第九話 盛り上がってまいりました

マイクを握るリングアナ、その後ろに並ぶのはお馴染み地方アイドルBLUESEAの三人娘。


「赤コーナ~二十戦十八勝一敗一分け、うち十試合がナックアウト勝ちぃ~。遂に世界を見据える地方の星…公式計量は………OPBF東洋太平洋ライト級チャンピオン~とおみやぁ~とういちろうぉ~っ!」


静寂から歓声へと変わるこの瞬間、結構好きだ。


そして歓声からざわめきへ、ざわめきから今一度静寂に変わり挑戦者の紹介。


「青コーナ~十二戦十一勝一敗、うち九試合がナックアウトォ~。世界へと羽ばたく地方の星を阻む為やってきた、フィリピンからの刺客……………OPBF東洋太平洋第三位ぃ~ナサン~ガンボアァ~っ!」


挑戦者側にも結構大きな拍手が巻き起こり、この雰囲気も結構好き。


まだ十九歳らしく、ペコペコとお辞儀する仕草も、観客には少し可愛く感じられるのではないか。


戦績からしても強そうなので、俺にはとても可愛いとは思えないが。


リング中央で向き合い相手の体付きを確認するが、計量時に感じた印象と変わらない。


腹筋も割れておらず、やはりもう少し下の階級が適性なのではないかと思う。


自陣に戻ると会長の指示に耳を済ませた。


「強打者であるのは間違いないから一発要注意。あと、変則的な打ち方してくるから、距離とっても絶対気を抜いちゃ駄目だよ。」


事前に映像で確認した時思ったが、右利きで時折スイッチを混ぜる結構ラフなファイターである様だ。


近い距離でのやり取りは、出来れば遠慮したい所。


次の事を考えそうになるが、このクラスに弱い選手などいる筈もなく、全ての試合が俺にとっては勝負、気を抜けない。


会場の喧騒が一際大きくなるに合わせ、第一ラウンドのゴングが響いた。


両者が中央へ歩み軽くグローブを合わせ試合開始の合図。


(さて、先ずはいつも通り左から……)


そんな悠長な事を考えている時だった。


「…っ!?」


牽制も何もなく、相手はいきなり右の強振。


ストレートでもフックでもなく、例えるなら野球のピッチャーみたいなスイング。


一瞬驚いたが、軽く左を添え受け流しつつ少しバックステップ、距離を取る。


(ブレーキ無いのかよこいつ……)


相手はそれでも止まらない。


作戦など知った事かと言わんばかりに真っ直ぐ突っ込んできては、体全体を使った力強いパンチを振り回してくる。


頭の位置も安定しておらず中々に的を絞りづらいが、それでも俺の左なら捉える事が出来る筈だ。


「…シッシッシッ…」


撃ち抜くのではない、当てる事だけを目的としたジャブ。


それをひたすら下がりながら放っていく。


前に出てKО出来れば一番盛り上がるし格好良いのだが、流石にこのクラスになれば厳しい。


現実と理想の間を取った結果、本来のスタイルを重視しながら積極的にKОを狙うという形に落ち着いた。


相手は相変わらず、身体能力に任せた強引な攻めを展開してくる。


(いや、違う…それなりには考えてるな。)


