第48話 取り敢えず一区切り

試合後、会場を後にしてから街で買い物をしたいと申し出る。


傷だらけの顔でする事では無いかもしれないが、都会ならば色々な物があるので見ていきたかった。


勿論、送る相手は明日未さんだ。


様々な店舗を回りながら、懐とも相談して悩み抜き手に取ったのはネックレス。


正直、彼氏でもない相手からのプレゼントとしては少し重いかもと思ったが、デザインがとても気に入ったのと値段も手頃な事でこれに決めた。


それはシンプルでありながら、桜の花をモチーフにした上品な作り。


凛として、それでいて可愛いイメージのある彼女に良く似合いそうだ。


因みに牛山さんも同じ店で奥さんへの贈り物を買っており、顔に似合わず愛妻家の一面も持つらしい。


奥さんとは店に買い物に行った際に何度も会っているが、ふくよかで性格もサバサバしていて、肝っ玉母さんといった感じの女性だ。


こんな関係の夫婦になれたらいいなと、秘かに思ってもいる。





買い物も終わり遅い夕食を取ってから帰路に着くと、見慣れた景色が広がる頃にはもう日付を跨ぐ時間になっており、俺の我が儘のせいで遅くなってしまった事に申し訳なさを覚えるが、二人共めでたい日にそんなこと気にするなと見送ってくれた。


