第16話 美人と話すのは緊張します

「では、それぞれの参加種目を決めて行きたいと思います。」


前沢君が黒板の前に立ち、教室を見回しながら口を開く。


季節は六月。


連日三十度を超える事も珍しくない暑さが続く中、我が校は体育祭の準備に勤しんでいた。


そして、またも取り仕切るのは前沢君。


皆に押されて困っていると口では言うのだが、その顔は嫌よ嫌よも好きのうちという言葉を地で行っている。


我が校の体育祭は全員が必ず一種目には出場しなければならないのが原則だ。


因みに去年は綱引きにだけ出場してそれ以降は只の空気、又はオブジェと化していた。


当たり前だが運動が苦手という訳では無く、短距離走でも平均よりはかなり早い部類に入ると思う。


じゃあどうして積極的に参加しないのかというと、やはり体育祭の成績がクラス別対抗である事に起因する。


自分はどうやら同年代の人との会話が苦手らしく、二年になってから一念発起し何度か積極的に話し掛けようと試みたのだが、その度にどもる為相変わらず存在感皆無の人間だった。


それにこういうイベント事には前に出るべき人間が存在すると思う。


目立つべき人が目立つ、盛り上がるイベントを作り上げる為にはそれが大事な事なのではないだろうか。


「次、綱引きの参加希望者居ますか?」


ここぞとばかりに手を挙げた。


俺以外の面々を見渡すと同じくクラスの中心から外れた者達が多い。


そんな中今年も無事綱引きの参加資格を得てほっとしていると、


「遠宮君が綱引きにしか出ないなんて、勿体無いと思うな~。」


不意に横から声を掛けられ、そちらへ視線を向けると明日未さんが俺の顔をじっと見つめていた。


「い、いや、俺は目立つのは、その…ちょっと…。」


その綺麗な瞳に見つめられたまま口を開くがやはり上手く言葉が紡げず、一体何時になったらどもらずに話せるのかと内心溜息をつく。


「毎日あんなに頑張ってるのに、こういう日の為に走ってるんじゃないの?」


いや違いますと、心中全力で否定した。


どうやら、彼女に妙な勘違いをされてしまっているらしい。


「遠宮君から言い出しにくかったら、私からリレーに推薦しようか?」


目立つ事を恐れた俺は、反射的に物凄い速さで首を横に振ってしまった。


その反応を見た明日未さんは、本当に嫌がっている事を漸く悟ったのか、


「ご、ごめんなさい。そんなに嫌がるとは思わなくて…。」


凄くしょんぼりさせてしまった。


「ち、違うんだ、き、気遣いは嬉しかったよっ、本当だよ?」


何とか慰めようと言葉を掛け続けるのだが帰ってくる笑みはどこか力なく、俺は大きな罪悪感に苛まれながら学校を後にする事になってしまった。





数日後、予定通りに体育祭が開催された。


唯一の出番である綱引きも終わり、俺は空を見上げながら面白い形の雲を探している。


時折大きな歓声が上がったりしていたが、恐らくリレーか何かだろう。


優勝は三年のクラスになったとアナウンスが流れている。


二年二組は十八クラス中六位、先ず先ずの成績ではないだろうか。


殆ど俺は何もしていないが、皆が協力して一喜一憂しているのを眺めているだけでも何だか楽しくなった。


あまりその輪の中に入っているとは言えなくとも、こういう雰囲気は嫌いじゃない、見ているだけで心が暖かくなる様な気がするから。


「お疲れ様、遠宮君。」


後ろから声を掛けられ振り向くと、明日未さんが手にしたスポーツドリンクを俺に手渡してくれた。


少し照れながらお礼を言い、ドリンクを口元に運ぶ。


「でも残念だな。遠宮君の格好良い所見れると思ってたのに。」


突然そんな事を言われ、思わず咽てしまった。


その真意を探るべく、チラチラと横に視線を向けていると、


「だってさ…あんなに一杯走ってるのに…。ああいうの見ちゃうと、報われてほしいとか、その頑張りを皆にも知ってほしいとか思っちゃうよ…。」


その言葉を聞いた時、複雑な感情が涌き上がった。


俺も昔、似た様な事を思っていたからだ。


それはまだ幼かった頃、応援に行く度誰も父の試合に注目してくれない現実を不満に思っていた時期がある。


試合が始まれば別だが、それまではあってない様な扱いだった。


皆メインイベントの事ばかり話して、前座でリングに上がるはずの父には見向きもしてくれない。


だが、それも今は納得出来る。


練習量に個人差はあれど、頑張っているのは皆同じなのだ。


その中から結果を出すからこそ、注目もされるし称えられる。


果たして自分はどちらか…。


「どうしたの?何か変なこと言ったかな。」


明日未さんは、急に黙り込んだ俺を心配そうに覗き込んでいた。


「え、あ、ごめん、考え事してただけ。」


吸い込まれそうなほど透き通る瞳に鼓動が高まった。


「へぇ~、どんな考え事か聞いても良い?」


聞かれ頷くと、今考えていた事を頭の中で整理しつつ、俺はそれを言葉に紡いでいく。


「大した事じゃないんだけど、アスリートとかって大成しない人が殆どでしょ?だから結果が出なかった過程に意味はあるのかなって。」


どもらずに話せたことに内心驚いていると、その言葉を聞いた明日未さんは目を瞑って思考を巡らせていた。


綺麗な人は何をやっても絵になるなと、ここぞとばかりにその顔を注視する。


すると、いきなり目を開けたので俺は慌てて顔を背けた。


「私はね、距離が遠い人達は意味が無いって言うかもしれないけど、その頑張りに触れた人や近くで見ていた人達にとっては違うんじゃないかって思う。自分もって、後に続く人が必ず出てくると思うから。」


まるで俺の事を言われているかの様な錯覚を覚えた。


大成出来ずとも、後悔など微塵も無いと言わんばかりの晴れやかな父の姿に憧れ、追いかけて、俺は今も走り続けている。


彼女の言葉は、まるで父の人生を肯定してくれているかの様で、何というか、父も俺も救われた様な気さえした。


「そうだよね。有難う、明日未さん。」


お礼を言うと、彼女は少し驚いた顔をしていた。


その様子を見て、俺が不思議そうにしていると、


「ふふっ、ごめんなさい。いつも俯いていたり横目でチラチラと見るだけで、正面から目を見て話してきたのは初めてだったから、少し驚いてしまって。でも、いつもそうしていればきっとモテるかもね?」


指摘されると急に恥ずかしくなってきた。


恐らく、耳まで真っ赤にしていることだろう。


何だか今日は早くジムに行き、無性に体を動かしたくなった。

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