこれでは駆け上がるのは無理だと諦め、人波に合わせ進んでいく。


そして想定以上の時間を掛け賽銭箱の前に辿り着くと、手を合わせる。


(今年も大きな怪我、病気をしない様に過ごしたいと思います。)


特に願い事も無かったので、決意表明みたいな形になってしまった。


無事参拝も終わった所でもう一つのお目当てに視線を向けると、滅多に見る事が出来ない巫女服を着ており、今年も中々の人気者だ。


男子生徒に加え女子生徒数人にも囲まれて楽しく歓談中らしい。


(まあ、最近はしょっちゅう会えてるし、無理して今日話す必要も無いか。)


何より折角の楽しい時を邪魔するほど無粋では無いつもりだ。


そう思い境内を後にしようとするが、少し進んでは声を掛けられるため中々思う様に進まない。


しかしその殆どが主婦層の女性や年配の方々ばかりなのは、一体何故なのだろうか。


「聞いてよ統一郎ちゃん、うちの旦那ってば、遅くなるのに連絡一つ寄こさないんだから。」


しかも、話している内に自分とは全く関係のない旦那の愚痴まで言い始める始末。


この人達にとって俺は一体どういう存在として認識されているのだろう。


当然そんな事を相談されても俺にはどうしようもないので、この場を愛想笑いでやり過ごし、どうもどうもと周囲に頭を下げながら漸く石段の中頃までたどり着く。


その時、


「ちょっと待ってっ、遠宮君っ、そこでスト~ップ!」


珍しく大きな声を出しながら、明日未さんが石段を駆け下りてきた。


あまりに慌てているので躓かないか不安で眺めていると、案の定転びそうになり慌て駆け寄り彼女を抱きとめる。


すると当然互いが抱き合う形となり、周りのおばちゃん達が『若いっていいわねえ。』と、頬に手を当てながら悶えている。


互いに羞恥を感じパっと距離を取ると、彼女は顔を赤くしながら紙袋を手渡してきた。


「これ、クリスマスプレゼントのお返し。どうしても今日渡しておきたくて。」


渡すだけなら他の日でも出来るが、節目の日に渡したかったのだろう。


「全然高価な物じゃないから、遠慮なく受け取って。」


ガサガサと音を鳴らし開けると、それは手の平に収まるコンパクトな皮財布だった。


偶然だろうが、長財布が嫌いな俺にぴったりなプレゼントだ。


「有り難う。ずっと大事にするから。」


お礼を聞いた後、彼女は笑顔で手を振りながら石段を駆け登っていった。







三が日も明けて間もなく、俺のパートとしての初出勤の日がやってきた。


四月に入るまでは週二回、朝八時から夕方五時まで働く予定になっている。


その他にも自動車の教習所もあるので、暫くは結構忙しくなりそうだ。


【酒井ドラッグ】という看板が掲げられている店の前に着き時計を見ると、始業十五分前。


緊張を解く為、ふぅ~っと息を吐いて従業員入り口から入店する。


するとバックルームで商品整理をしている男性がいた。


「おっ、来たね有名人。君が来るって知ってから、みんな楽しみにしてるよ。」


にこやかに迎えてくれたのが、店長である酒井さんだ。


その後、他のパートの人達もやってきて順番に顔合わせしていく。


何となく分かってはいたが、パートは自分以外全員が女性。


顔合わせが終わった所で九時の開店準備に掛かるのだが、基本的に俺の仕事を見てくれるのは店長の奥さんらしい。


肩書は当然と言えばいいのか分からないが、副店長だ。


店長は処方箋受付の窓口対応で結構忙しいので、中々手が回らないとの事。


取り敢えず今日の所は店内のどこに何が置いてあるのかを覚える為、レジ研修は後回しにして品出し作業がメインになる。


「い、いらっしゃいませっ。」「またお越しください。」


開店後、品出しをしながらすれ違うお客さんに挨拶をしていく。


何度か声を掛けられたが、そこは得意の愛想笑いでやり過ごした。


昼休憩になり、持ってきたお弁当を広げると、


「やっぱり食べるものには気を付けてるんだねえ。私なんて暴飲暴食。お陰でほら!こんな腹になっちゃったよ。はっはっは。」


自分の腹をポンと叩き豪快に笑っているのは、同じパートの女性だ。


不思議と同年代の人達より、このくらい目上の人達の方が話しやすい。


そのお陰もあってか、徐々に緊張も解れてきたと感じていた。


その後、昼休憩も終わり言われた場所の品出しをしていると、


「思ったより覚え早そうだから、終業間際にちょっとだけレジ練習しよっか。」


副店長にそう告げられ、十六時頃になるとレジへ向かい研修中の看板を立ていざ開始。


三十分ほどの練習を終えると、良い感じだと判断されてしまったらしく、いきなり実践と相成った。


不安はあるが、お客さん自体はそこまで多い訳でも無いので、落ち着いてやれば問題無い筈。


そして引き攣った表情のまま数人のレジを打ち終えた頃、


「い、いらっしゃいませ……って、あ、田中。」


予想していない所で友達に会い、思わず接客を忘れ素に戻ってしまった。


しかもこの男、女連れである。


「あれ?何で遠宮がここにいんの?あっ、ここで働いてんのか。」


そう言いながら差し出したのは、コンドームだった。


『人生が変わる!0,01ミリ』と書いてあり、羨ましさで思わず歯ぎしりしてしまいそうだ。


「あれっ!?遠宮君じゃん!えっ?何で?へぇ~、ここで働いてるんだ。」


隣の女性が勢いよく近づいてきたので、少し後退ってしまった。


確か同じクラスの女子だと思うが、名前がどうしても思い出せない。


外見も教室で見る時とはまるで別人だ。


女とは化粧でかくも化けるものか。


「ふ、二人はそういう関係だったんだね……。」


俺がそう問い掛けると、彼女は笑いながら答えた。


「あははっ、別に付き合ってないって、単なる遊び仲間だから。遠宮君も時間あるなら誰か紹介しよっか?」


その言葉に、俺はまるで餌を与えられた犬の様に反応してしまう。


「うんっ!アドレスと電話番号は田中に聞いてくれれば分かるからっ。」


瞬間的に本能が勝り、下心が爆発してしまったのだ。


そして女生徒は帰り際ニヤリと笑みを浮かべた後、こちらにウインクを投げ掛けて帰っていく。


その後、俺は誰に対してか分からない言い訳を心の中で何度も繰り返した。





終業時間になり、夕方からのパートさんと挨拶しながら入れ替わる。


「とりあえず初日やってみてどうだった?続きそう?」


副店長が聞いてくるが、その表情は少し心配そうだ。


「はい。何とかなりそうです。迷惑掛けないよう心掛けますので、これから宜しくお願いします。」


出来る限りの笑顔で答え、初仕事が終わった安堵感を感じる暇もなく、俺はジムへと急いだ。






メールが送られてきたのはその翌日だった。


『遊ぶ相手が欲しいって聞いたよ。私で良かったらいつでもOK。田辺葵より。』


田辺さんと言えば、教室で賑やかだった可愛い系の女子だ。


だが、流石に下心だけで会うのは何となく後ろめたさを感じ、『その内お願いします。』と送るに留めるのだった。

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