トロフィーを抱えたまま肩でドアを押し開けると、中では叔父が完全に出来上がっていた。


「おお~~来たか!統一郎っ、我らが星よ!このまま世界まで行けよ~~。」


真っ赤になった顔とトロンとした目で嬉しそうに迎えてくれたが、その後直ぐにテーブルに突っ伏して寝てしまった。


俺は一旦荷物をテーブルに置き、叔父を抱えると部屋の布団へ運んで寝かせる。


呑兵衛を世話した後、俺も部屋に戻り棚にトロフィーを飾った。


それを眺めていると、色々な事が思い出されてくる。


憧れた光景、父との別れ、支えてくれる人達、そして思いを寄せる女性。


頭に浮かんでは消える情景に思いを馳せながら、この日を終えるべく瞼を閉じた。







翌日、試合のダメージで頭が痛いにも関わらず、早朝から外へ駆け出した。


その手には買ってきたプレゼントを握り締めている。


辺りには雪が十五cm以上積もっており、足を取られ、急ぐが中々進まずもどかしい。


しかも、いつものペースで走ろうとする度、頭がズキンズキンと痛み出す。


それでも何とか辿り着き石段を上っていくと、参道で雪かきをしている彼女の姿があった。


「お早う明日未さん。大変そうだね、手伝おうか?」


顔が痣だらけ傷だらけの人間に言われても困ると思うが、防寒具に身を包み一生懸命動いている彼女を見ると、どうしても手を貸したくなる。


「ふふっ、その顔で?試合の翌日くらいゆっくりしていればいいのに。聞いたよ、凄い試合だったって。その顔見ちゃうと褒めるより心配が先に来ちゃうけど…。」


因みに試合の模様は、こちらでも今日の夕方に放送される事が決まっている。


新人王戦をその時間に流すのは例年に無い事だが、今年は番組内の枠を使って流すらしい。


それだけ俺に商品価値を見出してくれたという事だろう。


会長がこの先どういう構想を練っているのかは分からないが、俺一人でもそれなりに席が埋まる程度になっていれば選択肢も増える筈だ。


「あ、あのさ、今日はクリスマスだし、誕生日でもあるよね?だから、プレゼント持ってきたんだ。そんなに高いものじゃないけど、あ、あの…受け取ってほしいなって。」


俺がそう伝えると、予想していなかったらしく驚きながらも彼女は眩しい笑顔を覗かせてくれた。


そして俺が手に持っていた箱を手渡すと、嬉しそうに抱きしめる。


「開けていい?何が入ってるんだろ?」


彼女はわくわくした表情を浮かべ、丁寧に包装を剥がしていく。


その顔を見る事が出来ただけで買ってきた甲斐があるというものだ。


「…うわぁっ、素敵なネックレスだね。綺麗…。」


彼女はラッピングを丁寧に解いた後、箱を開け中から取り出したネックレスを嬉しそうに空にかざしている。


桜をモチーフにした銀色の輝きが、その笑顔と相まって見惚れるほど美しい。


それに首を通した後、こちらを向き感想を求めて来たので思った事を素直に伝えた。


「凄く似合ってる。本当に…凄く綺麗だ。」


こんな歯の浮く様なセリフは一生口にする事はないだろうと思っていたのだが、この場の雰囲気と彼女に魅入られ自然と口を突いて出てしまった。


少しの静寂の後、お互い我に返ると急に恥ずかしくなり、空気を変えるべく他の話題を探る。


そしてハッと何かを思い出し口を開いたのは彼女の方だった。


「そ、そういえば、私プレゼント用意してないよ。後で必ず用意するからっ。」


「そんなの良いよ。誕生日プレゼント貰ったし。そのお返しという事で。」


俺はそう言ったのだが、絶対にお返しすると言って聞かない。


「駄目、こんなに良いもの貰ったんだもの。あれだけじゃ釣り合わないよ。」


彼女は納得出来ないらしく、後日必ずお返しをするからと強い口調で語った。


これ以上ここにいては仕事の邪魔になると思い、軽く挨拶をした後、俺は境内を後にする。


そして自宅へ帰りシャワーを浴びた頃、二日酔いの叔父が漸く目を覚ましてきたらしい。


こんな状態で仕事になるのかと多少心配したが、辛そうにしながらも検診はしっかりとこなしてくれた。


その後、今日は体を休める様にと会長に言われていたので、言葉通りに休む事にした。


本当は明日未さんを誘ってどこかに行きたかったのだが、この体調では余計気を使わせてしまうだろう。


なので、俺の試合が放送される夕方まで大人しく横になる事にした。






『では、昨日行われました、遠宮選手の全日本新人王決定戦の模様をノーカットでお送りいたします。』


地元の情報番組の料理コーナーが終わり、県内のスポーツの話題に触れた後、試合の様子が流された。


『両者ともに距離を取って戦うタイプですので、やはりリードブローの出来が明暗を分けそうですね。』


解説の元世界チャンピオンが開始直後に予想を口にするが、見事に外れた。


俺もかなり好きな選手であった為、少し申し訳無く思う。


『おおっと、いきなりリング中央火花の散る様な打ち合いが展開されています!解説の……』


こうして解説を聞きながら自分の試合を見るのは何となく不思議な気分になる。


『あっと、これはどうやら瞼をカットしましたか。ドクターチェックが入ります。』


『いやぁ~、素晴らしい試合がこんな形で終わるのは残念ですからね。何とか再開してほしいですね。』


これが無かったら一体どうなっていただろうか。


実際、出血のせいで向こうはかなり冷静な判断力を欠いていた様に見えた。


『さぁ~、谷口打って出るっ!凄い猛攻だっ!遠宮下がるっ!このまま押し切るかっ!』


第二ラウンドの猛攻は気迫が物凄く、一瞬距離を取る事も考えてしまった。


『いや、遠宮返すっ!二連打っ!細かく打っていくっ!』


こうして客観的に見ても、良い試合だと思う。


不安なのは、この先自分のスタイルを貫いていけるかという事だ。


一度でもあの空気、歓声を知ってしまうと、どうしても打ち合いに出たくなる。


それを本職にやってしまったら勝てないと分かっていたとしても。


『恐らくこのラウンドで決着がつくでしょうね。遠宮選手も見た目ほど余裕無いですよ。』


流石元世界チャンピオンといった所だ。


俺の状態を正確に把握している。


『両者、フェイントを掛けながら睨み合います。………左~~~っ!谷口崩れ落ちたっ!レフェリーが駆け寄りますがっ、手を交差したっ!試合終了~~っ。』


映像はスタジオに戻り、素晴らしい試合だったと褒めちぎってくれる。


まあ、そう言えと指示されているのかもしれないが。







次の日、痛みもかなり引いてきたので夕方にジムに顔を出すと、ジム前の無駄に広い敷地に見慣れない軽自動車が止まっている。


それを眺めながら中に入ると、新しい練習生が会長の指導を受けていた。


だが、どう見ても経験者らしく基本はかなりのレベルで身に付いている様だ。


「おうっ、来たか坊主。見ろ、新入りだぞ。新入り。」


彼は牛山さんの顔にまだ慣れていないらしく、戦々恐々としていた。


佐藤幸弘さとうゆきひろ二十歳、ボクシングは高校でやっていたらしい。


身長百七十四センチで、希望する主戦場はスーパーバンタム級(五十五,三三キロ)


