第十六話 いつか俺も
俺の試合が終わってすぐ、スポーツ専門チャンネルでアンファン・市ヶ谷選手のデビュー戦が中継された。
ライト級の十回戦で、相手は何と世界十一位の選手。
こちらでは考えられないマッチメイクだが、アメリカではこういう事もある。
試合内容も色々と凄かった。
何と言うか、動きやパンチがボクシングのそれに囚われない。
一ラウンドのゴングが鳴った直後に、対角線上に走っていったかと思えば、跳躍しパンチを叩きつける。
その後もガードなど知らんとばかりに、力任せで豪快なパンチを叩きつけたり、クリンチに来た相手を持ち上げるなど。
色々と滅茶苦茶だったが、一万五千人余りの観客を集めた会場は大盛り上がり。
同業者という目線で見て凄い所を挙げろと言われれば、やはり予測のつかない獣染みた動き。
殆どが大振りでありカウンターチャンスも多いが、パンチの途中であっても緊急回避可能な身体能力は恐ろしいの一言。
結果は途中三度減点されながらも、六ラウンドTKО勝ち。
そして試合後のインタビューで、世界王者に挑戦状をたたきつけたのだ。
いやはや、世界には俺の常識では測れない選手がいたものである。
そして同時期、相沢君をメインに据えた興行が向こうの地元で開かれた。
同興行には明君も上がっており、初めての六回戦進出。
実はこの試合から一階級上げ、フライ級でやる事になった。
減量がきついと言うよりは、ファイトスタイルを考えパワーが落ちるのを避けたかったらしい。
今の明君はかなり逞しい体つきになっており、将来的にはもう一階級上げる事も考えている様だ。
そんな彼の結果は激しい打ち合いの末、結構ギリギリの判定勝ち。
だが勝てば官軍、勝利さえ掴めば次に繋がるのも事実だ、どうという事はないだろう。
続いてメインイベントの相沢君だが、こちらは五ラウンドTKО勝利。
更に試合後のインタビューで大きな発表をした。
世界戦は簡単に決まらないと思っていたが、次戦を世界前哨戦にすると語ったのだ。
しかも適地遠征ではなく地元でその興行を打つというのである。
相沢君の世界ランキングは二つ、WBCが二位、WBAが四位とどちらも最前線。
WBCの王者は次の防衛戦を最後にタイトルを返上し、階級を上げる事を表明しているので、このまま行けば一位の選手との王座決定戦になる様だ。
相沢君が一位になるという流れもあり得るだろうが、どちらにせよ次の試合を落とさなければ世界戦が出来るという事。
どんどん置いて行かれてしまうなぁ、という感じだ。
身近な世界が変わっていく最中の九月下旬。
「統一郎君、十一月五日の興行なら出られそうだけど、試合感覚も短いしどうする?」
「問題ありません。出ます。」
周りから見れば焦っていると取られ兼ねないが、当人には全くそう言う感覚はない。
寧ろ誰でもいいからバンバン試合を組みたいのが、今の気持ちだ。
そのつもりで常に体重も調整しており、七十キロ前後に抑えているので、練習後に量ると大体六十八キロくらいになる。
練習量を落とさずに無理なくキープするなら、この辺りがベストだろう。
多少きついが、早く人が呼べる程度の肩書を取り戻したいので今は我慢所だ。
「あ、因みに、幸弘君も同じ興行で上げてもらえる事になってるから。」
なるほど、恐らく佐藤さんの試合の交渉をしていく過程で、俺の話もといった所か。
「プロモーターは帝都拳闘会だね。幸弘君の相手はノーランカーの選手。統一郎君の相手は十一位の選手になる予定だよ。」
職場のパートさんも一人新しい人が入ったので、今は少しだけ時間に余裕がある。
出来ればもう一人欲しいのだが、こちらの都合で世の中回ってはくれないだろう。
「じゃあ、スパーリング始めようか。」
最近の好材料として挙げられるのが、高校生三人組の成長だ。