一見大振りで隙だらけにも見えるが、俺が放つ強いパンチはしっかり肩で受けている。


こういう相手には長丁場を覚悟して、少しずつ削っていく方法を取るのがいいだろう。





▽▽▽





試合は終始自分の距離を保つ俺が主導権を握っていた。


そして迎えた第四ラウンド、相手は更にギアを上げて来る。


体をしならせ、絶えず上体を動かしながらブンブンと両腕を振り回してくるのだ。


俺が手を出すと同時に被せてくるので、鼻先を掠めひやりとさせられるが、冷静でいる限りはもらったりしない。


俺の腕に痣が出来ている事からも分かる通り、かなりの強打者だが受け止めきれないほどでもないので、このまま距離を維持するのがベスト。


「…シッシッシッ……シッシッシュッ!」


左、左、左、更に左、左、大きく振りかぶった所に真っ直ぐ強めの右ストレート。


この相手に踏み込んでボディを打つのは危険。


何となく空気から、それを呼び込んでいる気配さえある。


独特の圧力もあるので、先ほどからずっとロープが背を擦り続けているが、クリーンヒットしているのは俺だ。


余りボクシングに詳しくない人が見れば、押されているように見えるかもしれない。


だが、ボクシングは打たれずに打つ競技、立ち位置による採点などは存在しない。


当然公開採点の結果は、全てのラウンドを俺が取っている。





▽▽▽





絶えず足を使ってリングを動き回っている為、少々疲れが出始めた第八ラウンド後のインターバル。


だがそれでも足が止まるほどの疲労ではなく、十二ラウンドまで行っても動き続けられるだろう。


因みに二度目の公開採点の結果は、何も変わらず俺の大差リードだ。


「あの大きなスイングブローあるでしょ?」


会長の問い掛けに頷きを持って応える。


「さっきのラウンドの最後にも打って来たけど、疲れとダメージで踏ん張り利かなくなってるよ。」


それには俺も気付いていた。


あの野球のピッチャーを模したような大振り。


ちょくちょくやってくるのだが、少し前から打ち終わりにふらつく様になってきた。


ずっと中間距離から細かいパンチを当てている為、そろそろダメージが顕在化してきたのだ。


「思ってた以上にタフだったけど、それでも倒れない選手なんている訳無いからね。決められるなら決めておいで。」


決められるなら、というのはそのままの意味。


無理しなければ駄目な状況なら、勝利を優先せよという事だ。


そして第九ラウンドの勝負に打って出る。


開始直後、相手はもう判定での勝ちは無い事を悟り、特攻に近いアタックを掛けてきた。


「…っ…っ!」


中々の圧力、これは一度間を置きたいと叩きつけてくる腕にしがみつきクリンチ。


そしてレフェリーが間に割って入った隙に相手を押し下がらせ、自分は広い空間へと移動、更に強めの左を突き刺し距離を確保。


一度距離が出来てしまえばこっちのもの。


強弱をつけた左で弾幕を張り釘付け、無理矢理に突っ込んでくるその時を待つ。


相手は体を半分横に向け肩から距離を詰める仕草、それは勘弁とこちらはサイドステップからアッパーを置き土産にして下がる。


やはり疲れがたまっているらしく、向こうの追い足は極めて鈍い。


だがその目はまだまだやれると力強い意志が宿っており、一瞬も気が抜ける時は無さそうだ。


終盤になれば俺もさすがに疲れて何が起こるか分からない、そろそろ決め手が欲しい所。


そう思い、誘いの右を伸ばす。


疲れで判断力が欠如したか、相手は突っ込むと同時にあの大きなスイングブロー。


これに合わせるのは危険と、冷静に流し打ち終わりの隙を狙う。


「…シィッ!!」


疲れとダメージから、一瞬バランスを崩した所に左ストレート。


相手はがくりと膝をつき、その直後に向こうサイドからタオルが投入された。


打たせずに打つ、再三ガードで受け止めたため腕は痣だらけで痛々しいが、一応課題はクリア出来たのではないだろうか。


ガンボア選手の元に駆け寄り礼を告げると、リングサイドから焚かれるフラッシュの嵐。


今まで経験した事の無い数で少々驚いてしまう。


それでも歓声に応えながら勝ち名乗りを上げ、リングアナから聞かれたことはやはり次戦の事だった。


こればかりは正直何とも言えないが、一応必ず勝ちますとだけ告げておく。


さあいよいよ盛り上がってまいりました、と言った所だろうか。


実はこの試合で東洋タイトルは返上する事となっている。


持ったままでもよかったのだが、退路を断つ事により覚悟を決めると言う意味も兼ね、俺から会長に提案した。


何故なら次の試合は、まさに俺の人生を賭けた、一世一代の大勝負なのだから。

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