俺よりも身長が高いのにその階級はきついのではないかと思ったが、元々アマチュアでもその位でやっていたので問題無いとの事。


「新人王戦見ました。遠宮選手の事は知ってましたが、正直、昨日のは痺れましたよ。」


何でも、高校を出てから就職したのち異動でこちらへ。


ボクシングからは離れていたが、昨日の試合映像に触発されもう一度始めてみようと思ったらしい。


だが、勤め先の工場がやはり交代制らしく、週によってはあまり来られないかもしれないと語る。


それは人それぞれの事情があるので仕方が無い事だろう。


それでもプロでやっていきたいとの事で、同門として頑張ってほしい所だ。


性格も真面目そうで年下の俺に対しても敬語で接して来る為、年上の人に敬語を使われるのは慣れないと伝えたが、相変わらずの口調を崩さない。


その後明君もやってきたので、このジムの先輩だから敬語を使う様にと冗談を交え紹介すると、


「いらないですっ。そういうの、本当に勘弁してくださいよ…。」


明君は片手を前に出しブンブンと横に振って否定の意思を示すが、佐藤さんも本当に敬語で話そうとしたから困ってしまった。


「話は終わったかい?明日の昼間なんだけどね、後援会の人達が祝勝会を開いてくれるっていうから、空いてるなら二人もどう?」


佐藤さんは仕事があるらしく辞退、明君は飲みの席はちょっと勘弁らしい。


「何だ何だ佐藤っ、ただ酒が飲めるってのに勿体ねえな~。仕事なんて休んじまえ。がっはっは。」」


初対面の筈だが、この遠慮の無さは流石としか言いようがない。


だが仕事を休ませてまで酒飲みを勧めるのはどうかと思う。


目の前にそれと近い事をする人がいるので、悪い見本にならなければいいが。






翌日、俺の祝勝会が近くの公民館で執り行われた。


「それでは、遠宮選手の全日本新人王獲得を祝って、カンパ~イ。」


後援会長の新田さんが音頭を取り、皆が一斉にグラスを掲げると祝勝会と称した飲み会が始まった。


俺はなるべく一人一人と言葉を交わしながら、グラスの中身を見ては酒を注ぐ。


主役の筈なのに、これでは殆ど飲み屋の店員だ。


だが、こういう地道な作業こそがこれからの道を作っていく筈。


「統一郎ちゃん、見たわよ~一昨日の。頑張ったわね~。」


そう語りかけてきたのは、牛山さんの奥さんだった。


旦那さんもそこで飲んでいるので、店は休みにしたという事なのだろう。


「有り難う御座います。旦那さんにはいつもお世話になってばかりで。」


「いいのよ~。あのバカ亭主ったら、やる事なきゃどうせ酒飲むくらいしかしないんだから。」


こういう感じの雰囲気が、俺は何となく好きだ。


その後も次々と挨拶回りをしていく。


「明日未さん。今日はお集まりくださり、どうも有り難う御座います。」


明日未さんと言っても、宮司のお爺さんの方だ。


「お前さん本当に有名人になってきたな。どこまで行くのか楽しみに見させてもらっとるよ。」


有名人とは言っても、知っているのは県民若しくはボクシングマニアくらいである。


宴もたけなわといった頃、前回と同じく会長に促され壇上へ。


「本日はお集まり頂き有難う御座いました。まだまだ道半ばでは御座いますが、これからも支えになって頂けるよう頑張りますので、どうぞ宜しくお願い致します。」


取り敢えずといった無難な挨拶で締めておいた。


宴会は昼間から始まったので、終わったと言ってもまだ夕飯時ぐらい。


なので、酔っぱらいは放っておいて練習をするべく会長と共にジムへ戻ると、この先の展望を語ってくれた。


「次の試合は多分五月になるかな。隣の泉岡にある県営体育館でやりたいと思ってる。うちが主催で、地方選手を中心に組んでいくつもりだよ。勿論メインを張るのは君だ。」


てっきりまだ向こうのホールでやるものだとばかり思っていたが、この話し振りだと次から完全にこちらをホームグラウンドにしていくつもりらしい。


因みにだが、泉岡には他にもアリーナや野球場等、かなりの収容人数を誇る施設がある。


今の俺ではその施設が埋まる程の人は集まらないだろうが、いつかはそこでやってみたいものだ。


「ああそれと、言わなくても分かってるかもしれないけど、また取材来るからね。」


その言葉に少しげんなりしつつも頷くのだった。

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