第十一話 嵐の前の

十一月三十日、何度かテレビにもお呼ばれする昨今、今日は俺の誕生日である。


家では咲がお手製のケーキを用意してくれた。


何でもカロリー控えめボクサーケーキとか何とか。


大一番への英気を養うため、この日ばかりは肉もケーキも大きく頬張る。


並ぶ料理は見事なもので、咲だけでなく亜香里も頑張ってくれたらしい。


一つ一つの料理に手間暇が掛かっていることが伺え、自分の幸福さを噛みしめながらの夕食。


ここまで手間をかけてくれたのは、俺がプレゼントは料理でと言ったからだろう。


俺の膝上には、まるで空気を読んでいるかのようにスイが丸くなって一鳴き。


最近は俺が撫でても嫌がらなくなって嬉しい限りだ。


そんな誕生日、来年もきっと同じように笑顔で迎えられることを祈ろう。


いや、祈るのではなく掴み取るのが本道か。





ここ最近のボクシング界は本当に盛り上がっている。


相沢君が早い回でのKО勝利を飾り初防衛成功。


そして今中継されているのは、WBCスーパーフェザー級の暫定王座決定戦。


誰のかと言えば、御子柴選手のものだ。


本来の相手は正規王者だったが怪我で一時離脱、一位の彼と二位の選手で争う事になった。


前回敗れはしたものの、WBAのスーパーチャンピオンに食い下がった彼。


世界的にも多少知名度と評価を上げたらしく、タイトルを取ってアメリカ進出を狙うプランがあるようだ。


これに勝てば、先ずは怪我で療養中の正規王者と戦う事になるだろう。


試合は意外にも慎重な立ち上がりを見せ、御子柴選手は中盤からギアを上げ徐々にポイント差を広げていく。


その後も決して無理な追い込みなどはせず、堅実な立ち回りを重ねていった。


正直に言えば玄人は唸るだろうが、彼の支持層が好む試合展開ではない。


実力差も見せつけ無理をすれば倒せなくもない展開にも見えたが、中間距離を守り丁寧に淡々と試合を作っている。


そして最後まで冷静に見極め、大差の判定勝ちを収めた。


先ほども言った通り面白い試合かと言われれば疑問だが、彼の強さが存分に出た試合だと思う。


現実に合わせ軌道修正が出来るのはまさに才ある者の証、あの敗北を確実に糧としていると感じた。


俺如きが言うのはおかしな話だが、苦戦ばかりしているからこそ分かる事もあるのだ。


彼は周りに並ぶ者がいなかったから、色々な事を見誤ったきらいもあったのだろう。


流石に国内と同じように行くとは思っていなかっただろうが、それでも本気を出せばと言う気持ちは強かった筈。


だが世界は広い、俺には怪物のように見える彼でさえも、普通にやっていては勝てない相手というのがそれなりにいるのが現実。


今思えば、陣営側もそれを分からせる為のマッチメイクだったのかもしれない。


才能豊かな者は、それを支える者達もまた大変なのだと痛感させられる。


それはそうと、今はとにかく自分だ。


人の事をとやかく考えている余裕など、俺にはないのだから。



▽▽



十二月二十四日、世間はクリスマスなどと騒いでいるが、俺にとってはもっと大きなイベントが身近にある。


咲の誕生日だ。


今回のプレゼントは、はっきり言って気合が入っている。


まあ、一言でいえば指輪なのだが、サイズが分からず咲同伴で店に行ったのでサプライズ要素はない。


余り高いものはいらない等とつつましい事を語るので、甲斐性を見せる意味で多少無理をしてしまった。


具体的な値段で言うと、約百五十万円。


使うべき時に迷いなく使えるのが本物の男というものだろう。


今がその時かどうかは全く分からないが。


咲は何度も何度もそんなに高いのはいらないと言ったが、今回だけだからと言って納得させた。


その後は無くすのが怖くて付けられないからと、タンスの奥に仕舞われてしまったのが悲しい。


大一番を前にして、何か大きな事をしたいという衝動が沸き上がる、この気持ちは何だろう。


もしかしたら、身に余る大舞台にプレッシャーを感じているのかもしれない。


だが不思議とピリピリしたり、押しつぶされそうな気分にはならず、寧ろ高揚感に近い感覚だ。


一言でいえば、楽しみにしている自分を感じる。


アンファン・市ヶ谷という選手は、勝っても負けても派手。


敗北が価値を損ねる事に繋がらない稀有な存在。


観客も彼の勝利よりもとにかく面白い試合、スリリングな試合を期待して会場に足を運ぶ。


こんな選手は今まで出会った事が無い。


恐らく俺の常識では考えられない動きをしてくるだろう。


放映権などの問題で今もごたついている様だが、そんな事情は俺の知った事ではない。


会長たちもそんな事に俺が気を揉むのは望まない筈だ。



▽▽▽



年が明け、皆それぞれが思い思いの新年を迎える。


今年は俺の友人二人も帰省しており、大人になった姿を見せてくれた。


田中はまさに軍属らしい逞しい体で、阿部君は髭を蓄え意外なワイルドさを纏っている。


田中が俺の家にやってきての第一声は、咲を目にしてのやっかみの言葉。


当たり前だが、冗談交じり笑いながらである。


それを阿部君が笑いながら制し中へ。


そして居間でくつろいでいると、春奈ちゃんも丁度遊びに来た頃合い、皆でボードゲームとしゃれこんだ。


人数が多すぎるので一部ペアになる形。


俺と咲の恋人ペア、亜香里と春奈ちゃんにスイを加えた親友チーム、田中と阿部君はそれぞれ個人戦。


ワイワイと賑やかに遊ぶ中で、阿部君は結婚を考えている相手がいるらしいと判明。


聞いてねえぞと田中が問い詰める一幕も展開された。


ゲームの結果としては、田中が一位で億万長者となったがその表情は微妙。


そして一通り騒いだ後は、皆で食卓を囲み楽しい夕飯となった。


泊まって行けと言ったのだが、親戚が来ているからと二人供が帰宅し、少し寂しさが沸き上がる。


春奈ちゃんは泊まって行ってくれるらしく、亜香里は嬉しそうだった。


その後テレビのスポーツ特番等を眺めていると、時折自分の話題が出て複雑な気分にさせられる。


それから日が変わるくらいにそれぞれの部屋へと戻り、咲と共に床につくのだが、何故か興奮して眠れない。


まるで修学旅行の学生、そんな俺に咲が向ける目はとても暖かなものだが、見つめ合ううちに段々宿す感情は変わっていく。


何が言いたいかと言うと、当然の流れで男女の営みが開始されてしまうという事。


その夜は、ホームセンターで買った遮音シートなど意味が無いほどハッスルしてしまう。


しかし次の日の朝、俺達と顔を合わせた女子高生二人は、特に何の変わりもなく見えた。


春奈ちゃんもしょっちゅう泊まりに来ているので、耐性が出来てしまっているらしい、有難い事である。


こんな時を過ごしつつも、俺の中からは常にワクワクに近い気持ちが溢れそうだった。


試合を前にこんなことを思うのは初めてだ。


早くその日が来ればいいのに、と。

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