第二十五話 大一番

翌日昼過ぎの会場前、後援会の人達と共に同門二人も顔を出してくれた。


「顔色良さそうですね。相手大物なんで存分に振るってください。」


佐藤さんと挨拶代わりに拳をコツンとぶつける。


「お、応援してますんで。チャンピオン宜しくお願いします!」


最近はどもる癖もなくなった明君だが、自分のではない大舞台でも緊張はするらしい。


「今回は三十人の大所帯でやってきたよ。目一杯応援するからね。期待してて。」


後援会長が、引き連れた面々を誇示するように胸を張る。


その中には牛山さんの息子、豊さんの姿もあった。


だが何かが足りないときょろきょろ視線を巡らすが、どうやら叔父の姿が見当たらない。


「もしかして恵一郎さん?安心していいよ。少し遅れるらしいけど来れるみたいだから。」


俺の意を汲んだ会長が先回りして答える。


安心して頷くと、応援団の面々に心からの感謝を込めた言葉を返した。


「今日は精一杯頑張りますので、どうか、最後まで宜しくお願いしますっ!」


まるで反響する様に、一同から元気な声が返ってくる。


そして気合を入れ直し、当日計量へと向かった。
















俺は必要な事を全て終えると、初めての個人用控室で備え付けの寝台に腰を掛け、来るべき時を待っていた。


時刻はもう夕方に差し掛かる。


試合までにはまだかなりの時間がある為、動くには早すぎるだろう。


ガウンを頭からすっぽりと被り、バンテージが巻かれていく己の拳を只々眺めていた。


室内にはセコンドの三人の他に同門二人の姿もあり、陣営が勢揃いしている。


通路へと続く扉は外の様子が分かる様に少しだけ開け放たれているのだが、その隙間からそろりと顔を出す、よく知る男が一人。


「よお、調子良さそうだな。しかし個人用とは、何かマジでタイトルマッチやるんだな。お前。」


今更分かり切った事を語りながら入室してきたのは叔父。


面々が軽く頭を下げ、それに倣い叔父も頭を下げる。


「何言ってんの、当たり前じゃんか。そして勝つよ。必ずね。」


見慣れた顔を前にして、固くなっていた体から少し力が抜けていくのを感じた。


「…そうか。…本当に強くなったんだな、お前。じゃあ、長居しても悪いしな俺は行くわ。頑張れよ。」


感慨深げに語った後、陣営全員に頭を下げながら叔父は退出していく。


その背中を眺め見送り室内にいるのが陣営だけになると、やはり独特の緊張感に満たされ、何となく落ち着かない俺は気持ちを落ち着かせる為に立ち上がり、鏡に映る己の顔に視線を合わせる。


『お前はやれるのか?本当にあの男に勝てるのか?口先だけじゃないのか?』


不意に鏡の向こうの自分から、そんな言葉が聞こえた様な気がした。


(やれるさ。やって見せる。そこで見ていろ。ここに帰ってきた時、俺はチャンピオンだっ。)


俺はついに幻聴が聞こえる程おかしくなってしまったのだろうか。


「統一郎君。」


肩をトントンと叩かれ振り向くと、クイッと親指を入口へと向ける会長、誘われる様に俺も視線を向ける。


「お、おお、遠宮。悪いな、なんか集中してたみたいなのによ。」


「ご、ごめんね。邪魔しちゃったかな?」


視界に入った友人二人の姿に思わず頬が緩み、早くこっちへ来いと呼び込んだ。


「来てくれてありがと、入りにくいよなこの雰囲気。俺も子供の頃経験したから分かるよ。」


「そうなんだよっ。何かあの扉の外と中が別世界って感じでよ。」


「濃い何かが充満してるって感じだよね。」


叔父が退出して丁度体に無駄な力が入ってきた時だったが、こんな環境でも慣れ親しんだ者と話しているだけでまた良い感じに緊張が解れていく。


「いや~こうしてみると、本当に勝負師って感じだよな。」


「うんうん。さっきの後姿なんか、凄いオーラ見えたよ。」


和やかに会話を楽しむ俺達を周囲が微笑ましく眺める中、二人はそろそろ退出するらしく、入口へときびつを返した。


「じゃあな。マジで応援してっから、勝てよなっ!」


「僕も応援してる。柄じゃないかもだけど、出来るだけ声も出すから。」


激戦前の一時、まったりとした時間はあっという間に過ぎ去っていった。


そして彼らが去ったすぐ後、少し開いた扉の先から僅かな歓声が鼓膜を震わせ、解れた心を戦う為の心へ切り替える準備を始めた。


少しずつ、少しずつ、ギアを上げる様に体を温めていき、全ての能力を勝負の場で発揮できる状態へと移行させていく。


そして軽いミット打ちをこなすと、準備万端整った。


「統一郎君、言うかどうか迷ったんだけど、今回の試合、恐らく判定で勝つのは無理だ。」


会長の口から伝えられた事は、最初から分かっていた事だった。


どちらかに判定が傾く事等、良く起こりえる事なのだから。


そもそも減量を考えれば、最終ラウンドまでスタミナが持つのかも怪しい。


「どうやら分かっていたみたいだね。言いたくはないけど、ボクシングは決して平等な世界なんかじゃない。」


会長は苦虫を嚙み潰したような顔で語る。


「それでも、道はあるんだ。彼を倒せば…この先は一気に開ける。」


知っています会長、そう視線で伝えた。


言葉にせずとも、伝わる事はある。


今までと同じだ。


負けられない戦いを繰り返してきて、この試合もその一つだというだけに過ぎない。


だから、


「大丈夫ですよ会長。だから、会長も俺を信じてください。」


会長へというよりは、陣営全員に伝えたかった言葉。


会場から聞こえるざわめきが大きくなってきた。


セミファイナルの終わりが近い事をを告げているのだろう。


さあ行こう。


人生を切り開く大一番の舞台へ。


それこそが今日のメインイベント、俺が主役になる為の舞台だ。

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