吉田君、古川君、奥山君、この三人は元々素材が良かったのかどんどん本格的になってきている。
ジムが休みの日曜日以外は、揃って真面目に通っているのも大きいだろう。
三人共が意識しあっているのか、只の仲良しこよしというよりもライバルに近い関係、身近にそう言う存在がいるのは羨ましい。
この三人を二ラウンド、若しくは三ラウンドずつ。
これは当人たちの体調などを考慮して変わる。
先ずはイケメンの吉田君だが、この子は俺よりも身長リーチがあるので、左の差し合いでは良い感触を掴める。
立ち回りも非常に綺麗な教科書通り、その内荒々しい展開にも慣れさせないと駄目だが、今はこれでいいだろう。
三ラウンド終えると、爽やかにヘッドギアを脱ぎ大きな声で礼を告げてくれた。
彼は身長が伸び続けているらしく、高校を出るまでには間違いなく百八十は越えそうだ。
しかし体の線が細いので、会長もどの辺りの階級でやらせるのか悩むのではなかろうか。
次の相手は筋肉質な体が特徴的な古川君。
こちらは打って変わってラフファイター、俺の左を浴び鼻血を流しながらもお構いなく突き進んでくる。
今は大きなグローブとヘッドギアで守られているからいいが、試合は流石にこのままでは厳しいだろう。
だが体付きからも分かる通り、パワーがありハートも強いので、成長次第では良いファイターになりそうだ。
俺はこういうタイプを元々苦手としていた為、どこを打てば嫌がるかの良い教本になってくれている。
三ラウンドを終えると、野球部が良くやる様な声色で礼を叫ぶのだが、俺はこれ結構好きだ。
そして最後は、小柄だがスポーツ万能の奥山君、学年で一番足が速いらしい。
立ち回りは情報通りの印象、とにかく出入りが早い。
軽量級という事も相まって、時々俺の方が振り回される場面さえあるほどだ。
そのトップスピードは間違いなくジムでナンバーワン。
才能という意味でも、恐らく一番なのではないだろうか。
だが、若さゆえか性格ゆえか、攻め気に逸る場面が多くあり、引き際を誤る事が多いと感じる。
今も欲張らずに引いていればもらわなくていい一発を、鼻先にもらってしまった。
そしてもらうと頭に血が上るのか、冷静さを失いがむしゃらに連打を放つ。
「奥山っ!お前は猪かっ!この阿呆っ!」
響くどすの利いた声は牛山さん。
だが言う通り、この荒々しささえなければ、今すぐプロのリングに上げても通用しそうなのだが勿体無い。
こうして三者三葉の卵たちを相手にしていると、色々な発見があり自分自身の成長も実感できる。
まだまだ本気で叩いたりは出来ないし、タイミングを合わせて当てる程度だが、いつかはしのぎを削れる様になる筈。
その時には、もっと彼らが見上げるような場所に立っていたい、そう思った。
スパーが終わると、今日は休む暇なく会長とのミット打ち。
日によっては明君と佐藤さんのスパーが挟まれることもある。
しかし今日は到着が遅かったので俺が先。
このミット打ち、練習生とのスパーとは比べようも無いほどきつい。
会長が常に掛けてくるプレッシャーに動かされながら、休む暇なくコンビネーションを要求される。
そして僅かでもガードが下がったり隙が出来れば、ミットで横っ面を叩かれるのだ。
大体これは五から六ラウンド行われ、最後の締めはいつも無呼吸ラッシュ。
「休まない休まないっ!!世界戦の最終ラウンドっ!ポイントも五分!最後の二十秒だよっ!」
最後の方はパンチを打っているのかどうかも分からないほど、意識が朦朧としてくる。
終わるといつも大の字になるのが恒例だ。
そんな毎日だが、いつか相沢君がいる舞台へ追い付ける日を信じて進むしかない。
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