閑話 祖母ちゃん
夢を見ている。
そう分かってしまう時はないだろうか。
この現象は明晰夢と呼ばれるらしい。
俺が小4の秋、祖母が体調を崩し、叔父が勤める病院に入院する事になり、聞きつけた父と一緒に病室を訪ねた。
すると、
「おっ!来たのが、統一郎。」
本人はこちらの心配をよそに、いつもと変わらない声で元気に迎えてくれた。
しかし、俺が知る祖母よりもかなり頬がこけ弱弱しく見える。
「おう、母ちゃん。意外に元気そうだな。」
父がいつもと変わらない調子で語り掛ける。
「なんも、ぴんぴんしてるじゃ~。」
祖母も、まるで病人とは思えないほどいつも通りに返してくる。
俺は、祖母の東北訛りが好きだった。
何となく、心が温かくなる様なそんな気がするからだ。
見舞いの時間が終わり、父には叔父と話があるから先に車で帰っていろと言われた。
だが、俺はどうしても気になり、こっそり聞き耳を立てることにした。
「…で、どんな感じだ?」
父が祖母の病状について尋ねている様だ。
「癌だな。転移もしてるし、かなり末期だ。」
父は多少のショックを受けた様だが、ある程度覚悟していたのか、静かに聞いている。
「どのくらい持ちそうなんだ?」
少しの静寂が包んだ後、叔父が答える。
「まあ、半年は無理だと思うぞ。」
父は大きく溜息をつき、その言葉を噛みしめている。
「そうか、本人は知ってんのか?」
「ああ。やっとお迎えが来たかって笑ってたな。」
「はは、母ちゃんらしいな。」
俺は何だか凄く悪い事をしている様な気になって、急いで車へと駆け出した。
ショックだった。
身近な人間が死ぬ。
それはどんな感覚だろう。
祖父は俺が生まれる前に亡くなった為、その時の俺にはまだ分からなかったのだ。
それでも、もう祖母ちゃんに会えなくなる。
そう考えると、自然と涙が溢れ出て止まらない。
その後も何度も見舞いに行き、色々な話をした。
「統一郎は将来何になるんだべな。」
「世界チャンピオンになるよ!絶対!」
この頃は、まだ自分がそうなれると無邪気に信じられた。
「そうが~、でもあんまり殴られっと、可愛い顔が腫れあがってしまうな…。」
「大丈夫、あんまり打たれないようにするから。」
「それなら良いな、頑張れよ統一郎。」
そう言って、パンチを打つ真似をしながら応援してくれた。
俺と話している時の祖母ちゃんは、本当に元気だった。
もうすぐ命が尽きるという事が、信じられなくなるほどに。
祖母ちゃんが亡くなったのは、入院してから二か月後の事。
葬儀は、遠宮家の地元で執り行うことになり、参列者を見るとその殆どが涙を流していた。
その事実が、愛されていたであろう祖母ちゃんの人柄を表している。
父も叔父も、葬儀に出席した経験はあっても、喪主の経験は当然無い。
その為、突っ立っている俺を尻目にああじゃないこうじゃないと慌ただしくしている。
父など完全にテンパって、
「統一郎!火葬許可証ってどこにやったか分かんねえか?」
そんな事を聞いてくるが、俺にはそもそもそれが何なのかすら分からない。
聞く相手を絶対に間違っていると思った。
叔父と探し回った挙句、車に置いてきた事が分かったらしい。
葬儀が始まって暫く、火葬に取り掛かる。
棺の中には物言わぬ祖母ちゃんの遺体があり、葬儀屋の人に渡された花を顔の周りに置いていく。
瞼を閉じたまま動かない祖母ちゃんを始めて間近で見た時、まるで今まで押しとどめてきた感情が押し寄せるかの如く、急に涙が止まらなくなった。
そんな俺を見て、耐えていた父も涙を流し始める。
火葬が終わった頃にはだいぶ落ち着いていたが、祖母ちゃんが入っていた棺には、納骨する度カリカリと音がする、真っ白い骨だけが残っていた。
これが元は祖母ちゃんだったという事実を信じたくなかった。
だが同時に、本当にもういないんだと実感すると、またポロポロと涙が零れてくる。
もう二度とこんな気持ちは味わいたくないと、そう思った。
目を覚ますと、見慣れない部屋におり、少しの間混乱してしまう。
「んぅ?ここはどこだっけ?……ああ、叔父さんのマンションか。」
現状を確認した後、涙の後が付いた顔を洗うべく、洗面所へと足を向けた。
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